お話希望です①
信号機が黄色い明かりを点滅させていたので、わたしはおおよその時間を知ることができた。
わたしの留まっている道路の両端は二本の横断歩道によって仕切られるようなかたちになっていて、その横断歩道を利用する歩行者のための信号と、この通りを出入りする車両用の信号機がそれぞれに設置されている。
夜中になるとほとんど交通のないこの場所の信号機は、日付が変わると夜が明けるまでの間、こうして黄色い明かりを点滅させるのだ。
あの二人はこんな真夜中に、幽霊の出た場所に赴いたのだということになる。
お互い、友人の手前では強がっていても、本当はずっと怖がっていたのに違いない。
何も起こることがないように、幽霊に出くわしたりしないように、願っていたのに違いない。
そんな二人の前に、よくもまあ、わたしは無神経にも姿を現すことができたものだ。
もう、彼らがこの場所に来ることはないのだろうか。
それとも、再び幽霊退治にやって来るのだろうか。
わたしを退治しに、戻って来るのだろうか。
街灯の少ない十字路が、信号機の点滅にあわせて単色に彩られている。
毎日毎日見てきた味気ない風景が、今夜はいっそう空しく映る。
青信号を待つ歩行者さながらに横断歩道の前に立ち尽くしながら、わたしは浅くため息をついた。
わたしの生前にも、この場所では除霊が行われたことがある。
それは肝試しの一貫のような今回の幽霊退治とは違い、もっと本格的なーーいかにもそれらしい出で立ちの人物を含む大所帯でのーー除霊作戦だった。
当時、近所に住んでいたわたしは、ちらりとその様子を見たことがあった。
今では騒ぎが静まっているせいで、この場所が心霊スポットであったことなんてきっと忘れ去られているのだろうけれど、あの頃は、心霊現象の絶えない危険な場所として近所では有名だったのである。
この場所で事故によって亡くなってしまった女の子が化けて出て、横断歩道の前で信号待ちをしている人を車道に突き倒そうとする。
口々に語られていたこの噂は、今現在実際に悪霊の少女がこの場所に留まっている以上、真実だったのだろう。
命に関わる重大な問題として、子供たちはもちろんのこと、オカルトには興味のなさそうな大人たちでさえ、この霊現象に頭を抱え、この場所を避けた。
誰が言い出したのだろうか、信号待ちの際には車道から十分に距離を置くように、というありきたりな対策案までもが生まれた。
当時のわたしも、周りの皆と同じように怖がっていた。
同時に、きっとどこかで面白がっていたんだと思う。
それもまた、周りの皆と同じように。
なにしろあの頃にはまだ、危険な目に遭ったという体験談こそあったものの、死者が出るまでには至っていなかったのだ。
今回の彼らも、もしかしたらあの頃のわたしと同じだったのかも知れない。
怖さ半分、冗談半分でこの場所にやって来たのかも知れない。
だとすればお札だけを用意して、その使い方も分からずにたった二人で、しかも真夜中に赴いたことにも納得がいく。
気の弱そうな彼氏さんのことだ。彼一人でこんなことを思い立つとは考えにくい。
あの腕白そうな、ハルヒコさんにたぶらかされたのだろう。
ハルヒコさんはハルヒコさんで、ひょっとすると幽霊の存在なんて信じていなかった可能性すらある。
幽霊退治だと言いながらそれらしいことをやって見せれば、落ち込んでいる友人を元気づけることができるのではないか、という目論見があっての行動だったのかも知れない。
そう考えると、幽霊退治にやって来た二人の行動に一喜一憂していた自分が、なんだか途端にばからしく感じられてしまう。
わたしはただ、肝試しにやって来た二人の姿を見て気持ちを浮き沈みさせていただけなのだ。
彼らと友好的に接したいというわたしの願望は果たされなかったけれど、彼らの無計画な肝試しに一つ山を作ってあげたのだということにしてみれば、幾分か気が晴れる。
そう考えれば、いくらかの慰めにもなる。
車両用の信号機を見上げる。
相も変わらず同じ色を、同じリズムで点滅させている。
足元を見て、もう一度見上げても、やっぱり何も変わらなかった。
信号機から視線をはずしても、同じ色が同じ周期で辺りを照らしているだけ。
そんなことは足元を見た時から、いや、それよりもずっと前から分かっていること。
そんな点滅信号も、朝になれば赤にだって青にだって変わるようになる。
そう考えるのが一番なんだと、朝になれば思えるようになる。
目を閉じた。
真っ暗な世界。
忘れよう、と心の中でつぶやいて、それから実際に、忘れよう、と口にした。こんなことでも、気休め程度にはなってくれるはずだ。
だけど、そんなことで忘れられるわけがない。
気が晴れるわけがなかった。




