紫の花束②
「ああ、なるほど。じゃあ、受け取っておきますね」
芝居がかった動きで、なるほど、と手を打つ。
実際に、それは芝居だった。
落胆なんかしていませんよ、という演技でもしなければ、とても直前までの笑顔を保っていられる自信がなかった。
「はい、ありがとうございます」
言いながらも、彼氏さんの顔を見ることができない。
花束に引き寄せられるようだった視線は、今や逃げるようにして仕方なしに花束に向けられている。
何を期待していたんだろう。
自分のことが、嫌になる。
どうして、あんなことを期待してしまったんだろう。
わたしの腕の中に辿り着いた花束は、わたしの気持ちなどお構いなしに瑞々しく微笑んでいる。
「だけど、ちょっとショックだなぁ」
控えめで、決して派手ではないとはいえ、わたしの目には美しい花束だったのに。
彼氏さんにとっては、地味な仏花に過ぎなかったということなのだろうか。
だとすれば、こんな演出は残酷すぎる。
「わたし、死人だって意識されないように、明るくしてるのになぁ」
咲き誇る花々に恨み言をこぼした。
「そうじゃなくても、わたし、自分のことを死人っぽくないなあって思ってるのに」
少なくとも、他愛のない夜話をしている間、わたしは死霊なんかじゃない、幽霊さんという一人の友人として、あなたに見られていると思っていたのに。
「だけど……生きてる人から見ると、やっぱりわたし、死人ですか?」
花束に逃がしていた視線を持ち上げる。
彼氏さんは、陸に上げられた魚のごとく焦点の合わない目を見開き、何かを言いたげに口を動かしていた。
もとより、彼氏さんを困らせたいがための発言だった。
腕の中のお供えに、いつかの指輪の影を重ねてしまっていた、これは、そんなみっともない幽霊のささいな復讐。
お門違いであることは百も承知していたけれど、彼氏さんの言動が思わせぶりだったことは紛れもない事実だ。
「あの、えっと、ちょっと、からかってみただけですよ」
返す言葉もない、といった感じの彼氏さん。
やってしまった、と書いてある顔を見て、わたしの気持ちは収まったようだった。
やりすぎたかな、とも思った。
だから、これで恨み言はおしまい。
いつまでもこんな態度をとっていたら、せっかくの花束も、用意してくれた彼氏さんもかわいそうだ。
期待を裏切られてショックを受けたとはいえ、やっぱり紫の花束はわたしにとっては美しく、そこに込められた真心はきっと真実なのだから。
「せっかくお花、持って来てくれたのに、意地悪なこと言って、あの、ごめんなさい」
頭を下げながら、上目遣いに彼氏さんと向き合った。
花束の仄かな香りが顔の周りに漂っている。
無反応な彼氏さんの目が、彼を困らせていたはずのわたしのことを逆に不安にさせた。
「幽霊さんのことを、そんな、死人っぽいとか幽霊っぽいとかーー」
凄味を持った声が、謝罪の言葉を脇に避ける。
「そんな風に見ているわけ、ないじゃないですか」
大きな声ではなかったけれど、意を決したように彼氏さんが放つ一言一句には、わたしから言葉を奪ってもまだ余りある力を持っていた。




