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呼びかけてくれたなら③

「そういえばーー」


 囁くほどの声で言って、首を傾けてみせる。


「まだ、あなたのこと、何て呼んだらいいのか決めてなかったね」


 それは、わたしが彼女に対し、積極的に話しかけようとしてこなかった証。

 保護者のようなものと自称しておきながら、彼女のことを心のどこかでは遠い存在として扱っていたかったのだろう。


 少女は、まだ呼び名のない悪霊は、口をぽかんと開けて、わたしと鏡写しに首を傾けた。

 わたしは、戸惑いの残るその顔に、にい、と笑ってみせてから、屈伸運動をするようにして立ち上がった。


「考えとくから。後で、お話ししよっか」


 見上げる少女の前でくるりと向きを変え、彼氏さんの方を再び見やる。

 近況報告は、既に一通り終わってしまっていた。


「じゃあ、幽霊さん、さようなら」


 自虐的な響きを持ってそう言った彼氏さんが自動販売機の上を見ていたので、わたしは、少し笑ってしまった。

 わたしの姿が見えないのは、天にでも昇ってしまったせいだとでも思っているのだろうか。


「ちょっとショックだなぁ」


 寂しげな空気を全身にくくりつけて立ち去ろうとする彼氏さんの背中に、波長を合わせた。

 足を止めて振り向いた彼氏さんの笑顔は、小さな悪戯を優しく咎めているかのよう。


「今の、なんだかお仏壇に報告してるみたいでしたよ。わたし、そんなに死人っていうイメージですか」


 いつかのやり取りを彷彿とさせる、やはり意地悪な物言い。

 彼氏さんは返事をするでもなく、顔の中に喜びを咲かせた。


 ゆうれいさん。


 かすれた声がわたしを呼ぶ。

 それ以外に、言葉が見つからないのだろう。


 わたしだって、同じだ。

 他愛もない内容から外れようとすると、いつも、すぐに行き詰まってしまう。

 彼氏さん、と呼びかけるわけにもいかなくて、わたしはただ、笑顔を傾けた。


「おねえちゃん」


 温かい沈黙の中で、わたしにしか聞こえない声は心なしか穏やかに聞こえる。


「後で、お話し。約束だよ」


 背中に、小さな手のひらの感触。

 昔、無慈悲にわたしを突き倒した時のものよりも力強い圧力が、わたしと彼氏さんとの距離を一歩だけ近づける。


 そのまま歩み寄って行き、自動販売機の前で改めて彼氏さんと向き合うと、供えられていた缶が太陽の光を反射させて、わたしの視界の縁を眩く突き刺した。


 太陽に照らされた缶の横で、二輪のタンポポが仲良さそうに寄り添っている。


 愛おしい気持ちになりながら膝を曲げ、わたしは缶ジュースに手を伸ばした。






         End

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