二人の死霊②
嫌悪感を示す時、彼女はこういう顔をする。
わたしはその顔を見た瞬間、自分の中の醜い気持ちが彼女に気づかれてしまったのではないかと思い背筋を凍らせていた。
しかし彼女はわたしとは違うどこか遠くを睨みつけたまま、小さな声で「きた」と口にしたのだった。
それが彼女の発した声だと気づくまでに、少しだけ間があった。
彼女の発した言葉が、何かが「来た」という意味なのだと理解したのは、ぎょろりと剥かれた視線を追って、闇だかアスファルトだか分からない、黒く続く車道をしばらく眺めてからのことだった。
来た。
彼女の発した言葉を、わたしも心の中で繰り返していた。
来た。あの二人が。
飛び上がって喜んでしまいそうな心持ち。
飛び上がらなかったのは、きっと心の底に沈んだ罪悪感のせい。
闇の中から強い光が現れて、わたしはそれがぬか喜びには終わらないことを確信した。
見慣れた、なんてものじゃない。まるで自分の持ち物であるかのように想い、眺め、待ち焦がれたあの車。
あの二人がやって来た。
まず、姿を消すことができているのかどうかが気になった。
大丈夫。意図しない限りは、あの二人にわたしの姿は見えないはずだ。
次に、悪霊の少女が再び彼らの前に出て行こうとしていないかが気になった。
視線を戻すと、既に赤い服は影もなくなっている。
ぞっとした。
最後に見せた、嫌悪に満ちたあの表情。
彼女はまた、悪さをするかも知れない。
いつもと同じように、二人を乗せた車は自動販売機の前に、わたしの目の前に停まった。
消えた少女の姿を探すべきか否かを迷っているうちに、眼前のドアが開く。助手席側のドアだった。
よかった。
今日ここに来たのは彼氏さん一人じゃない。彼女さんも一緒なんだ。
焦燥の中で小さな安堵を感じる。
それも、束の間だった。
助手席から降りて来たのはどう見ても女性じゃない。
この車の持ち主である、気の弱そうな彼氏さんでもない。
初めて目にする、短髪の男性。
細い目をした、ちょっと意地悪そうな人だった。
ドアが開くまで助手席に乗っているのが男性であることに気がつかなかったのは、自動販売機の明かりが窓ガラスに反射してしまっていたせいだ。
短髪の男性がずかずかとこちらに向かって歩いて来るので、わたしは弾かれるようにしてその場を離れた。
彼は逃げ出したわたしには目もくれず、自動販売機の脇に設置された空き缶用のゴミ箱のある方向へ歩いて行く。
なるほど、手には飲み終えたものと思われる飲料の缶が握られていた。どうやらわたしの姿は見えていないらしい。
ひとまず、ほっと胸を撫で下ろす。
「ち、ちょっと待ってくれよ」
続いて運転席側のドアが開き、わたしの知っている男性、彼氏さんが慌てて飛び出して来た。
短髪の男性は彼の友達だろうか。
意地悪そうな友達の背中をあたふたと追うその姿は、恋人といる時には見せることのない彼の一面なのだろう。
それがいかにも彼らしくて、思わず微笑んでしまう。
「はは、一人になるのは怖いかい」
目の細い友達はそう言いながら缶を捨てると、追いついた彼氏さんの方を振り向いてにやにやと笑ってみせた。
彼氏さんと同じで成人していることには間違いないのだろうけれども、その笑顔からは意地悪でいたずら好きな、だけどどこか憎めない少年のような印象を受ける。
気の弱い友人を困らせるのが楽しいのだろうか、軽く顎を掻く仕草が、その印象に拍車をかける。
彼氏さんも色白というわけではないけれど、浅黒い肌の友達と並ぶとどうにもなよなよとしたイメージになってしまう。
そんな姿が、いたずら好きな少年のささやかな嗜虐心をくすぐるのだろう。