プロローグ:制圧の朝
まだ夜の気配が残る未明。
郊外の国立中央医療研究センターの周囲に、不審な影がいくつも現れた。
黒い戦闘服。フルフェイスのマスク。
無線も一切使わず、手信号だけで動く異様な集団。
その全員が、殺気を纏った沈黙をまとっていた。
「――作戦開始」
男は、仮面の下で低く呟いた。
その声が、無音の闇に落ちた直後。
病院の非常電源が突如作動し、館内は緊急モードに切り替わった。
全フロアの自動ドアが強制ロックされ、通用口には重い隔壁が落ちる。
「な、なに……!?」
看護師の一人が驚き、ナースステーションの端末に駆け寄る。
だが、何か操作するより早く。
銃声が一発。
彼女はその場に崩れ落ちた。
「制圧班、東棟へ。抵抗は許可なく無力化しろ。入院患者は生存を最優先で確保。対象αの部屋は最後だ」
仮面の男――**“ヴァルド”**は、部隊を指揮しながら静かに歩を進める。
その足取りは冷静かつ機械的。
まるで、この病院が最初から“占拠されるために存在していた”かのように。
モニター室を占拠した情報班が、各階の監視カメラを掌握する。
「問題なし。全ルート制圧完了。医療スタッフ、避難済みエリアに隔離。対象患者はまだ覚醒していません」
「よし。実験開始フェイズへ移行する。」
ヴァルドは足を止め、厚い鉄扉の前に立った。
その奥には、最重要区画――B3-17。
人工冬眠装置で眠る、ただひとりの少女がいる。
「目覚めの時は、もうすぐだ」
仮面の奥で、男の唇がわずかに歪む。
それは、この世界の“封鎖”が始まった日。
そして、彼女――佐伯茉美の運命が動き出す日でもあった。
──この病院は、今この瞬間、完全に占拠された。
──次回『第一章:目覚めの少女』へ続く。