第六話 練習してから、扉を開けて
昨日はしっかり休んで、今日は体調が良い。
ダンジョン遊びの準備は万端整ってる。
行くぞ。
メモ帳と筆記用具も持った。
ダンジョンに入った。
最初に、今までとダンジョン内部に変化がないことを確認。
前回と同じ訓練をする。
構えからの攻撃(物理・火炎)と、咄嗟の防御(物理・中和)、逃走の訓練をおさらいしよう。
と、その前に。
先ず準備体操だ。
一式装着した状態で、しかもダンジョン内現場でする体操は一味も二味も違って、それだけで結構疲れる。
敵が背後の暗闇から襲いかかってくるイメージを持ちながらの全力逃走は、毎度ながらメンタルタフネスが要求される。
下手すると臆病風に吹かれて肌に粟が生じ、背中に氷柱を突っ込まれたかのようなゾッとする恐怖に囚われる。
訓練のつもりがもしも本当に怪異が現れたら……?
常に、いつ何時そうなるかもと思い、プレッシャーが甚だしく、禿げそうだった。
そうして訓練を終えて。
よし、今度こそ。
初心に帰って、再び一歩一歩用心して、奥へ歩き出す。
暫く用心深く歩いていたが、ほぼ真直ぐに伸びる通路には、何も無かった。
そして突き当たりに到着した。
きみの前には扉がある……
開ける YES
NO ←こちらを選択する
取敢えずここまでは安全な空間なのかも知れない。
そこで、ここまでを【訓練場】と名づけた。
この扉から荷物を抱えたままで全力で家の玄関まで逃走する練習を二十回、繰り返した。
押入れまでは、真直ぐ一本道なので単純なストレートダッシュだ。
本当は一回だけで済ませたかったが、というかもうさっき全力逃走訓練やってストレスがマッハだったので、もうやりたくなかった。
それでも、恐怖を克服したかったのと、俺は冒険に来てるんだ! という気持ちで気力を奮い起こして、死ぬ覚悟でやりぬいた。
本当に俺、よく恐怖に耐えた。
やっただけの成果はあって、やっても大丈夫だ、少なくとも恐るべき怪異はそうそう容易く出ては来ない、と思えるようになれた。
この日は、このトレーニングだけで充分に疲労したので、押入れに帰還して、ノートつけた後は、のろのろと雑用を片付けて風呂浴びて、寝た。
ちなみに、洗面所で鏡を見たら、白髪が生えていた。
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翌日。
筋肉痛が酷い。昨日はちょっと張り切りすぎた。今日は風呂浴びてマッサージして休養だなこりゃ。
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そして半月が過ぎた。
不慣れなダンジョン内でもそれなりに動けるように、【訓練場】で基礎トレーニングを繰り返すだけの、単調な日々だった。
物事には慣れが必要だ。
まずは三日。次に二週間。次に二、三ヶ月。
そんなもんだ。
身体や神経が順応し、分泌が変化し、細胞内小器官の配置も変わり、身体や結合組織までそれに応じて編成を変える。
少しずつ、順送りに適応変化は進む。
だから、二週間かけた。
幾らなんでも三日では慣れるのに短過ぎるし、かと言って二ヶ月も待ちたくないからだ。
それが自らを死へと導く性急さでないことを願いながら、危ぶみながらも、本日、遂にダンジョン内の恐らくは最初の扉を開ける。
まだまだ沢山扉があるんだろうからな、ダンジョンなら。
やっと最初の一枚目。
でもウィザードリィなら、開ける度に『出る』んだよな。
ドキドキが止まらない。
盾は、背中に特製リュックに入れた盾を背負うのは一緒だが、それを左腕に構えるには準備時間が必要になるので、小さいが頑丈な盾を胸元に吊り下げるようにして、いざという時に素早く吊り鉤から外して構えられるようにした。
常時前腕に着装してバックラーにするには、少し重い、拳銃弾程度は防げる強度を有する積層構造の小盾だ。
大小の盾二枚体制だ。
【訓練場】に居る限りは道に迷いようが無いのと、蝋燭は消費が勿体無いので、ランタンと脚の電灯だけにした。
そもそも蝋燭はちょっと風が強く吹けば消えてしまい、逃走時は全く心許ない。
やはり電池式ランタンが良い。
安いインドネシア製のランタンがあったので、扉の先へ進む際には、それを点々と置いて進むことにする。
今日に至るまで、日々仲間になってもらえそうな者を探していたのだが、とうとう見つけられなかった。残念ながら、本日も単身行のままである。
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ダンジョンの中は、今日もひんやりと乾いている。湿気が無い不思議。
だが有難い。
扉に到着した。
両開きの扉だ。鍵穴とか、回るノブとかはない。映画館や音楽ホールにありがちな、単純ながっちりした把手があるきりだ。
一旦、ランタンを下す。扉を開けた途端に全力逃走しなければならないかもしれない、恐怖の可能性を思って身が竦むが、怯まずに踏ん張って、扉へ近寄る。
念のために、金剛杖の先端にS字環をとりつけ、それで左の扉の把手に引っ掛けると、できるだけ静かに、そっと、あくまでもそっと、少しずつ少しずつ、力を篭める。
全く動かない。引くのではなく、押し開けるべきか。
やり直しだ。今度は押す。杖の先を扉につける。
ぐっと押し込むと、重いが動きだす手応えがある。
少しずつ力を篭め続けると、遂に扉が少し動き、
ガチャリ……
とラッチめいた何かの外れる音が響いた。
扉の隙間から、光が差し込んできた。
意外だ、向こう側は照明があるようだ。
杖で押す力を抜いても、扉はそのまま動かず、自動的に閉まるバネ仕掛けはない模様。
既にガチャリという音を立ててしまっているから、向こう側に何かが居れば、気づいてすぐ近くに来ているかもしれない。
その想像に背筋がゾッとしながらも、隙間から恐る恐る向こう側を覗いてみよう、一応その前に扉の隙間を上から下まで金剛杖で探って、なんらかの仕掛けが発動しないことを確かめて……と。
音はしないし、何も居ないようだ。
少なくとも、誰かがこちらを覗き返しているというような恐怖の展開は待っていなかった。
よかった。
まだ今のところは。
用心したまま、少し下がる。
金剛杖を、先に床に置いたランタンの上へ、また必要となればすぐに拾い上げられるように置いておく。
武器の長柄化金属杭を右手で握りしめる。いつでも敵に突き刺せる。
背負ってきた盾を下して、左腕に持つ。
左肩でしっかりと支えられる体勢をとる。
何物かが扉から現れ出て来ていきなり押しのけられそうになったとしても、これで抗える。
臨戦態勢をとって、杭で扉の左半分を先ず開ける。
何物も待ち伏せていないようだ。
次に右半分を押し開き、両開き扉を完全に開放する。
重くゆっくり、しかしスムーズに、音もなく扉は開ききった。
ぱっと見、五、六間四方程度の広さに相当する、円形の石造りの部屋があった。
部屋はがらんどうだ。
天井まで四米程度か。
天井中央に黄色く光る岩が嵌まり込んでいて、室内を明るく快適に照らしていた。
そして、部屋の向こう側に、また扉があった。左右にも、扉がある。入ってきた扉同様、両開きタイプである。
暫くそこに佇んで様子を見続けて、何も異変が起こらないことを確かめた。
開けた扉がいきなり閉まらないように、ドアの下に楔を差し込む。
それから、部屋中を慎重に杖で探り、罠がないことを確認した後、右手の扉に近づき、無音の状況に変化がないことを確認。
他の扉も同様。
ふうっと、思わず安堵の溜め息が漏れる。どうやらいつの間にか緊張しきっていたようだ。
とりあえず、本日はここまで。
「まだ行ける」は「もう危ない」かもしれない。
帰還して、ノートに記録。
その後、一寸思い立って、ホムセンに鉄パイプを買いに出かけた。
拙く綴ったものをお読み戴き、実に有難うございます。