幽霊さん①
「幽霊さん、僕にとり憑いたりなんかしていませんよね」
彼氏さんが自動販売機の前でそうつぶやいたのを聞いて、わたしは彼のもとへ慌てて駆け寄った。
真後ろに立っても、彼はわたしの存在に気づいていない。
わたしにとって聞き捨てのならないその言葉は、どうやら独り言であるらしかった。
二度目の泣いた赤鬼作戦の結果報告以来、これが最初に見る彼氏さんの姿だった。
悪霊の少女の乱入で作戦が失敗した後、泣いた赤鬼作戦は、わたしの提案でその日取りだけを改めて再決行された。
考えられる限り最も単純でその上効果的な作戦は、たった一度のミスで捨ててしまうのにはもったいない。
それがわたしと彼氏さんとの共通認識ではあったものの、今思えば、それは二人の力になりたいというわたしのエゴが暴走した結果でもあったのだろう。
決行当日、あの子は来なかった。
だから、二度目の泣いた赤鬼作戦は一度目と同じく手筈通りに、一度目とは違って何のトラブルもなく遂行された。
それだけじゃない。
わたしと彼氏さんとの連携は、一度目とは比べ物にならないほどにうまくいっていたように思う。
結果として、作戦は大成功だった。
誰が予想しただろう。
二人の関係が、これまで以上に悪化してしまうだなんて。
どうして何度も幽霊が出るところに連れて来るの。
はっきりと耳に残っている。
呆れたような、悲しむような声だった。
二度目の作戦を決行した後に、彼女さんがぽつりとつぶやいた言葉だった。
その後、ドアも開けずに車から抜け出したわたしは、気まずい空気を乗せたまま彼女さんを自宅へ送り届けに行く車を見送ると、落胆するよりも早く膝をつき、思い出したようにやって来た後悔の念に打ちひしがれた。
どれだけの時間が経って、彼氏さんが戻って来たのかはよく分からない。
彼氏さんが分かり切った結果を報告するために再びわたしの前に現れたのは夜だったのだけれど、例えその間に何十回と夜が明けていたのだとしても、わたしからはそれを認識していられるほどの気力すらも失われていた。
ごめんなさい、と言ったはずだ。
確か、それがわたしの第一声。
頭を下げることが、ひたすらに謝ることが、わたしに許された彼氏さんへの数少ない干渉方法だったから。
彼氏さんは、そんなわたしを気遣ってくれた。
消沈しながらも、嘆くことも怒ることもせず、いいんですよ、と温かく声をかけてくれた。
なぐさめられているという事実に涙が出そうになって、彼の優しさに声が潤みそうになって、そんな優しい人を傷つけてしまった自分が、憎らしくてたまらなくなった。
顔を上げると、疲れ切った様子の彼氏さんがわたしのことを憐れむように見ていたような気がする。
彼の顔を直視することができていなかったせいで、本当にそうだったのかには自信がない。
わたしは目も合わせないままに、一人で後悔をし、悩みぬいて出した結論を口にした。
もう会わない方が良いですよね、という提案だった。
わたしが関わったばかりに状況が悪化してしまったのだという事実を重く見るならば、それ以上下手に力添えをしようとするよりは賢明な判断であるはずだった。
それが、二日前のこと。
あれから太陽が二回昇り、星空が二度回った。
今は、星空が三周目の半ばに差しかかろうとしている。




