表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

霊媒師ウラマチの悔恨⑤

 合わせる顔がない。

 思わせぶりな台詞の意味を、ウラマチさんは説明する気もないようだった。


「話さなければいけないことって、何でしょうか」


「なんと言いますか、ね。私に、悪霊を退治する力がなかったことを、お詫びしたかった。ひとえにそういうことでしょうか」


 ハルヒコさんと話している時の姿からは想像もつかない、自信なさげなウラマチさん。

 それが彼氏さんやハルヒコさんの姿と重なって、わたしの中に親近感らしきものを産み落とした。


「そのおかげで、わたしも退治されずに済んだんですよね。わたしにとっては、良いことですよ。まだ、成仏する気はありませんから」


 わたしの言葉で、しわの深い横顔が脱力したように笑った。その時、


「どうしたんですか、ウラマチさん」


 タクシーのドアが開き、丈の低い背中にハルヒコさんが声をかける。ウラマチさんは制帽で目元を隠すと、振り向いて苦笑した。


「ああ、すまない。ペットボトルはどこに捨てれば良かったのかな」


「ここには空き缶用しか、ごみ箱はありませんよ」


 ウラマチさんが自動販売機に向き直りながら「なんだ、そうか」と大声で言うと、ハルヒコさんは不審がるように首を傾げながらドアを閉めた。


 やっぱり、ハルヒコさんにはわたしの姿が見えていない。


「さて、そろそろ戻らなければモモイくんに叱られてしまう」


 気楽な口調に、わたしもウラマチさんが浮かべているのと同じ、苦笑いで対応した。


「最後に一つ、質問を良いかな」


 こちらを向いたウラマチさんの目元は、帽子の陰になったまま。

 うつむき加減になり、意図的に顔を隠しているように見える。


 合わせる顔がない。

 あれは、どういう意味だったのだろう。


「なんでしょうか」


 腰を曲げて、うつむいた顔に微笑みかけた。

 ウラマチさんは少しだけ驚いて細い目を小さく見開くと、咳払いをして制帽のつばに触れた。


 ウラマチさーん。タクシーの中から、ハルヒコさんの呼ぶ声が漏れてくる。


「モモイくんや、タクシーに乗せたお客さんの話を聞く限り、今回の事件の発端は、悪霊がカップルのデートを邪魔したことだった、と私は判断しているんですけどね。あれは、いったい、どうしてそんなことが起こったのでしょうかね。今まで、悪霊は大人しくしているようだったのに」


 冗長に、それでもひそひそ声で。

 ウラマチさんの質問は、今までに、当事者である彼氏さんにすらされたことのない重大な質問だった。


 そしてそれは、当事者ではないウラマチさんにだからこそ、明かすことのできる真実だった。


「わたし、彼氏さんがーーえっと、男の人の方が、恋人にプロポーズをしているところを見ていたんですよね」


 タクシーのドアが開き、ハルヒコさんが顔を覗かせる。


「そうしたら、あの子が突然二人の前に出て行って、言ったんです」


 彼氏さんや彼女さんに、はっきりと聞き取ることができたのかは分からないけれど、わたしの耳には今もはっきりと残っている、あの子の言葉。


「おねえちゃんを悲しませるな、って」


 だから、彼氏さんのプロポーズが失敗してしまったのはわたしのせい。

 わたしがいなければ、そもそもあの子が彼らの邪魔をすることはなかったのだから。


「わたしが二人のことを羨ましそうに見ているのが、きっと、あの子には分かってたんですね」


 わたしが言い終わると、ウラマチさんは深く頭を下げ、やはり帽子で目元を陰にしたまま、駆け足でタクシーに乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ