第八話 右側の通路の先には……
準備はできた。
愈々、明るい部屋に入って右手の扉を開ける。
右半分は閉めたまま、左半分だけ、金剛杖ごしにそっと引く、と例によって暫し力を篭めたところでガチャリ、と音がして、少し開いた。
すぐに動きを止めて、静かにして、容子を探る。
異状なし。扉の向こう側は薄暗いが、奥の方は薄明かりがあるようだ……
……いや、声がする!
何か、シュッ、シュッという音が耳障りな声でぶつぶつ言ってる。
と、急にさあっと白い光が射してきた。消えて元の薄闇に。
なんだ、一体?
警戒しながら、そっと覗く。何も姿が見えないが、ピリピリした緊迫感。
左半分の扉を、距離をとったまま、金剛杖で引いて開けてゆく。
通路だ。
長さはおよそ八間。
その先に、扉のない部屋がある。もしくは扉が大きく開かれていてこちら側からは見えないのか……。
その部屋に、何者かが居るのだ。
敵か、敵以外か。
もしかしたら、白衣の研究者のような無害な者かもしれないじゃないか。
研究者……無害か? 人体解剖とかしないのか?
不安が募る。
いやいや、そういうタイプじゃないかもしれん。
研究者とかじゃなく、無害な科学者、無害な事務官、無害な家畜小屋の管理人かもしれん。
事務官が、事務室で、あんな白い光を? 無いんじゃない?
家畜小屋……ヒトが家畜扱い……いやいやっ!
どうしても最悪の場合が自ずと思い浮かんでくる。
金剛杖でそっと音を立てずに調べながら、一歩一歩、進んでゆく。
未知との接触まで、あと何歩?
神経が焼きつきそうなほど緊張している。
空気がぴりぴりしているのが、俺の緊張だけじゃないように感じられてきた。
気の所為か?
なんだか気の所為じゃないような気がする。
もし気の所為じゃなければ、これは……試合でお互いに場に出て、向かい合うときのあの感じ。
これは……
五、六歩進んだところで、とうとう脚が自然に止まる。
これ以上進むと、試合で「始め!」と号令が下される、あんな感じで空気がピリピリしているからだ。
もう、これ以上はちょっと進めない。
そっと腰を落として、最大限に用心しつつ、一つだけ小さく工作して、後退。
扉を閉めて、閂を掛けた。しっかりと、扉の把手の隙間に、これ以上はもう入らないというくらい、念入りにぎっちりと鉄パイプを積み上げた。
それだけで、膝がガクガクするほど身体が震えた。
ポケットからチューブ入りゼリー飲料を取り出し、搾り出して、じゅうっと一気飲みしかけて、ごくりと飲み下し、それから一口、また一口と、ちょっとずつ吸い飲む。
少し、落ち着いた。
ふう。
明るい部屋を見回し、設置した工作物がちゃんと異状なくそこにあるのを見届けて、退出し、扉に訓練場側からしっかりと閂をかけて、立ち去り、帰還した。
----
翌日。
謎の存在の察知による精神的動揺が予想以上に大きかったので、一旦休養したかったが、頭から冷水を浴びて気合を入れ、勇を鼓して押入れに潜り込んだ。
ダンジョンへ。
訓練場に異状なし。扉を開ける。明るい部屋にも異状、なし!
よし!
で、一旦訓練場に戻り、全力逃走訓練を繰り返した。
そうして心を落ち着けて、その日は終えた。
----
翌日。
昨日の逃走訓練で装備の一部に綻びが生じ、修繕が必要になっていたのに気がついたので、この日は修繕作業だけで終わった……。
とすることはできず、当該装備だけ省略してダンジョンへ入り、異状ないことだけ確認し、逃走訓練を三遍だけやって『本日はここまで』とし、帰還して修繕作業を実施、完了。
精神的動揺は少し残っていたが、これで払拭できたか?