ep.9 運命の前日/とある男の待ち望んだ日
1週間なんていつもは引きこもり続けるだけだから本当に長く感じていたのに、こんな時に限ってはあっという間だった。
「結局、考えないようにって言ってたのにずっと気が気じゃなかったな」
自室の窓から星を眺めて独り言。こんな風に自由に過ごせるのはもしかしたら、いや、十中八九今日までだろう。
「いよいよ明日か。」
明日の今頃には俺のスキルも何もかも判明している。ずっとざわついていた心が一周回って諦めモードだ。
静かな時間が過ぎていき、しばらくすると鐘の音が響いた。日付が変わったのだ。
「誕生日おめでとう、俺。もしかしたら最後の誕生日になるかもだけど」
それでも、明日の洗礼までは束の間の自由を堪能しようと心に決めて俺は眠りについた。
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公爵家の屋敷、眠りについたルナードの部屋よりも遠く離れた部屋で一人書類を確認し続ける男の姿があった。
手を止めることなく書類をさばき続けていたが、少しだけ開けられた窓から鐘の音が入り込むと同時にピタッと手を止めて外に視線を向けた。
「日付を超えた。つまり今日が洗礼の日か」
赤い目を細め、どこか嬉しそうな声で呟く。それもそのはず、一番欲しいものを手に入れるために、男はこの日を何年も待ち望んできたのだ。
『前の世界』と違い、この世界では洗礼を受けたら成人として扱われる。貴族は貴族学院へ入学し互いのコネクションを広げ貴族としての役割を担い始め、平民は平民用の学び舎へ入学するか、そのままスキルに応じた自身の仕事を始める。
それまでの間は例えどのような地位にいるものであっても、将来の約束や仕事に関する契約などは一切できないという世界共通の決まりがある。洗礼を受けたときにどのようなスキルや力を得るのかわからないためだ。それは当然、男の欲しいものにも適用される。それ故に欲しいものを公的に自分の傍へ置くことができなかった。
だが今日からは違う。洗礼を受け、両親に報告するだけで男の欲しいものはずっと自分の傍にいてくれるようになるのだ。
前の世界では兄弟など欠片ほどの興味も持たなかったはずが、今や男は弟が自分に向ける感情や表情全てに興味が尽きない。もはや興味を通り越して執着している自覚さえあった。もちろん彼がそうなったのはとある出来事からではあるが、確かなことはその執着の強さは弟によって芽生えたものではなく彼が元々持っている性質であることだ。
彼にとって弟が自分から部屋に閉じこもってくれたのは喜ばしいことだった。もちろんそうなるように冷たく接し、両親を利用してより孤立するように仕向けたというのもあるが、そのおかげで洗礼までの間、弟から兄である自分以外を排除することに成功しているからだ。
そして男はこの先も弟を誰にも関わらせる気はなかった。そのために補佐などと理由をつけて傍に置くのだ。
「あぁ、今日からは楽しい日々が送れそうだな。お前もそう思っているだろう?ルナード」
男は誰にも見せたことのないような満面の笑みで窓を閉めた。