愉快全開キッチン ー少しだけ人気な先生のお料理動画ー 2
「視聴者の皆様こんにちは、『愉快全開キッチン』の小町です!」
今日も始まった、『愉快全開キッチン』の動画作り。
私は相も変わらぬこのキッチンと、そして小町先生と、いつも通りお料理動画の撮影をしていた。
「こんにちは、助手の優香です。早速ですが先生、今日はどのようなお料理を作るのですか? 先生の作るお料理はどれも絶品なので、今日も楽しみですね」
私は台本通りの台詞を述べ、先生に向け軽い笑顔を浮かべる。
しかし、先生は。
「んん……」
「ど、どうしました?」
何故か両腕を胸の前で組み、固く目を閉じ苦悩の表情を浮かべていた。
どうしよう、のっけからアドリブ展開だろうか。早速シナリオにない現実を迎えているのだが……!
「スパイスが……スパイスが足りないわね」
「えっ、スパイス? 先生、まだ何も作り始めていませんが」
「そうじゃないの、刺激よ刺激。そろそろ『愉快全開キッチン』にも、新たな刺激が必要だと思って」
「は、はぁ……そうですか」
カメラの前でひとり苦悩する小町先生を尻目にかけ、私は指でポリポリと頭を掻く。
そんな矢先に、先生は何かを閃いた様子で。
「そうよ、これよ!」
――キィーン……!
手元にあった菜箸で、銀色のボウルを軽く叩いた。
「お、驚くじゃないですか先生。ボウルは打楽器ではありませんよ。お行儀が悪く見えるので、ボウルを箸で叩かないでください」
「ごめんなさいね優香さん。勢い余って、つい!」
「それで先生、何か刺激になる案でも思い付いたのですか?」
「勿論よ! 逆にこれで思い付いていなかったら、ただのサイコパスじゃないの!」
「ま、まぁそうですが」
「優香さん、今日はあなたがお料理を作ってください!」
「はいっ!?」
突拍子もない先生の指示に、私は思わず目を見開いた。
「今日はシナリオも筋書きも一切不要! 先生は手を出しません、優香さんにひとりでアドリブ調理をしてもらいましょう!」
ちょっと待ってよ、サイコパスですかこの人……!
「い、いくら何でも、急すぎますよ先生」
「優香さん。この動画のコンセプトは、『誰でもご自宅で簡単に』です。ド素人の助手が作った方が、よりリアルを追求できると思ったのよ! ちゃんと出来上がったお料理は、先生が食べてコメントするから安心して。
たまにはこんな回があってもいいでしょ!?」
「たまになら……。あとド素人の助手はやめてください。私だって少しは調理できます」
「これは失礼、優香さん。では気を取り直して、『愉快全開キッチン』スタートです!」
先生は満面の笑みで、フライ返しを片手に力強くガッツポーズを取った。
「さぁ優香さん。このキッチンにある食材も、調味料も、器具も、今はあなただけの物!
何を作っても構わない、優香さんの気が済むまで、存分にこの子たちを支配してあげて!」
「支配って……! 無茶苦茶なキラーパスを受け取った気分ですが、頑張ってみます。まずはお料理を決めたいので、少し冷蔵庫の中を拝見させてください」
「どうぞどうぞ。冷気で風邪ひかないようにね」
「そこまでジックリ見ません。冷蔵庫の前で食材選びながら風邪ひく人なんて、聞いた事ありませんよ」
「先生は年に数回、それで風邪ひくわよ」
「………………食材選んで来ますね」
私は真顔で真実を伝えてくる先生を他所に、立派な冷蔵庫へと歩いていった。
バカは風邪をひかないって、誰が言い出したんだろう。きっとこの先生を見れば、考えが変わるだろうな……!
「えーっと、まずは冷蔵室とチルド室から」
私は冷蔵庫の前で歩みを止め、観音開きになっている冷蔵室を開ける。
すると丁寧に配置された食品や調味料たちが、照明にライトアップされながら煌びやかに私を出迎えてくれた。
「充実した調味料に、常備必須の食品たち。それからチルド室には……牛のロースに小間切れ、豚バラと鶏もも肉。
それにしても、綺麗な収納だなぁ。先生の頭もこれくらい整頓されていれば、私も楽なのに……」
私は中を覗き込みながら、ブツブツとひとり呟く。
「優香さん、何か言った?」
「えっ! ああ、いえ、何でもないです!」
予期せぬ先生からの呼びかけに、私は思わず冷蔵室の扉を閉めてしまった。
そしてアタフタと腰を落とし、最下層の野菜室を勢いよく開けた。
「コンセプトは『誰でもご自宅で簡単に』だから、凝ったお料理より手軽なメニューを……」
私は暫らく野菜たちを見渡しながら、何を作るか考え込む。
そして、とあるお料理名が頭を過った。
「無限っ……! 先生、ツナ缶ってありますか?」
私はメニューを思いつくなり、先生へと振り向いた。
「愚問ね、30缶は常備してあるわ」
「30缶……1缶だけ使わせてください」
私は顔を引き攣らせながら、調理に必要な玉ねぎと水菜を手に取り、野菜室を閉める。
続いて、再び冷蔵室の扉を開き、めんつゆのボトルも取り出した。
「優香さん、ツナ缶置いとくわねー」
「ありがとうございます、早速作り始めたいと思います」
私は食材たちを持ち、調理台へと早歩きで戻った。
「玉ねぎと水菜、そしてツナ。優香さん、なかなか面白くなりそうなトリオね! いったいこの子たちに、どんな形で肩を組ませていくのかしら!」
「料理名は後ほど、まずは食材たちの処理から始めますね」
私はまな板の上に玉ねぎを置き、包丁で両端を切り落とすなり余分な皮を剥き取った。
そして水を入れたボウルを用意し、その上に板状のスライサーをセット。あとは半分に切った1玉分の玉ねぎを、一定のリズムでボウルの中にスライスしていく。
「スライスした玉ねぎを1度水にさらし、辛味を取ります。そして、5分ほど水にさらしている間に、水菜を処理していきます」
私は玉ねぎのスライスを終えるなり、シンクに移動して1束の水菜を洗い始めた。
すると。
「しっかり水洗いして、泥や虫を落とさないとね。こういう葉野菜につく虫って、小さくて嫌よねー」
なぜか手を出さないと断言したはずの先生が、私の隣に近寄ってきた。
「ど、どうしたんですか先生。急に近所の主婦モードみたいになって」
「見ているだけだと退屈だったから、ちょっと遊びにきたの」
私に話しかけながら、ウネウネと体を捻り始めた先生。
まるで普段キッチンに立たない旦那の様子を見にきた、ソワソワする主婦みたいだ……!
「葉野菜につく虫って、本当にお邪魔虫だと先生は思います! 洗い流すの面倒です!」
「そ、そうですか……。あの、水菜を切り始めたいのですが」
「はいはいっ、ではまな板の前までスライドー」
先生は私の動きに合わせるように、隣に張り付いたままキッチン台の前まで付いてきた。
そして私が、水菜のザク切りを開始するなり。
――ツン、ツン……。
先生は無言で、私の腰を指で突っつき始めた。
やめて欲しいな、このお邪魔虫……!
「み、水菜のザク切りが終わったので、ここから全ての食材を混ぜ合わせていきます。ですから先生、そのツンツンは一旦やめてください」
「はーい。ではお料理が出来上がるまで、先生は先生に戻ります」
「いやっ、何かに憑依でもされてたんですか?」
私は先生と目を合わさず、適当に遇いながら調理を進めていく。
「水にさらした玉ねぎをザルに入れ、更にキッチンペーパーで水気を取ったら再びボウルに戻します。あとは切った水菜とツナを入れて、混ぜ合わせていきます。
この時、ツナ缶の汁も一緒に入れましょう。魚肉のうま味が染み出している、美味しい汁ですから」
私は説明と共に、玉ねぎの入ったボウルへ水菜とツナを入れ、手際よく菜箸で混ぜ合わせていく。
「次は味付けです。まずは塩をひとつまみ入れます。そして味の決め手となるめんつゆを、大さじ2ほど入れ、味が均等になるよう全体を混ぜていきます」
「優香さん、これ絶対美味しいやつ! 本領を発揮したわねー。優香さんの中に眠る暴れん坊が、目を覚ましたかしら」
「へ、変な褒め方はやめてください」
「因みに、先生は優香さんとは真逆で、キッチンでは大人しいわよ。でも、ベットの上では暴れんぼ……」
「お皿に盛り付けていきますっ!!!」
私は先生が言い終わる前に、全力で声を張り上げ遮った。
本当に、余計な事を口走らないでください、先生……!
私は棚から木製のお皿を取り出し、混ぜ合わせた玉ねぎたちをボウルの中から移していく。
そしてボウルに残ったつゆを上から回し掛け、ひと口だけ味見してみた。
「お、美味しい。ビックリするほど美味しい……!」
あまりの美味しさに、思わず感動が声に出てしまった。
自分で作っておいて何だけど、これは自信を持って美味しいと言える一品だ。
私は嬉しくて、先生に笑顔を向けた。
しかし。
「んん……」
なぜか先生は顎に指を添え、渋い顔をしていた。
まさか、まだ何か足りなかったのだろうか……?
私は自分の作った一品を見つめながら、もっと美味しくなる工夫はないか考えてみた。
「み、そ……味噌を足したりとか……」
咄嗟の思いつきで、私は冷蔵庫から液状の味噌を取り出し、玉ねぎたちの上にひと回しだけ味噌を掛けた。
「最後に、カツオ節と刻み海苔を振り掛ければ……出来ました! これが私のご紹介する一品、『無限玉ねぎ』です!」
私はお皿を両手で掬い上げ、カメラに向け料理名を発表した。
「『無限玉ねぎ』、いいネーミングとチョイスね、優香さん!」
「はいっ。早速ですが先生、ご賞味ください」
私はお皿をキッチン台に置くなり、先生の前に小皿と1膳の箸を用意した。
「ではでは、優香さん渾身の『無限玉ねぎ』、いただきまーす」
先生は丁寧に合掌し、透かさず小皿と箸を手に取り、全ての具材をバランスよく小皿に盛り付けた。
そしてひと口サイズの『無限玉ねぎ』を箸で取り、何故かフーフーと息を吹きかけながら口へと運んだ。
「あ、熱くはないと思いますが……お味はいかがですか?」
「そうねぇ」
先生は小皿と箸をキッチン台に置き、口の中で味を探るようにモグモグと噛み締めていく。
「不味いとかではないのよ、ナシ寄りのアリと言うか……。味が濃いと言うより、んん、味が余ってる。」
「え? 味が、余ってる……?」
何、その表現。『味が余ってる』なんて、初めて聞いたんですけど。
味が足りないの対義語か何かだろうか……?
「無限ピーマンとか無限キャベツなどの由来って、無限に箸が進むという意味合いから出来たお料理名よね。これは無限に食べられない、むしろ一皿で充分な、『有限玉ねぎ』ね」
終いには、有限を語り始めた……!
「な、何がいけなかったのでしょうか、先生……」
「味が余った正体は、味噌ね。隠し味のつもりで入れたのかも知れないけど、味噌の主張が強くて隠れるのを止めてるわね。その証拠に……」
先生はなるべく味噌の掛かっていない部分を厳選し、ひと口食べ直した。
「えっ……ちょっ、うっま。ビックリするくらい美味しい」
先生は目を見開き、忽ち口元を手で覆い隠した。
「玉ねぎと水菜のシャキシャキとした歯応えに、しっとり優しいツナ。シンプルなめんつゆの味付けに鼓舞され、カツオと海苔が喜んでいるかのように香りを立てている。まさに和のハーモニー……!
優香さん! 何でこんな美味しいお料理に、味噌なんて足したのよ! めんつゆ入れて完成だったのに!」
「す、すいません。先生が渋い顔をされていたので、つい。ほんの出来心です」
私は美味しそうな顔で叱ってくる先生に、軽く頭を下げた。
「今日はこのままじゃ終われないわね! 優香さん、今度は先生が完成系を作るから、バシッと決めてエンドロールといきましょう!」
「い、今から作るのですか?」
「当然! きっと視聴者もちゃぶ台をひっくり返しながら、それを望んでいるわ!」
「そ、そこまで過激に待望しますかね……」
先生は私に向け力強く頷くなり、冷蔵庫へと駆けて行く。
そして至る扉を開けていき、様々な食材を抱えて戻ってきた。
「先生はスタミナ丼を作りますよー! レッツ、スタ丼!」
「えっ、まさかのメニュー変更ですか? お手本を見せるとかでもなく」
「あんなあっさり味の和風サラダを見せられたら、こってり味を欲するでしょ、普通!」
「和風サラダって、『無限玉ねぎ』ですよ」
「無限を名乗るに値しない限り、ただの和風サラダ! ここはスタ丼でも作って、ゴツンとくる一杯で締め括るわよ!」
先生は食材たちをキッチン台に置くなり、右手でアッパースイングをしてみせた。
そこはゴツンではなく、ガツンとくる一杯でしょ。何でゲンコツ音なんですか……!
「ではまず、食材たちを紹介します。今回調理していくのは、豚バラ肉に玉ねぎ、すりおろした生姜とニンニク。あとはごま油に醤油、砂糖、みりん、料理酒、塩コショウに、ニンニクの芽です!」
先生は食材たちに手を添えながら、順番に食材たちを紹介した。
何でいつも、紹介する順番が残念なのだろうか。調味料の最後に野菜を持ってこないでください……!
「まずはササッと、食材たちを切っていきますよ!」
先生は玉ねぎやニンニクの芽を、驚異的なスピードで捌いていく。
「あ、相変わらず凄い包丁捌きですね、先生」
「あーね」
「あーねって、まるで他人事ですね」
先生は褒め言葉など興味なさげに、黙々と包丁を動かしていく。
「そう言えば先生、調理中に申し訳ありませんが、少しご質問が」
「はいはい、手短なら受け付けましょー」
「先生は、どうして私を助手に選んだのですか? 私より優れた料理知識の持ち主なんて、他に沢山いるのに」
私の質問に先生は肩をピクリと反応させ、静かに包丁の動きを止めた。
「顔よ。顔面偏差値で選んだに決まっているでしょ」
「はいっ? 顔?」
予想外の答えに、私は思わず聞き返す。
「顔で選んだのっ。先生がより可愛く見えるように、優香さんを隣に立たせているのよ」
しかも、引き立て役の方ですか……!
「す、少なくとも先生は、顔ではなくお料理で勝負してくださいよ。料理研究家として……」
「分かってないわねぇ、優香さん。このご時世、見た目も立派な集客アイテムのひとつよ。
先生って、周りの人からは『ピンボケしたら可愛い顔』ってよく言われるの。だから美人な優香さんを隣に置いておけば、皆んな優香さんに集中するでしょ? 間接的に、視聴者の視界をピンボケさせているのよ!」
先生は目を泳がせながら、作ったような笑顔を向けてきた。
なんて惨めで、捻くれた理屈だろう。
先生がより可愛く見えるようにの努力と手法が、この上なく悲しすぎる……!
「す、凄い表現ですね。ピンボケしたら可愛い顔って。まるで『痩せたら可愛いよね』ってフレーズみたいな」
「ねっ! 伸び代しかない褒め言葉だわ!」
どちらかと言うと、オブラートにディスられてる気がしますよ。きっと周りの人は、良い意味で使ってないと思うな……!
先生は自らに暗示をかけた様子で、再び野菜たちを切り始めた。
「はいっ、野菜は準備完了。次は豚バラ肉をトリミングしていきます」
「画像編集ですか? トリミングではなく、カットでお願いします」
「冗談よ、冗談!」
先生は豚バラ肉をトレー容器から取り出し、ひと口サイズのぶつ切りにしていく。
「それでは、役者たちがあられもない姿に切り刻まれたところで、火入れに入っていきましょう」
「包丁を入れた本人が、あられもないとか言わないでください。フライパンは用意しておきましたよ」
私は予め熱しておいたフライパンに手を翳し、先生をコンロへと誘導する。
「いつも通り、完璧なタイミングね。よっ、温め上手! 優香さん、良いお嫁さんになれるわよ。フライパンを温めながら旦那さんの帰りを待つ、そんな幸せな家庭を築いてね、優香さん!」
「………………先生の語る未来の私って、頭壊れてませんか? 普通いないですよ、旦那さんの帰りを待ちながら、フライパンだけ温める奥さんなんて。
ガスがもったいないので、早く焼いていきましょう」
「そうね、ではフライパンにごま油を引いて、玉ねぎから炒めていきます!」
先生はフライパンにごま油を引き、全体に馴染ませたところで玉ねぎを投入した。
そして均等に火が通るよう、手首を柔らかく使いながら、玉ねぎが空中で円を描くようにフライパンを振っていく。
「玉ねぎは少し焦げ目がつくくらい炒めてあげましょうね。玉ねぎを始めに炒める事によって、芳ばしさと風味が増していきます」
「へぇー、これは耳寄りな情報ですね」
「これを、『メイラード反応』と言います」
「メ、メイラード……。聞き慣れない言葉ですね」
「常識中の常識です」
先生は私に目もくれず、得意げな表情で玉ねぎを炒め続ける。
しかし、そんな先生の調理を見ているうちに、私は前回の動画撮影を思い出した。
「そう言えば、前回……。『ナポリタン風ナス炒め』を作った時、玉ねぎから炒めてなかった気が。勘違いだったらすいません」
私が記憶を遡っている最中、突然先生の手が止まった。
「せ、先生?」
――シャー、シャー……。
突如として静寂に包まれたキッチンに、玉ねぎの炒め音だけが鳴り続ける。
「「…………………………」」
非を認めているのだろうか、先生も一向に口を開こうとしない。
何だろう、この無駄に進まない時間。
先ほどから時計でさえ、気マズそうに秒針を回している気が……!
「し、暫くの間、先生はぐうの音も出ないまま、沈黙に支配された……」
今度は唐突に、語り手のように呟きだした先生。
「ちょっ、怖いですって先生。それは声に出して言わなくても」
「だってだって! 人は失敗する生き物なんですもの! 先生だって完璧ではないのだから、失敗くらいするわよ!」
「凄い開き直りですね」
「優れた事ばかり褒めてないで、少しは失敗も褒めてよ、うぇーん!」
挙句に、見苦しい泣き真似まで始めた。
これはレシピ動画なのに、人の失敗をいったいどう褒めればいいの?
とても料理研究家の言葉とは思えません……!
「こうなれば、最終局面よ! 優香さん、ノリと勢いでこの気マズい雰囲気を打破しましょう!」
「先生が作り出した雰囲気じゃ……」
「つべこべ言わない! 優香さんはスタ丼用のどんぶりとご飯を用意してて! その間に先生は、フライパンの中をドレスアップしていきます!」
先生は半ば強引に話を進め、豚バラ肉を投入して火力を上げた。
レシピ動画とは、視聴者に分かりやすくお料理を伝える動画のはず。なのにこの先生、情緒が乱れて巻きで進め始めた……!
「今日も、安定に不安定ですね」
私は先生のテンポアップに遅れを取らないよう、急いでどんぶりを用意し、炊飯器からご飯を装う。
そして、先生を見ると。
「豚肉の香り、いい香り……!」
先生は強火を駆使し、誰もが食欲を唆られるようなお肉の香りを、フライパンから引き立てていた。
「あとはニンニクの芽を入れて、炒めて! そしてここからは、調味料の大乱闘ですよー! 塩コショウをかけたら、透かさずすりおろし生姜、ニンニク!」
先生はリズミカルに菜箸とフライパンを扱いながら、無駄なく食材たちを炒めていく。
「味付けもいよいよ大詰めです! 醤油を鍋肌に流し、軽く沸騰させます。あとは砂糖、みりん、料理酒をズバーンッ!」
「なんて、醤油のいい匂い」
「これは敢えてです! 焦げた醤油の香りほど、ガツンとくるものはないでしょ、優香さん!」
「お、おっしゃる通りです。あぁ、お腹空いてきました」
「もう出来上がるわよぉ…………はいっ!」
先生は叫声と共に、コンロの火を勢いよく止めた。
そして換気扇へと湯気が立ち込める最中、私の用意したどんぶりの中へ、豪快にスタミナ炒めを盛り付けていく。
「仕上げに、ちょっと一味唐辛子をっと!」
熱々のスタミナ丼に、迷う事なく一味唐辛子をかけていく先生。
また紹介になかった調味料を、躊躇いもなく使ってる……。
先生は上機嫌な様子で、一味唐辛子の小瓶を棚に戻した。
「これで最後です、スタ丼のヒロインとも言える、生卵ちゃんを……あれ? 優香さん、卵は?」
先生は辺りをキョロキョロと見回した後、頭を指でポリポリと掻いた。
「そう言えば、用意されていませんでしたね。私が冷蔵庫の中を覗いた時も、見当たらなかったような」
私の記憶を伝えるなり、先生の顔が引き攣る。
「卵がないとか、普通ある?」
「せ、先生……」
「ちょっ、ちょっと席を外すわ。今から卵産んでくるわね」
「せ、先生! 産まないでください、哺乳類辞める気ですか!?」
私は退出しようとした先生の左手を掴み、グッと引っ張った。
「き、きっと冷蔵庫の奥とかに転がっているはず! 卵を常備しない家庭なんてないもの! ちょっと冷蔵庫からトレジャーしてくるわね。上手く間を繋いでて!」
「今の一連、ぜーんぶ撮れてますよ」
覚束ない足取りで冷蔵庫に歩いていく先生を見て、私は肩を落とした。
視聴者の皆様。
どうやら今回のお料理も、未完で終わりそうです……!
私は声に出さず、カメラに視線を向け目で訴えかけた。
「――先生、探すのは程々にしてくださいね。風邪ひきますよ」
作品を読んでいただき、ありがとうございます!
「ちょっと面白かった」「他の作品も気になる」と感じましたら、ブックマークやお星様★★★★★を付けていただけますと、大変嬉しいです!
皆様の応援が、作者のモチベーションとなりますので、是非よろしくお願いいたします!
現在連載中の長編も、新たに書き出す予定の短編も、心を込めて書いて行きたいと思います。