ep.10 夢と神様と白き精霊獣
俺は明日来る洗礼式に向けて諦めて眠りについた。…のはずが、気づけば白い空間に立っていた。
「俺確かに寝たはずだよな?ここどこだよ。ていうか、これ夢か?」
夢のはずなのに確かに声を出して喋っているのがわかる。しばらくすれば覚めるかと思っていたが、どれほど待ってもこの夢から覚める気配が全くない。
「現実に戻るのを脳が拒否してんのかね…」
そうしてただ立っていると、遠くから誰かの声が聞こえた気がした。
「声?誰かいるのか?」
「…ぃ…て!」
「声が遠すぎて何て言っているのか聞こえないな」
仕方ないと俺は声のする方角へ足を進めた。段々近づいてくるにつれて声の主はどうやら2人ということが分かった。
「だーかーらー!いい加減外に出なよ!!役割もあるでしょ!?何のために生まれたのか分かってる君?!」
「い~や~で~す~!!私が外に出ないといけない位の事仕出かしたのはそっちじゃないですか!」
「うぐっ、それ言われると何も言えないけど…」
「とにかく!どんなことがあっても私はもう絶対!外にはいきませんからね!」
どうやら言い争いをしている様子で、1人は言い負かされそうになっているようだ。より近づくとそこにいたのは人間とは思えぬほどの美貌を持った男と、白い大きな翼を持った生物だった。少なくとも俺は生まれてこの方こんな大きな生物は見たことがない。
「夢っぽい感じだな本当に。てか、夢って知らない生物も出てくるんだ」
俺が呆然として呟く間もその一体と一人の言い合いは続く。
「大体!元々私は後200年くらい仕事なかったはずでしょ!反省してください本当に!」
「いや、ほんとそれはごめんって!でも仕方なかったんだよおおお!まさかあんなに最強になると思ってなかったし!それに生まれる場所がミスってるって思わなくてえええ!なんか弟君に執着してるしいいいい!」
「うるさっ!迷惑かけたその子どもへの謝罪が先でしょう!ここに呼んだって言ってませんでした?その子は?」
「…あの…」
俺が話しかけると、言い合いっていた双方はピタッと争いをやめてこちらに顔を向けてきた。
「あ!よかった!今探しに行こうと思ってたんだよ。ルナード君」
「あなたは何でこう対応が一々後手に回るんですか。そもそも今回の事だって」
「お小言は後で聞くから!ね!」
俺を見つめつつそんな会話をする。いや、まて
「これって夢じゃないのか?」
「うーん、夢っていえば夢かな。今は君の意識だけを僕のいる空間に呼んでいる状態なんだ。君の体は今でも自室で眠りについているはずだよ」
「夢じゃない…なら、あんた達は一体何者なんだ?」
俺のその言葉に男は美しく笑った。
「私は君たちが神様と呼ぶもの、この世界を創造したもの。そして私の隣にいるこの子は光の精霊獣、人はこの姿の生物を『龍』と呼ぶのだったかな?」
「は?神様?龍?」
「混乱するのも無理はありません、人の子。ですが、重要な話を聞いてほしいため神はあなたを呼んだのです」
重要な話?世界の誰もがひれ伏さなきゃならないような存在が、俺に何の話があるというのだろう。
「君の言いたいことは最もだとも。だが、この話は君に一番関係があることでね。」
「俺の考えていることが読めるのか!?いや、読めるんですか?それに、俺に関係すること?」
神は頷くとその笑みを引っ込めて、突然俺に向かって頭を下げてきた。
「なにしてるんですか!?」
「いや、謝らせてくれ。君にはとても申し訳ないことをしてしまったんだ」
「申し訳ないこと?」
神はまた頷いた。そして「長い話になるから」とこの白い空間にいつの間にかできていたテーブルとイスのある場所へ俺を案内してきた。向かい合うようにして俺たちは座り、光の精霊獣と呼ばれた龍は神の背後に移動した。
「それで、俺に話したいっていう申し訳ないことって何ですか?」
座って少し落ち着いた俺に神はおどおどしつつも話を始めた。
「実は、君のその、お兄さんにまつわることなんだけどね」
「は?兄?それなら、俺じゃなくて兄を呼べばいいんじゃ」
「いや、兄のことで私が君に迷惑をかけてしまっていることを謝りたいんだ」
神の言っていることはおかしい。少なくとも兄と俺と公爵家のあの最悪な環境は神には全く関係のないことだろう。いや、与えた祝福とスキルのことを言っているなら少しはわかるが。
「いや、そうでもないんだ。何から説明したものか…」
「素直に言ってしまえば良いではないですか。その兄は本当は公爵家に生まれる予定ではなかったうえ、そもそものスペックが違った状態であなたが世界に送り込んだのだと。そのせいで人の子はここまでの生活に苦労が絶えることがなかったのだと」
言い淀んだ神を一瞥して、白い龍はさらっと言いのけた
「は?兄は神が送り込んだ?公爵家に生まれる予定はなかった?ちょっと待ってください。何が何だか…」
「お前のせいで余計に混乱させちゃったじゃないか!もうちょっと静かにしてて!」
「私も呼び出しといてその言い草は何ですか…もうご自分で説明なさってください!」
白い龍は混乱している俺をよそにムスッとして体を丸めて目を閉じてしまった。
「あの!どういうことですか?」
「いや、その。難しい話になるんだけども…」
神の話はかなり長くなった。途中俺のわからないようなことも言っていたし…とらっく?とか、いんしゅんうんてん?とか。
「つまり、兄は本当は違う世界の人間で、あなたの手違いで突然死んでしまったと。で、そのお詫びとして神であるあなたが直接強い魔力と、多数の属性、そして最強のスキルを上げちゃったと」
「そうそう。理解が早くて助かるよ!君たちの国にある最新の兵器とか最新の医療とかも全部、君のお兄さんが別の世界にいたときにあった知識をそのまま応用しているものなんだよ」
「どうりであの天才加減だったわけですね。で、公爵家に生まれる予定はなかったというのは?」
「それはその~…ほら、君のお兄さんには強い力をあげちゃったじゃん?だから本当は平民の家に生まれる予定だったんだ。彼、あまり欲もないような人間だったし、平民のそれも辺境の地くらいに生まれれば多分冒険者くらいになって各国の助けになってくれそうだなーみたいに思ってさ。平民だったらまぁどれほど強くても最強の冒険者!くらいにしか目立たないと思っててぇ」
神はそこで両手を合わせた
「ごめん!送り出すときに何故か手違いで君の公爵家に生まれちゃって!本当は君一人の予定だった公爵家は2人兄弟になったんだ」
「ま、また手違いですか?!それに俺しか生まれる予定がなかったってことは」
その手違いさえなければ流石に俺でもこんな冷遇されるような生活はなかったってことではないだろうか。
「全くその通りですぅぅごめんねぇぇ」
「さりげなく心を読まないでください…それに、もう遅いでしょう。どのみち目が覚めたら俺は洗礼式当日だ。神であるあなたが直接兄に力を与えたのなら、俺は兄よりも素晴らしい力を得ることは難しいでしょう。結局結末は変わりません」
本当はちょっとだけ期待していた。全てが兄に勝らなくてもいい。それでも、どこか別の分野でもいいから、兄よりも優れた力があれば両親だって俺の事を盾扱いせずに一応家族として認めてくれるだろうと。
でも、現実は違う。兄は本当に『神に愛された天才』だった。であれば、結果的に結末は変わらない。俺は兄の代わりに命を消費させられるだけの日々が確定している。どうあがいても絶望とはこのことだろう。
ここから少しずつ文字数増やせるように頑張ります!