留学?いや人質でしょ
どうしてこうなった!!??
故郷ラトガレから徐々に離れていく船の上で悶絶する。こちらの世界に転生して16年、確かにいろいろやらかしてきた..転生者だもの。でもそれは全て我が祖国ラトガレ王国のため、そしてその王たるお祖父様のため。今は亡きお父様の残した軍を率いて隣国を攻め滅ぼしたのも、賠償金や身代金をふんだくったのもみんな国のためなのに.... どうしてよりによって私が軍を壊滅させて領土を奪った帝国なんかに留学させることになるんですかお祖父様!!! 留学っていうかこれ体のいい人質じゃないですか!?...
私ことエリーザベト・フォン・マリアナは転生者である。生まれた国は小さいが比較的豊かなラトガレ王国で、父は王太子、母は側室の子とはいえ帝国の皇女というまさに生まれながらの姫だった。転生して初めてこれを知ったときには危うく踊りだすところだった。しかし、7歳の時に弟を生んだ直後にお母様は亡くなり、それと同時にお父様は軍の強化にのみ取り組むようになった。当時あまり深く考えていなかった私はよくお父様に連れられて軍に出入りしていて、訓練の真似事や軍の動かし方を将軍たちから勉強したりとのんきに過ごしていた。
そんな生活が一変したのがお父様の死であった。もともと体が丈夫ではないお父様は私が12歳になった冬に流行り病であっさりとこの世を去った。そこからは激動であった。お父様の遺言、「強くなりなさい」を胸に秘めて、お父様の死をきっかけに侵攻してきた諸国を打ち破っていった。ゼムガレ王国を野戦で叩き潰し、ヴェリーキー王国は支隊でおびき寄せて本隊で退路を断って王弟ごと焼き殺した。無理な渡河をしたニジニ公国軍には矢の雨を振らせ、火事場泥棒にきた帝国辺境諸侯は各個撃破で事が済んだ。東へ西へと転戦しつつラトガレ王国軍は全ての脅威を打ち払った。お父様の作った軍はそれほどに強かった。けれども、私はここでは止まらなかった。いや、止まれなかった。私は決して戦闘狂ではない。けれども軍には戦闘が必要であった。要するにお父様の作った軍はラトガレ王国には不必要に大きく、戦争での戦利品や占領地がないと維持できなくなっていたのである。そして、私に戦争をやめられない理由があるように、諸国にもやめられない理由があった。小娘率いる軍に侵攻軍が負けたからと言ってそれを放置して強大化されてはたまらない。そう思った諸国は対ラトガレ同盟を結成した。国土を荒らされてはたまらない私は連合軍が集結する前に、各国に攻め入って野戦軍を殲滅していった。その過程で多くの味方が殺された。しかし、それ以上に多くの、あまりにも多くの敵兵を殺してしまった。これは一種の攻勢防御であった。敵がもつ兵力をこそぎ落とせば侵攻できなくなると考えたのである。けれどもそれで諦める近隣諸国ではない。隣国に私という脅威がいる以上、武装しないことはありえない。こうして農民や流民から作られた急造の軍が出来上がり、私はそれすらも殺し尽くした。ついに抵抗できなくなった国は次々とラトガレ王国の支配下に入ったり、内紛でばらばらになった後でやはりラトガレ王国の一部となっていった。ニジニ公国を滅ぼし、ゼムガレ王国の過半を支配下においた私は周囲の静止も聞かずに蠢動する帝国辺境にも逆侵攻を行った。これには流石の皇帝も動かざるを得ず、3万もの大軍を派遣した。しかし、その巨体がゆえに補給が困難と見た私は帝国の村を焼き払い、案の定補給がおぼつかなくなったところを叩き潰すことに成功した。そこからの1年間でさらにいくつかの王国や騎士団領を奪い取った。最も頑強に抵抗したヴェリーキー王国の都市を一つ一つ落としていると王であるお祖父様から突然の帰還命令が出たのである。
そして、私が帰還するのと同時に帝国や他の周辺諸国と条約が結ばれてようやく平和が訪れたのだった。そこまでは良かった。私は戦闘狂では無いし、先延ばしにしていた凱旋式も行うことが出来たのだから。だが、平和条約には私が帝都にある学院に留学することまでが組み込まれていたのである。確かに今は無きお母様は私を帝都に留学させたがっていたのだが、お父様は反対のようであった。それに、帝国と言えばここ数年で数万の兵を殺し、数百の村を焼いた上で領土を割譲させた相手である。いくら親戚とはいえ、むしろ親戚だからこそ相当恨まれているだろう。流石に投獄や殺害ということはないだろう。けれども、迂闊に街を歩いたりでもすれば市民からは唾を吐かれ、暴徒と化して石を投げつけられてもおかしくはない。
帝国は大きく、強力な国である。局所的に勝ったとはいえ、帝国の無尽蔵の国力で次々と軍を送り込まれたら王国が最終的には敗北するだろう。それに比べれば、私一人を差し出して帝国の気が済むのならばお祖父様は王としてそっちを選んだのかもしれない。そんな不安げな気分の私を乗せて、船はラトガレの海から帝都へと進んでいくのであった。
帝都、それは1000年以上続く帝国の中心地であり、ただ帝都とだけ呼ばれるようになって久しい都市である。イングリア湾の最奥地に位置するその都市は陸路と海路の交差点であり、帝国の強力な海軍と陸軍の一大拠点でもある。繁栄を誇るその巨大都市の皇宮の裏手にある貴人用の埠頭に、私の乗る船は到着したようである。着岸作業が始まるとすぐに、皇宮からぞくぞくと豪華な装備に身を包んだ兵士がこちらに向かってくる。
「いくら何でも多すぎる気がするのだけど...」
あれよあれよと待つ間に兵士の数は100を超え、200を超えており戦争でもしようかという構えである。
「姫様を迎えるのですから当然のことですわ」
そう言うのは私の横に控えるゾフィーは戦友であり元帥でもあったクルゼメ伯爵の娘であり、幼少からの側仕えである。付き合いの長い彼女が帝都にまでついてきてくれたのは正直非常にありがたいことであった。
船から降り立つと、近衛隊と名乗った兵士らに周りを固められて皇宮への道を進む。護衛にしては異常に緊迫した顔をした彼らに囲まれている私は、凶悪犯として連行されているような気分である。そのまま皇宮に入ると、なにやら豪華な部屋に通される。聞くとかつてお父様に嫁ぐまでお母様が使っていた部屋のようで、そういわれると確かにお母様の趣味を思わせる部屋であった。学園に移るまでのしばらくの間はここで暮らすということらしい。部屋の前というか周辺一帯が近衛兵であふれていることを除けば、なかなか暮らしやすそうな部屋だ。少しくつろごうとしたその矢先、皇帝からの呼び出しがかかったのであった。
皇帝との謁見、お姫様歴16年とはいっても前世一般人の私からするとその事実だけでもものすごく緊張する。ましてや、ことによっては私の命がかかっているのだ。緊張しながらドレスへと着替える。ドレスは白を基調としたピンクのフリルのついたドレスにした。できるだけ無害そうにしていなければならないのだ。
近衛兵と案内役の文官に誘導されて皇宮の中を進む。てっきり大広間での謁見かと身構えたが、どうやら私室に案内されるらしい。一応は外交使節ではなく留学生だし配慮されているのだろうか。
顔がこわばるのを感じながら、扉が開くのを静かに待った。
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