皇帝への挨拶 皇帝視点
帝国皇帝視点
帝国にとってかつての旧領である内海の統一は悲願である。この大陸の中央に食い込む巨大な海は500年以上前はその周辺全てが帝国領であったという。しかし、今では帝国はその半分程度の領土のみを有する。かつての帝国はこの内海の安全を確保し、その貿易によって多大な富を生み出すことで栄えていたのだ。内海統一にはどうしても海軍力が必要になるが、内海貿易の独占が崩れた今、帝国海軍のみで内海を統べるのは難しい。
こうした思惑の元結ばれたのがラトガレ王国との同盟であった。強力な海軍はあるものの、陸軍力に不安のあるラトガレ王国は格好の同盟相手であった。また、ラトガレ王国を帝国内に組み込む交渉もひそかに行われていた。貿易が主産業のラトガレ王国からすれば、防衛は帝国に任せて貿易に集中したかったのである。こうして先帝たる父の時代に話はおおよそ纏まったかに思えた。しかし、妹が嫁いで姪が生まれるころに突然、ラトガレ王国は陸軍の強化を始めた。聞くと妹の夫たる王太子が改革の中心であったという。こうして帝国とラトガレ王国の思惑は徐々にかみ合わなくなり、妹が産褥で亡くなる直前には両国の関係は冷え込んでいた。それでも妹は最後まで両国の中を取り持つべくエリーザベト王女の婚約や帝都の学園への留学を先帝に申し入れていた。王女は帝国から派遣した家庭教師が驚くほどに優秀であったし、先帝も私も賛成であった。
そんな中での妹の死は事態を最悪の方向へと動かした。王太子はますます陸軍にのめりこみ、王女の婚約の話もにべもなく断られた。私も先帝が亡くなり即位したばかりであり、国外のことにかまっていられなかったのもあり、いつしかラトガレ王国は強靭な陸軍を作り上げていた。そして、王太子の死である。軍を率いる王太子の死は周辺諸国から格好の獲物に見えたであろう。帝国としても他国に取られるくらいならばと兵を集める準備をしていた位だ。
結果は見事に裏切られた。四方から攻め込んだ諸国の軍が全て返り討ちにあったのである。王太子は陸軍に関しては有能であった。彼の作り上げた兵、指揮官、システムは高い機動力と緊密な連携によって諸国の軍を叩き潰した。そして何よりエリーザベト王女が強かった。巧みな運動の前に諸国の軍は集合する前に各個撃破され、野戦によって著しく高い死亡率を叩きだして壊滅した。ラトガレ王国に攻め込んだ総勢5万の軍は王女率いる1万の軍によって3万もの死者を出した。王女はそこで止まらなかった。逆襲を予期していなかったニジニ公国に攻め入ると、軍が壊滅していた公国に王女を止めるすべはなかった。主要都市が次々と陥落し、ニジニ公国はひと月でラトガレ王国の支配下に入った。脅威に感じた諸国は兵をかき集めて連合軍を結成するも無駄であった。質が低く、足が遅い軍隊では機動力に優れるラトガレ王国軍から主導権を取れない。連合軍は要塞にこもるも、都市を次々に落とされては打って出るしかなく、さらに兵を失うという悪循環であっという間に国力を失っていった。さらに王女は帝国にも攻め入る。狙いはラトガレ王国にちょっかいを掛けていた辺境の帝国諸侯であった。漁夫の利を取ろうとしていただけの彼らに侵攻を食い止める手段は無く、王女に一方的に蹂躙されることとなる。ここに至っては流石に皇帝として動かない訳にはいかない。独立傾向があるとはいえ、皇帝には帝国諸侯を守護する義務があるのだ。しかし、ここでさえまだ王女を正しく認識できていなかったようだ。彼女は勝つためにはなんでもすると聞いていたが、文字通りなんでもやったのだ。
帝国辺境諸侯領ではあらゆる破壊が行われた。都市は破壊され、村は焼かれた。井戸には毒が入れられ、川にかかる橋は落とされた。そうとは知らない帝国軍はその有様に激怒し、進軍の足を早めた。それに呼応してラトガレ王国軍も撤退し、気が付くと帝国軍の補給物資はなく、周囲に徴発できそうな村も都市も無かった。動けなくなった帝国軍に対して王国軍は徹底して補給隊のみを叩いた。餓えて戦えなくなった帝国軍は7000の王国兵に虐殺されることとなった。諸国では古の双角王や雷光将軍と重ねて恐れられ、その威名は帝都でも恐れと尊敬が入り混じって呼ばれることになる。
一方で、ラトガレ国王も孫娘に軍を率いさせることを危惧しており、どこかで決定的に敗北する前に戦争を終える必要があった。各国の王や諸侯が悩み怯える中で王女だけが気ままに都市を陥落させていた。各国の交渉は揉めに揉め、結局王女の帝都留学と占領地のある程度の返還が取り決められて戦争は終結した。帝国領も一部割譲したものの、元から独立性が強いうえに先の戦争で荒れに荒れた地域である。帝国としては持っていてもいなくてもあまり関係の無い土地であった。
「ディートリッヒよ。双角王もかくやと恐れられてはいるが、彼女は私の姪でお前の従妹だ。失礼なことは言ってはならんぞ。」
「父上、もちろんです。叔母上に似て大変美しいとか。シャルロッテから耳が痛くなるくらい聞かされております。今日も私だけ先にあうのがずるいと駄々をこねていましたよ。」
「うむ、そのくらいの意気の方が良いかもしれんな。」
ディートリッヒとエリーザベト姫との相性が良ければいいのだが... ラトガレ王からは婚約の内諾は得ているものの、肝心の姫には話せていないとは困ったものだ。王太子がかつて反対していたせいで姫がどういう反応をするか分からないとはな。
「陛下、エリーザベト殿下がいらっしゃいました。」
「通してくれ」
そんなことを考えていると、王女が到着したようだ。
「「おおっ」」
在りし日の妹を思わせる優しげな顔、肩まで伸びた美しい金色、品の良いドレスに上品な髪飾り、一見すると深窓の令嬢である。しかし、芯の強そうな表情と琥珀眼から放たれる鋭い目線が彼女がただの姫ではないことを示している。
思わず親戚の娘を可愛がりたくなる気持ちを抑えて、会談に望むのであった。
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