約束のぬいぐるみ
深い深い森の奥に建つ、小さな木の家。
そこにはおじいさんが一人で住んでいました。
ここは夏になると避暑地として別荘へ来る人達に人気の場所ですが、ほかの季節だと人はほとんど来ない場所でした。
買い物をするにも車で十五分かかる街まで行かないと行けないし、夜になると街灯なんてないから真っ暗になってしまいます。
街の人はおじいさんに何度も引越しを勧めましたが、おじいさんは頑なに首を縦に振ろうとしませんでした。
「約束をしているんだよ」
そう言い続けて、今年で何度目の夏になるでしょう。
おじいさんはこの家で、ずっとウサギのぬいぐるみを作り続けていました。
一年に一体。夏に完成するように。
家の中にあるウサギのぬいぐるみは、十数体にまでなっていました。
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「お父さん、涼しくて気持ちいね。今度はみんなで来れたら良いね!」
熊野風花は大きく伸びをしながら、隣にいる父親にそう言いました。
「そうだな。今度はみんなで来ような」
「うん!」
元気よく返事をした風花の頭を優しく撫でながら、父親は言いました。
「でも、本当に一人で大丈夫か?お父さんも一緒に着いて行こうか?」
すると風花は首を横にぶんぶん振りながら「大丈夫!風花一人で行けるよ」と自信満々に言いました。
「分かった。じゃあ、ここで待っているから気を付けて行ってくるんだよ」
「うん!」
そう言うと風花は、森の奥へと走って行きました。
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おじいさんは椅子に座りながら、昔交した約束の事を思い出していました。
あれは二十五年前の夏。
おじいさんは別荘へ来ていた兎月花会と言う、十歳の女の子と出会いました。
その女の子は体が弱く、毎年夏になると別荘へ療養に来ているそうでした。
友達とも遊べないし、ここへ来るのはつまらないと言う女の子に、おじいさんはある約束をしました。
「それなら来年は花会ちゃんにプレゼントを用意して待っているよ。だから、それを楽しみにおいで」
「プレゼント?」
「そうだよ。花会ちゃんは何の動物が好きなんだい?」
すると花会は元気よく「ウサギ」と答えました。
「なら、ウサギのぬいぐるみを作って待っているよ」
その言葉に花会は目を輝かせながら言いました。
「本当に?本当にウサギのぬいぐるみを作ってくれるの?」
「もちろんだよ。だから、友達と遊べなくて寂しいかもしれないけど、花会ちゃんの体のためにも夏はこの場所へおいで」
「分かった。約束ね!」
花会はニコッと笑いながら、首を縦に振りました。
それからおじいさんは毎年一体づつ、夏に完成するようにウサギのぬいぐるみを作るようになりました。
そして花会も、毎年それを楽しみに別荘へ来るようになりました。
けれど十二年前の夏。
花会はぬいぐるみを貰いに来ませんでした。
そしてその年から、花会が別荘へ来る事はありませんでした。
それでもおじいさんは毎年夏になる度に、ウサギのぬいぐるみを作り続けていました。
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──コンコンコン
扉を叩く音で、おじいさんは目を覚ましました。
どうやら椅子に座りながら寝てしまっていたようでした。
──コンコンコン
「はーい。今開けますよ」
おじいさんは扉を開けて驚きました。
なぜならそこには、小さい時の花会にそっくりな女の子が立っていたからです。
「こんにちは。初めてまして、熊野風花です」
風花は元気良くあいさつしました。
おじいさんはいきなりの事に声が出せませんでした。
すると風花は心配そうに「大丈夫?」と聞いてきました。
おじいさんはようやく「あぁ、ごめんね。大丈夫だよ」と答えることが出来ました。
「えっと、風花ちゃんはわしに何か用なのかな?」
おじいさんがそう聞くと風花は元気よく「ウサギさんのぬいぐるみを貰いに来ました!」と言いました。
その言葉におじいさんは更に驚きました。
「どうして、ウサギのぬいぐるみの事を、知っているんだい…」
すると風花はニコニコしながら「お母さんに聞いたの」と言いました。
おじいさんは溢れそうになる気持ちを必死で押えながら聞きました。
「風花ちゃんの、お母さんの名前は…?」
「熊野花会です!」
…花会ちゃん。
「風花ちゃん、お母さんは今日来ているのかい!?」
おじいさんは風花の後ろを見ました。
けれど、そこには誰もいません。
おじいさんの質問に風花は首を横に振りながら答えました。
「お母さんは今、病院にいるの」
おじいさんは息を飲みました。
そして、震えそうな声で聞きました。
「もしかして、病気なのかい…?」
すると風花は、ニコニコ笑いながら答えました。
「違うよ!風花ね、お姉ちゃんになるの!お母さんは元気な赤ちゃんを産むために、病院にお泊まりしているの。それでね、風花はお母さんに頑張って貰うために、お母さんがずっと話してくれてたウサギさんのぬいぐるみをあげたくて、おじいちゃんに会いに来たの!」
風花は少し早口になりながらも、嬉しそうに話しました。
おじいさんは少し震えた声で「ありがとう」と言うと、今年完成したウサギのぬいぐるみを取りに家の中へ入りました。
そして、真っ白いウサギのぬいぐるみを持って戻ってきました。
おじいさんは風花の前にしゃがみ「どうぞ」と、ウサギのぬいぐるみを渡しました。
「ありがとう、おじいちゃん」
風花はお礼を言うと「ふふふっ」と笑い出しました。
おじいさんが「どうしたんだい?」と聞くと。
「おじいちゃん、このウサギさんと同じ赤い目をしてる!」
と言いました。
おじいさんは目元を拭いながら「風花ちゃんが来てくれたから、わしもウサギさんも嬉しいんだよ」と言いました。
その言葉に風花は更に嬉しそうに「じゃあ今度は、お母さんとお父さんと赤ちゃんと一緒に来るから。約束ね!」と、ウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめながら言いました。
「ありがとう。約束だ」