二人の死霊①
あの事件から、数えて四度目の夜が訪れた。あれから姿を見せない二人のことを考え、気を病むことがわたしの日課になっていた。
彼氏さんと彼女さんとの関係が、今度どうなってしまうのか。
それは、今まで勝手ながらも二人のことを見守ってきたわたしの立場としては、当然持つべき心配事だろう。
だけど、それだけじゃあない。
そんな心配事よりも、もっと大きな問題をわたしは抱えていた。
誰のせいで、今回の事件が起こったのかということ。
その答えは、原因であるわたし自身が誰よりもよく知っている。
そう。わたしのせいなのだ。
自動販売機にもたれかかる。
立っているのが辛かった。
幽霊としてこの場所に留まるようになって以来、肉体的な疲れを感じることはなくなったけれど、それでもわたしは全身に気だるさを感じてしまうほどに、気が滅入っていた。
「おねえちゃん」
幼い声がわたしを呼んだ。
視線を下げると、赤いスカートの少女が心配そうにこちらを見上げている。
横一文字に固く結ばれた小さな口と、釣り気味の大きな目が、警戒心の強い猫を連想させた。
彼女がいつからそこにいたのか、分からない。
次の言葉を待っていると、彼女は口を開かずに、くり、と首を傾げた。
お下げが大丈夫、と尋ねるようにして揺れる。
わたしが微笑みかけてみせても、上目遣いのその表情には変化がなかった。
この子は、わたしよりもずっと前からこの一本道に留まっている霊だ。
お互いの関係を簡単に言い表すのならば仲間、友達という単語で間違ってはいないのだろうけれど、彼女が語ろうとせず、わたしも尋ねることが今までに一度もなかったので、彼女がこの場所にいる理由や、それどころか彼女の名前すらもわたしは知らない。
それでもただ一つはっきりとしていることは、彼女が悪霊と呼ばれる類の存在であるということだった。
生きている人間に危害を加えたり、いたずらをしたりする悪霊。
あの日、車の中に現れて二人を引き離した張本人だ。
あれは彼女のいたずらにしてはまだまだやさしいものだったのだろうけれど、わたしにとって、引き離された二人にとって、失われたものは大きい。
「おねえちゃん」
二度目の呼びかけ。
一度目と同じで、それきり何も喋らないでじっとわたしのことを見上げている。
わたしの声を待っているのかも知れなかった。
大丈夫だよ、と言えばそれで良いような気がする。
あなたのせいじゃないよ、と、そう言ってほしいのだろうかという邪推もしてしまう。
口を開けば、きっと彼女に当たってしまう。
口を開けば、あなたのせいだと言ってしまう。
わたしの大切な時間を一瞬にして奪い去った、幸せな二人の空間を一瞬にしてぶち壊しにした、目の前の少女。
心配そうなその顔を、憎く思ってしまう気持ちが心のどこにも存在しないのかといえば、そんなはずはない。
それでも、この件に関して、わたしは彼女に恨み言を言える立場ではないのだ。
わたしは頭の中がねじ切れそうになるほどに言葉を捜して、思い浮かんだ言葉を口にする自分の姿を何度も何度もイメージして、納得のいく口調と表情が見つかっても一旦迷って、その上で口を開いた。
たぶん、ほんの少しの間のことだった。
口を開きかけて、それで終わってしまったのだけれど。
ただでさえ大きな目が突然見開かれ、何かを睨みつけるようにして小さな瞳がぎょろりと動いたのだ。
単に驚いてしまっただけなのか、その凶暴な表情に恐れを感じたのか、わたしの言おうとしていた言葉は喉の奥へと引っ込んで行ってしまい、何と言おうとしていたのかさえも、あやふやになってしまっていた。