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亡霊の歪①

 いつもと同じように自動販売機の前で彼氏さんを出迎えたわたしは、彼があの夜の出来事について簡潔に語るのを、何も知らないふりをして聞いていた。


 ハルヒコさんが突き倒される場面を見ていただなんて、とても言えなかった。


 とはいえ、初めて知る内容の方が多かったのも事実だ。

 ハルヒコさんに、除霊作戦以来の様子がおかしいと指摘されたこと、何度も一人でこの場所に立ち寄っていることがばれていたこと、霊にとり憑かれているのではないかと疑われていること。


 それでも彼氏さんがわたしの言葉を、とり憑いていないというわたしの主張を信じてくれているのだということ。


「ごめんなさい」


 頭を下げたのは、あの子の行為がわたしの落ち度によるものだから。

 彼氏さんの話が終わるのと同時にそう言ったのは、正直に「見ていました」と言うわけにも、白々しく「そんなことがあったなんて」と言うわけにもいかなかったから。


「そんな。幽霊さんが謝る必要はないじゃないですか」


 あたふたとした声に頭を上げると、困り果てた顔の彼氏さんと目が合う。


「いいえ。わたしがちゃんとあの子を見張っていれば、こんなことにはならなかったんです」


「友達は無事だったんですし、そんな顔をしないでくださいよ」


 そんな顔。

 わたしは今、どんな顔をしているのだろう。

 ハルヒコさんが死んでしまったかのような、悲痛に満ちた顔でもしていたのだろうか。


 わたしの方こそ言ってあげたい。

 わたしに責任があるのは確かなんですから、そんな顔をしないでくださいよ。


「それに、幽霊さんがあの悪霊を見張る義務なんてないじゃないですか。だいたい、幽霊さんとあの少女の霊って、いったいどういう関係なんですか」


 彼氏さんは困り果てた顔のまま、切羽詰まった様子でまくし立てる。

 取ってつけたような質問に、わたしははっとさせられた。


 義務なんてない。

 言われてみれば、それは確かにそうなのだ。

 だからこそ、理由も言わずに彼女の行為を謝罪するわたしに、彼氏さんは困惑していたのだろう。

 なるほど、そんな顔にもなるはずだ。


「わたし、あの子の保護者みたいなものなんです」


 わたしとあの子の関係。

 今までに考えたこともなかったけれど、保護者と言う単語は驚くほどすんなりと、それらしい顔をしてわたしの口を突いて出た。

 言ってみてから、わたしの立場を説明するのにこれほど適した言葉はない、と確信した。


「えっと、それは」


「あ、親子だとか、そういうのじゃ、ないですよ」


「そりゃあそうですよね。あんな子供がいるようには見えませんもん」


 途端に彼氏さんの態度が和らいだ。

 理由も分からず謝られる、辛い状況から解放されたからなのだろう。


「お友達、あの子に背中を押されたって言いましたよね」


 だから、


「わたしも、そのせいで車に轢かれて死んだんです」


 この雰囲気のうちに、さらりと言ってしまいたかった。

 どうせ、あと一歩でも踏み込まれれば明かさざるを得ない事実であることのように思えたから。


「そのせいでって」


「押されたんです、あの子に」


 何でもない話のように続ける。


「じゃあ、なんで……どうして」


 見る間に彼氏さんの表情が歪んでいく。

 信じられない、という顔なのだろうか。

 目の前にいる幽霊の境遇に同情しているのだろうか。


 わなわなと唇を震わせる彼を安心させたくて、わたしは笑顔を見せた。

 このお話は悲しいものなんかじゃあないんですよ、と言ってあげたかった。


「だから、わたしはここにいるんです。わたしみたいに死んじゃう人が出ないように、わたしはここに、あの子と一緒にいるんです。だから、あの子が悪いことをしようとしたなら、わたしが止めに行かないと」


 だから、ハルヒコさんが危険な目に遭ったのは、わたしのせい。

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