第七話 扉の向うを調べて、準備
翌日。
もう押入れの下半分へ潜り込むのも慣れたもので、畳の上でヘルメットを被ってから、すいっと入り込むと同時にブーツに足先を突っ込む。尻が床に落ち着くと同時に編み上げ紐を掴んで、右足、左足と締める。ヘルメットのクリアーシールドはまだ上げてある。
毎回脛当てをつけてダクテを貼り直すのが煩わしいが、他に思いつかないので、しかたない。
グローブをはめて観音開きの扉を開けたら、今や何の気負いも無くダンジョンに力を抜いて降り立つ。
今日は、久しぶりに重たい鋤を持ってゆく。
凸凹の目立つ地面をすたすたと脇目もふらずに歩く。
もう躓くこともない。地面の大体の様子は身体で覚えた。
奥へ目をやれば、昨日開けっ放したままの両開きの扉から洩れ出る明るい温かそうな光が小さく遠くに見えている。
歩き続けてちらっと目を遣り、奥の扉が開いていないことを確認すると部屋に入り、暫し佇み異変の生じないことを確認後、入ってきた両開きの扉の間に鋤をわたしてダクテで留めてつっかえ棒にする。
楔だけだと心細かったからだ。
右の扉に近づく。
耳を澄ます。音はしない。
今日はここからだ。
室内なら明るいので、左右の脚につけてあるL字ライトの電源をOFFにしても良いかもしれないが、いつ何時全力逃走が必要になるかもしれないので、ランタン同様に消さないでおく。
そっと扉から離れ、金剛杖を伸ばして触れてみる。
異状なし。
力を籠めて、押す。
開かない。
多分だが、この部屋の扉は総て、部屋の中へ扉が開くのではなかろうか。
色々と想像できることはあるが……。
先ずは、奥の扉と左の扉に、昨日買っておいた鉄パイプを三本ほどリュックから抜き出し、取っ手の中に三本全部重ねて差し渡しておく。閂をかけたのだ。
嫌なケースの一つとして、いずれかの扉を開放した途端に入ってきた扉がバタンと閉まり、残る扉が一斉に開放され、魔物が押し寄せる、なんてなことも考えたのである。
絶対に殺到されるのは避けたいし、退路を断たれたくも無い。
今日は右の扉だけに集中する。無事に右の扉を開けて、その先にあるものを探索したら、そこで『本日はここまで』とする心算だ。
敵性存在が居た場合に備えて、閂にする鉄パイプを手に持ちつつ、戦闘態勢をとって……ふと、思いついたことがあって、そこでストップした。
ソロなんだよな。敵が突進してくる可能性も考えると、扉の手前に防禦工作物つまり罠仕掛けを設置したうえで臨んだ方が良かぁないか?
慎重に行こう、慎重に。
一先ず、右の扉の把手にも閂はかけておいた。
これで未知の三つの扉のいずれも、よほど強い力で強引に向こう側から押されない限り、まず大丈夫だ。
さて、それで、どんな罠を仕掛けようか。
落とし穴は無理。石だから掘れない。
引き開ける扉だから、扉の前にロープを張って足を引っ掛けるというのも難しい。扉がロープに引っ掛かってしまうから。
またそもそも部屋全体が石造りだから、設置工作しづらい。
突っ張り棒みたいなのは逆に確り支えられるだろうけれども、仕掛けるには広すぎる。買うにはお財布の中身が少々厳しい。
難しいな。
何か良い手が無いかな。
撒き菱みたいに床に設置するのも、慌てて扉に閂かけようとして、そのヒマがなさそうだと咄嗟に判断して飛びのいて逃げる、というケースだと、うっかり自分が踏んづける惧れがある。
両開きなので、片側は開けずに、右扉だけ開けてみるか。
で、敵が左扉も開けてまっすぐ突進してきた場合に備えて、その進路に罠を仕掛ける。鋼のビー玉大の球体を多数、散らばらないように紐で枠を作りその中に敷き詰めておく。接地係数を下げてやるわけだ。
脂でも良いかもしれないが、もしも掃除しなければならなくなったら、大変だから。
小球を多数買って来ないといけないな。出直しだ。
できれば、やはり撒き菱も仕掛けたいが、自作も面倒だし、売ってるけど入手に時間が……。
あ、鉄条網でいいじゃんか……バラ線なら買わなくても家にある。
バラ線をどうやって仕掛けるかだが、金剛杖のような軽い枝切れで充分。
その両端に結び付けて、あとはぐるぐるした状態を保たせるだけ。そこに敵が自分から突っ込んできてくれさえすりゃ勝手に絡まって動きづらくなり無理に抜け出ようとすれば棘で痛い目を見る、と。
時間稼ぎにはなるかもしれない。
問題は、閂が間に合わずにこの明るい部屋の中まで進入された場合、逃げるなら元来た道へ、扉を出てゆくのだが、引いて閉めてそこで閂をかけられないと、どこまでも追いかけてくる可能性。素早く引いて閉めるのを自力でやるのは……重いからな、この扉。せめて片側は閉めて……ここも左側を閉めておくか……時間稼ぎ込みでなんとか閉め切れるようにしたいが……願望ばかりだなあ、やばい。
バラ線は、奥の扉や左の扉の把手に結び付けておける。バラ線をあっさり引き千切るような怪力の怪物だったら……できるだけ多めに設置しておくくらいしか……。
突進してきたら、小球で転がし、その勢いで、落とし穴のように重力を用いることはできないけれど、せめて突進の勢いで自滅する可能性を作るために、向かい側の扉……あ、いや、待てよ。
入って右手の扉だから、閉めておくのは右半分にしておき、少しでも身を隠せるように、つまり視線を一旦切れるように、しておくか。
そうすれば、せっかちでノータリンな敵なら、閉めてある右半分の扉を押し開けて来る可能性が出てくる。
その、扉を開ける、扉が蝶番を軸に回転する運動を力学的に巧く活用して、敵自身の力で敵を葬り去れないだろうか。柔道のように。
例えば、左半分の扉の把手に刃物を固定、両側の把手同士を丈夫な細紐で繋ぐ。既に開いている側を先に通過されたら細紐をぶっちぎられるだけに終わるか……でも先に扉を開けてくれば、その勢いで開いてる扉が引っ張られて閉められ、刃物が襲いかかる……。
そう巧い事行くかな?
まず、扉の先から自分が戻ってくる時には、自分自身が紐にひっかからないようにしないといけない。
扉が結構重いというのもネックだ。滑らかには動くのだが、質量があるから、加速はゆっくりだ。
巧く行く可能性の方が失敗の可能性より少なくないか、これ?
ん? いや、駄目駄目だ俺。
これから開ける扉に工作する時間なんかあるかどうかもわからんじゃないか。
片側、左半分だけ開けるにしても、その前に予めできる工作なんて、まさに把手同士を繋いどくことくらいだろ。
刃物設置とかする余裕なんかあるかわからん。
そんな危なっかしいことするよりも、扉の手前、【訓練場】に仕掛けておけばいいじゃないか。
それなら充分に時間を掛けて、間違いのない罠を張れる。
『本日はここまで』として、一旦帰還した。
それから数日間、色々考えて罠の設置を行い、可能な範囲で動作試験を行って準備した。
拙い綴り物をお読み戴き、実に有難うございます。