第九話 右側の通路の先から
数日後。
遂に未知との遭遇の時は来た。
今まで通りに気をつけて準備し、ダンジョンへ。
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最大限に用心しつつ、再び右手の扉口の左半分を開ける。
聞き覚えのある、しゅっしゅっという呟き、そして白い光。
扉の先の通路に一箇所ちょこっと細工した場所には変化なし。
6フィート棒でわざと音を立てて敵の気を惹くようにしつつ罠の有無も確認しながら少しだけ進み── おわっ!?
逃っ!
即、俺は逃げ出した!
ドッと影が!
ドッと駆け寄って来た影が! デカいのが追って来る!
無理だ!
二体は追いかけてきてる……!
もっと後から後から来るかも!?
俺よりデカいのが待ち構えていると、迂闊にも考えていなかった。
歓迎の出迎えでもなかった。
息が苦しい。
明らかなのは、猛然とダッシュしてくる勢い。
両手で振り翳している槍。
警告というよりも、荒々しい生態を思わせるシャーッという声。
それがベタッベタッと大きな足で床を叩きつける。
身体を左右に大きく振りながら──
迫り来る影に視野狭窄を起し、一瞬で後ろの半開きの扉を駆け抜けて、どうして正常な判断ができたものかは分らないが、自分で設置した転倒罠を避けて正しく曲り、温かみの有る黄色い光の部屋から扉の隙間へ身を屈めて潜りぬけ、【訓練場】へと逃れ出た。
頭がフラフラする。
地面に置かれたランタンに照らされ、鈍く光る刃──
そこで己を取り戻した。
尻に帆かけて逃げ出したい気持ちに リキ入れてブレーキをかけて細く絞りあげシューと呟くままに消してしまう。
イメージによる自己暗示での精神統御。
転げるように逃げ出そうとしていた体勢から、その場で踏ん張ったブーツが土の上でザーッと滑る。
慣性で腰が前に曲り、頭がぐっと下がる。
軽い脳貧血に陥りかけていたのが、回復した。
ハアッハアッ! ハアッハアッ!
荒く激しい呼吸を繰り返す。
膝下がなんだかヒンヤリと冷たく、頼りなく感じている。
ハアッハアッ!
ハッ!
ザッと土を蹴り、頭を擡げて振り向くと、立てかけておいた鋤と盾を引き寄せる。
やけに重く感じる。
ダンッ!!
左半分のみ開かれたままそれまで閉まってた右扉が、突き飛ばすように開けられた。
立ち向かって行きながら見ると、青黒い大きな影が手前の扉へ駆け寄って来る。
そいつの後ろで二匹目が転び、ぬめっとした鱗が光るのが見えた。
大きな青黒いのが眼前の扉を引き開け──今だ!
最後の関門を開けて俺へ襲って来ようとした時、ガチャン!
グンッと、頭一つは大きな敵影が撓んだ。
左右の把手の間に張っておいた鉄鎖が食い込んでいる。
突っ込んできた自分自身の勢いで扉の間にぎゅっと挟みこまれて、身動きができない鮫が無理に突進して来ようとして暴れていた。
鮫の槍も、扉と鮫自身の間で締め付けられて動かせないでいる。
今がチャンス!
盾を構えて反撃に備えながら、重い鋤を高く掲げて、牙の並んだ口を開いて威嚇する鮫の顔めがけて突き下ろした。
暴れる鮫の手で、刃を払い落とされたッ
バランスを崩して鋤を前に突き立てる。
敵の槍がこっちを!
避けr──
退けy──
間一髪、盾を前にかざした反動で腰を落とし顔を下げて避け、盾の縁が太い槍に擦れて耳障りな音響を発する。
今度は後ろに転びかけ、鋤を右手で振り回しておっとっと、と危うく尻餅を免れる。
敵が自分を挟みつける邪魔な扉を押し離そうとするから妨害しようと、右足で地面を蹴って、ぶっ叩かれ覚悟で突き進むや、ガンッと盾で激突!
止められたッ!
迎撃の槍をまともにドカンと喰らって左腕ごと盾を胸に叩きつけられる。
その反動で、右手の鋤がブインッと前へ振られた。
手を離す。
その時、敵の後ろから二匹目が扉に来ていて。
その勢いのみで意味無く間を詰めようとする無謀な動きが邪魔で、手前に居る敵が槍を再びすぐには思うように操れない、ところへ俺の鋤が飛んでった。
グツッ
鮫の鰓のような穴へ鋤が刺さった。
グヮッと鮫が身震い、勢いで鋤が抜けて飛んで──来たので、強化革グローブの右手の平で叩き落す。
「ふんッ!」
敵は二匹目に背中から押されてまた扉に挟まれて渋滞中、今だッ!
物が何かは知らず、腰の周りでグローブ越しに触れた長柄を一気に引き抜いて、この一瞬に!
敵へ突っ込み、突き出す槍を肩で押す盾で強引に逸らし、握る鮫の手を盾で押さえつけ、刃を腹へ!!
籠めた力の儘にぐさりと刺さってイイッ!
素敵に鋭利だ、抉れ、抉りまわせ──ぐりっ
グチャッ!
急いで、長柄を突き放す反動まで利用して跳び退く。
後ろの二匹目が隙間から槍を出そうとしていた!
敵自身の身体で開けられなくなってる扉の死角へ、慌てて逃れる。
すぐに次の長柄武器を引き抜いて、刺す構えで、つっと覘いてすぐ、も一度グサッ!
今度は胸を刺す。
抉る間もなく、反復横跳びのように、またすぐ隠れる。
悪臭が鼻を衝く。
汚物は消毒だァーッ!
火炎攻撃準備。
準備!
ボッと枝切れの先が燃え上がる。
準備よし。
喰らえっ!
燃える枝切れを突き出してやる、が手応えが無い。
すぐに放り出し、手だけさっと引っ込める。
手のあった場所へシュッと槍が突き出された!
槍が引っ込む。
扉を開けようとしてる!
鋤を拾う。
サイドステップ、盾を構えて敵を観れば、負傷した敵はひっくり返っている──
二匹目が、今しもワイヤを潜ろうとして
「オウリャッ!!」
── 我に返ってみれば、全力で回転して、フルターンキャスティングで鋤を真上から叩きつけていた!
頭を下げていた敵の延髄相当部位に命中ッ!
ぶるっと身を震わせて動きを止め──なおも踏ん張って倒れまいとするかっ。
だがこっちはもう回転済みだッ オラァッ!
喰らえっ!
「オゥリャッ!!」
加速させた重い鋤に、更に全体重を乗せて叩きつければ、衝撃に耐えられず、鮫が前のめりにドッッと倒れ伏すッ!
ヌメヌメ光る鱗の大柄な背中へ馬乗りに飛びかかり、首相当部位に鋤の柄を引っ掛けて、背中に尻で乗っかると、踏ん張って首をへし折ってやろうとした。
だが、全然折れない。 パワー負け! 首が太すぎるのに、勢いでバカなことしたな!
と後悔して焦りながら鋤を上から敵の右手と槍に絡ませて梃子で動きを封じると、今度は即座に両脚で敵胴体を挟みつけるように鼠径部に差し入れ、左手で敵の左腕を制して、立ち上がろうとする動きを封じようとする。
だがヒトと違い異様に逞しく隆起した背中の所為で、あと自分自身の防具の所為で、腹も股間も隆起に押し返され、大柄な敵の脚に充分に足がかからない。
両足で胴体を挟んだまま激しく左右交互に足で掻いて、どうにか膝を立てさせないだけで精一杯。
敵はそのパワーで右手に槍を握ったまま立ち上がろうとして、危険だ!
制していた左手を放して振り上げ、上体の重さを乗せて頭部へ叩きつける。
敵が左手を地面について、ぐいと身を起した。
焦りと暑さとで顔面から汗を噴出させながら、地面に突っ張る敵左腕の肘と前腕を左手で腋側から万歳するように打ち払う。
敵がつんのめる。
自分の襟元装着のダガーを右手で引きぬいて握りしめ、左腕で押さえつけ、脳天へ突き刺すッ──突き立って、でも通らないっ。
ならば、と隙間を刃先で探るが、刃が通る隙間が無いっ。
鮫が両手を床につき、遂に右脚をしっかり曲げて膝をつき、今度こそ立ち上がろうとする!
焦りで呼吸が苦しいっ。
思い直して、急にダガーを握る右手を引くと、左手で太い首周りに抱き着き、思い切って敵の鰓穴へズボッと右腕を突っ込む!
中から脳へ突き刺すッ!
通ったッ!!
抉るッ !!!
途端にブシューッと色々な穴から噴出す青黒い体液ッ!!
「オエーッ!!」
臭いッ!
ガクガクガクッと断末魔の痙攣だッ!
一匹退治ッ──完了ッ!!
さっきの一匹目は!?
重傷と見えて、不随意に痙攣しつつ、必死に藻掻いてる!
トドメを刺そう!
クロスボウを拾うと狙いをつける──撃ち放てない! 何故だっ!?
あ、安全装置。
カチ
引き金に──その時、右手から新手が出現ッ!!
むッ?
だが、そいつは俺ではなく、重傷の奴へ手を伸ばした。
しゃしゅすしゅと発声してる。
──回復かッ!? させねえッ!!
即座に発射!
バンッと跳び出したボルトがドスッと三匹目の首に相当する部位に突き立つ。
──近寄って近接武器で連続攻撃に行くか!?
否ッ、体格差がある!!
接近は危険!
と見るや、もう一発すぐにガチンッとセットし、ヒーラー役と思しき三匹目をターゲットにして集中攻撃。
ところがボルトをセットして三発目を打つ前に、こ、こいつ!
自分の負傷箇所へ手を翳して、まずは自分の負傷を治しやがったーッ!?
チクショーッ!!
こちらもすぐに三発目をぶっ放す!
カチ バンッ!! ドスッ!!
治してる手にブッ刺してやったぜ、ザマーミロ
だが最初の二発分は既に纏めて癒えてやがるッ
こうなったら、こちらの攻撃の回転が速いかッ
それともテメーの回復の手が速いかッ
一回の回復で二発分同時に癒せないように、攻撃箇所を散らしてやるぜッェーッ!!
ガチンッ! ボルトをセット。
オラッ喰らえッ!!
カチ バンッ! ドスッ!
脇腹へ命中。
ガチンッ! カチ バンッ!
ガッ!!
あっ?
跳ね返した!?
チクショーッ!!
ガチンッ!
しかも奴ァ負傷した手を脇腹に重ねて、その上から逆の手を重ねて一度に治しやがってッ!
ボルトセット!
オラァッ!
カチ バンッ! ドスッ!
脇腹。
次は脳天に喰らいなッ! 死ねやッ!
ガチンッ! カチ バンッ! ガッ!
肩に命中したのに跳ね返された!
しかもボルトがくるくる回転しながらこちらへ向って跳んで来た!?
「ううッ!」
反射的に避けたが、メット被ってたぜ、くそ!
早く次弾装填ッ!
ん? こちらに背中を向けた!?
背中は不味いッ!
さっき背中に斜めに当たって弾かれたッ!
避弾経始か戦車かコノヤロー!
背中は厚みがあるッ!!
半端に刺さっても痛みに耐えて先に重傷の仲間を回復する心算かァーッ!?
こうなったらもう増援も無いようだし、直接ブッ殺して殺るッ!
俺は扉のこちら側に来ようとして死んだ鮫の手元の槍を拾い──っ……重いッ!
重いが!
これで殺るッ!!
莫迦みたいに重い敵の槍を引きずって、鉄鎖の下から扉の隙間を転げるように駆け抜ける。
と、背中を見せている奴めがけて、重い槍を持ち上げる閑もあらばこそ、一目散に駆け寄って、倒れ込むように全力でぶつかる!
どッと敵が転がった。
腹がッ
腹が見える。
今──そこだッ!!
「ヒイィーヤァッハーアッ!!」
ワケの分らん叫びを挙げ、俺は重い槍を重量挙げのように勢いつけて引っ張り上げ、ぐっと爆弾三勇士のように抱えこむと、転がった神官鮫の腹めがけてからだごと跳び込みブチ込むッ!!!
重力も加味した斜め上からの突き下ろしランスチャージだッ!!!!
ぐさり──ガツッ
槍は床に当たるまで魚の腹肉を貫通した。
どうだっオメーら自身の武器だ、よく効くだろっ
死ねやッ!!
と抉り回すのを、止められた。
両手で槍を握ってやがる。
動かせない槍の代わりに自分の腰周りから何か一本、軽い!
ガッ!
引き抜いた武器は鉈、と振り下ろしてから気づく。
ガッ!
ガッ!
ガッ!
ガッ!
どてっ腹に突き立つ槍を握る敵の掌──何度も何度もその掌で回復しやがって憎たらしい──を一寸刻みに叩っ切る。
次はそっち側の手もだッ!
もう片方の手も砕き、唱えられないように口を砕きッ、舌まで刻みッ!
槍を蹴って踏みつけて倒し、敵の背の方から頭部に迫る。
「死ねィッ!!」
これでトドメだ、脳天にブチかましたるわッと──
── 回避 ──
後ろから、瀕死の重傷の筈の鮫戦士が襲い掛かって来ていたのを、俺は気づいてなかったのに俺の身体が勝手に避けた!?
直撃避けりゃこっちのモンだオラァッ!!
「死ねィッ!」
左肘と膝で上下から重傷野郎の胸板をサンドイッチッ!
と敵左腕ラリアットを胸で抱きとめ逆タックル気味に組み付いた瞬間すかさず右手の鉈で鞭が絡みつくようなショット!
腰骨をブチ砕くッ!!
狙いが逸れてなお、刃先は腰骨の向こう側にしっかり食い込んだ。
首に敵腕! ぐっと堪え
重傷半魚人の胸に生えてる長柄を握って抉り回しながら押し込んでやる。
両手で突き離し、左足で蹴って間合いとって
そこから
「オラァッ!!」
前のめりに体重の乗ったヤクザキックで神官鮫めがけて瀕死戦士を蹴り転がす!!
──やべっ、もしかして回復される!?
げしッ
げしッ
咄嗟に蹴りを戦士鮫の頭部に連発し、神官の上から退かすと、痙攣している神官を見て、安心しかけ、しかしこいつらの今まで見せた強靭な生命力がフラッシュバックして身震いに耐え切れず脳天を叩き割るッ!!
オラァッ!!
裏返った声が零れ出て、
「死ネッ!!」
次だオメーもダッ死ねやオラァッ!!
重傷戦士鮫にもトドメを──
があああッ!!
グズグズグズグズッと視界が気味悪く左右に回転する。
戦士鮫の瀕死のツラが俺に迫る?
ちがうっ!
突き飛ばされたんだッ俺が!
転がされたッ!
誰だッ?
「があああッ!!」
猛烈な痛みに耐えて、首を捻じ曲げて敵を見る。
小さめの鮫人間。
糞ッ!!
身体がうまく動かねえッ!!
動かねえが、動かすッ!!
動かねえッ!!
少しは動くんだよッ!!
動けなくても動けるッ!!
唾と鼻水を吹き出し、涙を零しながら
硬直した右半身と激痛を、左足一本で敵に迫るッ!!
死ねッ死ねやオラッ! 死ねッ!
動けるンだよッ!! オラァッ!!
気迫で敵を圧しつつ、足は前に進まず、気ばかり逸る俺へ
敵が手を翳す
ヤバいッ!
咄嗟に、胸元に揺れてる小さな盾を左手で掴み、前へ──
ショックがああッ!!
盾ごと俺の顔面に叩きつけてきた!!
ヘルメットのシールドがヒビ割れていく!
「っ─────── !!!」
声もあげられないまま、ブッ倒れた
シールド邪魔ッ!!
左手でメットのシールドを跳ね上げようと腕を動か──その動きで痛みが全身を走る!
アッーーー!!
手もまともに動かねえっ
くs、kしょーッ!!
痛みと怒りのあまり、視野周辺部がぐーん…と暗くなり、視野が急激に狭まる。
怒り狂って床へ腹パンッ、床を殴りつけて、両手を無理矢理リハビリするッ
うごいたっ!
痺れの向こう側から痛みが突き破ってやってくる!
握る感覚だ! 殴りつけ、動かせる手!
怒り狂ったまま脚で蹴りつけるッ床をけるっ
うごくっ!
いけるっ!
痛みを引き裂いて片膝をつき、立ち上がる。
怒りの儘に突進して小鮫に今度こそ迫る!
──なのに、突進してる心算が、なってねえーッ!
俺が、のろいっ!!
ガクガク震えてうまく歩けない脚で辛うじて立って、滝のように涙を流しながら、カヒューカヒューと耳障りな呼吸音を響かせて迫っていく。
小ザメ野郎が小生意気に横にかわそうとするか! 沸騰しそうだ!
させるかよ、バカ野郎ォーッ!!
激怒MAX!!
どうにか──捕まえたっ──革グローブの手で。
無手だ
いい、捕まえた
なら死ねやッ!!
「っんぐぅウッ!」
怒り狂って歯を噛み締めてる所為で言葉は出ず、怒鳴った罵声は唸り声に変わる。
俺に翳しやがった手、俺を痛めつけてくれやがった腕──に抱きつき、バシバシげしげしブンブン叩かれたり蹴られたりぶん回されたりしても、肘をがっちり両手でホールドしてしがみついて、抱えたまま腰で肘を引き伸ばして──ばきり、バキリと、へし折るッ!!
鮫野郎が絶叫をあげた。
もう俺は立ってられない。
テメー俺を見下すように突っ立ってンじゃねえッ!
こっち来いッ!!
サカナ野郎の足首を蹴っ飛ばしてヘチ倒し、床へ引きずり込む。
寝技ッ!!
奴が俺の腹の上に落ちてくる、跳ねた時に腿を蹴飛ばすと、腕を捕まえたッ!
敵の増援が来たらもうお終い、だがその前にテメーだけは!
増援来る前にブッ殺しといたるわ死ねやオラッ!!
もう片方の腕も──全力で絡み付いて捻りながら脚でその肩を押し伸ばし、腰で──どうにかへし折──鮫は泣かないんだな 鼻水と涙でぐちゃぐちゃの俺と違って
折った腕の手首を両手で握りしめて捻じきるように、へし折った肘にまで捻りを及ぼしながら、両脚でにじにじ蹴り押して体勢を入れ替えて、上から敵にのしかかり、押さえつける。
こうして両腕をへし折ってから寝技に持ち込むと鮫野郎は首がガラ空きだぜッーッ!!
こういう時に、とても良いモンを引き当てる俺の右手。
ジャアーン!!
鋸だゼッェーッエェーッアーハハハアヒャアアーッ!!
っラァッ!!
ヂャヂャヂャヂャヂャジャーッ!!
ブシーッ!
痛みで右手だけで挽けず、痛み震える左手を刃に添えて、両手に体重を掛けて思いっきり鋸挽きしたら、鱗が剥ぎ飛ばされ、体液が吹き出してきた!
汚えーーっ!!
臭えーーっ!!
死ねやッ!!
オラッ!!
ヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャーッ!!
ヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャーッ!!
ヂャヂャヂャジャーッ!!
ビシャー!
いつの間にかマスクの中で涎垂らして歯を剥きだした醜悪な嗤いを撒き散らしていた俺は──
ゴツ!
サッと避け──たくても動けねえチクショー!
またしても背後から喰らった!!
衝撃──誰だッ!!
チタン板ごしに強い力でじかに背中を突き飛ばされ、前のめりに転びそうになり、思わず手を床につこうとして、全身に走る痛みに悲鳴が喉から飛び出し、腕が前に出せない儘、まともに顔面から床へ──
ガツンッ!
ドッと転がる!
痛えッ!!!
総身を震わせて激痛に泣きながら、咄嗟に足を敵に向けて上体を半起し──恐怖で頭まで冷水を浴びたようにゾッとして、ヒューヒューと細く乱れた呼吸しかできなくなり、苦しみながら肘をついて必死に下がる!
ま た お 前 か !!
またこの重傷野郎だ!
いい加減にしやがれッ!!
這いずりやがってッ!!
そうして横たわってる方が鮫らしくて似合ってるぞバーカバーカ!
立てねえなら死んでろッくそッ!!
迫ってくるのを、鮫の鼻先をブーツの底で蹴っとばす!!
こっち来んなッ!!
怖えーンだよ、執念がッテメーのはッ!!
来るなッ!!
さっき俺を槍で貫けなかったから、代わりにそのぶっとい腕で俺を捉まえて、さっき痛みと痺れでろくに動けない俺が小鮫の腕に絡まって遮二無二へし折ったように、今度はテメーが何としてでも俺を絞め殺そうという魂胆が、恨みが、憎しみが目から伝わってくるぜッーッ!!
捕まったらぜッつぼーだーッ!
よせッ!!
来んな!
碌にまともに働かない體を恐怖にのたうたせて必死に距離を空けながら、チラッと見ると小鮫は首に鋸を食い込ませたまま泡吐いて死んでるようだ。
ぃよッしッ!!
嬉しさに涙が溢れだし、心がもう一度奮い立つッ!
増援もう今度こそねえだろうな!?
こっちももういいかげん体力の限界だぜッ!!
さっきのテメーの槍の一撃が通らなくても、今ここで力尽きたら即絞め殺されて、おしめーだッ!!
そうはいくかッ!!
テメーを先にブッ殺す!
恐怖にビクビクしながら心に怒りの炎を燃え立たせ、反撃の機会を窺い、ずりずり下がってゆく、その先にさっきの枝切れがまだ燃えていた!
これだッ! 咄嗟に掴もうと──
アッー! 痛みで腕が伸ばせねッくそッ!!
「っんぐぅうウうううッ!」
怒りで言葉が出ねえっ
ずりずりずり。
ずり下がってやっと届いた。
瀕死野郎がッ!!
喰らえっ!!
燃える炎をォッ!!
目に押し付けてやる!!
ジュアワッ!!
「ッ────!!」
言葉にならない苦鳴ッ!!
それいけッ!!
今度引き抜いたのは金槌。
死んでくれ!
これッでッ!!
筋が突っ張らかってうまく振れねえが、全身で刻むぜビートをッ、よっ!
ガッ!!
ガッ!!
ガッ!!
駄目だッ!!
こんな金槌じゃ軽すぎる!!
ぺ
次、引き抜いたのは手斧。
これで死ね!
ガッ!!
いける!!
ガッ!!
さすが刃のあるもんは違う!
ガッ!!
ガッ!!
ガッ!!
鼻面を刻み、脳天滅多打ちにして、奴の息の根を止めた。
同時に俺も、狭い視界が暗くなっていく。
闇の穴へ転げ落ちる寸前に聞えたのは、石の床の上に落ちた斧のチンという音──