ep.4 影武者
ノクス・アトルム、俺より4歳年上の兄であり、件の『天才であり英雄』と称される人物である。眉目秀麗な容姿に完璧な教養、例の兵器開発も含めたその英雄譚はこの国のほぼ全ての人間に知られている。
いや、そんなことを考えている場合ではない。目の前の父親は今、一体、何と言った?
「は…私が、お兄様の影武者?」
「なんだ、何か文句があると?お前は今まで我が公爵家に何をもって貢献してきた?兄のように情勢を覆すような新たな発想もなければ、国に潜む危機を解決できるような力もない。そんなお前でもできることがあるんだ。何を躊躇うことがある?」
父親は書斎の机で手を組んでこちらを睨みつけそう言ってきた。嫡男として、公爵家の繁栄に繋がる『成果』を出し続けている兄と未だ何も成せていない俺。確かにそう言われてしまうと俺には何も言い返すことができないのは事実だ。
だが、それでも実の子を『影武者』にすると言い出すとは全く思っていなかった。部屋でしていた俺の今後の想定は想像以上に甘かったのだと悟る。
公爵家として代々この国の王家に仕えてきているが良い面だけではない、当然暗殺・奇襲に身内の裏切りによる毒殺未遂など泥沼のような事件は俺が生まれてからも数えるのが面倒になるほどには起こっていた。父と母に見捨てられ、影の薄い俺を狙うようなアホはいなかったが、それでも4歳になるまではそういった命にかかわる場面に俺自身も何度か遭遇している。
俺の存在など今までどうでもいいというようなスタンスを取っていた両親が急にこんなことを言い出すのはきっと何かしらの訳があるのだろうが、とにかく父親に言われたことが衝撃的過ぎて呆然としてしまう。
「今まで我が公爵家に何も貢献してこなかったお前ではあるが、唯一褒められる点は兄であるノクスと相貌が似ていることだ。兄弟ではあるからそれは当たり前だがな。そこでお前はノクスに暗殺やら毒殺が集中しないよう囮や毒見、もしもの時の盾になってもらいたい」
隣に立っている母は頬を紅潮させながら興奮しきった様子で父の言葉に続けた。
「聞きなさいルナード!実はノクスと、この国の第一王女であるアウローラ様と婚約が決まりそうなの!つまりノクスが次代の王になることも夢ではないわ。この意味が分かるわね?」
あぁ、つまり両親はこう言いたいのだ。【兄が王になるまで、いかなる脅威も俺が引き受けて然るべき】と。