亡霊の歪②
暗い話題になるのは覚悟の上だった。
空気が和らいだうちに伝えきろうとしたのは、沈みがちな気持ちと中和するため。
今、笑顔で彼氏さんを見上げているのは、すぐに明るい雰囲気に戻すことができるように。
それなのに、
「そんな。幽霊さんがそんなことしなくても……悪いのは全部、あの悪霊だ」
彼氏さんの反応は、わたしの考えていたものとは少し違っていた。
諭すようにそう言った彼氏さんは、沈み込むどころかなぜか興奮気味で、
「ああ、そうだ。思いつきましたよ。あの悪霊を退治できる人を、探してきますよ。それで全て解決だ」
暗い雰囲気を覚悟していたわたしの予想を裏切るかのように、その声には喜びのようなものすら含まれていた。
初めて見る彼のそんな表情は、それこそ何かに憑かれているかのよう。
空恐ろしさを感じている自分に気づき、わたしは思わず泣きだしてしまいそうになった。
「そんなこと、やめてください」
かろうじて、笑顔を崩さずに言うことができたのだと思う。
語気を強めてみせたのは、彼のことを少しでも恐ろしく感じてしまった自分の気持ちを隠したかったから。
「あの子は、ただ、寂しかっただけなんです」
「だけど」
彼氏さんは下を向き、辛そうに反論の言葉を絞り出した。
だけど、に続く言葉を待っていたわたしは、悔しげな彼の視線を感じ、それが最後の足掻きであったことを知った。
ああ、今日のわたしは、彼氏さんを困らせてばかりだ。
「あなたとカノジョさんの邪魔をしたのも、わたしを車道に突き出したのも……きっと、あの子、寂しかっただけなんです」
今の彼氏さんには、この言葉が容赦のない攻撃に感じられただろう。
わたしは自分を殺した相手のことを庇う、生者にしてみれば価値観の狂った存在なのだろう。
「だから、わたし、あの子のことを守ってあげたいんです」
声が小さくなっていくのを感じた。
彼氏さんにとってあの子は自分の恋路を邪魔し、友人を危険に晒し、事もあろうにわたしを殺した張本人である、酌量の余地のない完璧な悪役であるのに違いない。
退治しようと思うのは当然で、彼は何もおかしなことは言っていない。
そんな紛うことない悪役のことを、わたしは守ってあげたいと言ってしまったのだ。
理解不能なこの幽霊のことを、彼氏さんは果たしてどう思うだろう。
薄気味悪く、思うのだろうか。
悪霊退治を提案する彼氏さんを、わたしが空恐ろしく感じたように。
良い関係ですよね。
皮肉にも、いつかの言葉が蘇る。
短い間、わたしに幸せを感じさせてくれていた幻想。
他愛のない会話しかしてこなかったからこそ形を保っていた、薄っぺらくて脆い関係。
「ごめんなさい」
言葉を失いうつむいたままの彼氏さんに、わたしは今夜二度目の謝罪をした。
ごめんなさい。
良い関係を、続けられなくて。
ごめんなさい。
良い関係だと言ってくれたあなたの気持ちを、裏切ってしまって。
自動販売機の発する環境音が、わたしたちの間に堆積していく。
一人でいる時ですら、気にしたことのない音だった。
長い間言葉もなく立ち尽くした後、彼氏さんはやはり何も言わず、わたしの方へ目を向けることすらせず、車に乗り込んだ。
今までにない気持ちで耳慣れたエンジン音を聞きながら、アスファルトだけの真っ黒な視界を潤ませる。
タイヤの音が遠ざかり、聞こえなくなると、わたしは子供のように泣いた。
立ったまま、涙もぬぐわずに、ひたすら泣いた。




