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5・森のお散歩


 そんなこんなで一週間の時が流れた。

 朝は村人に交じって畑仕事、昼は誰かしらと山菜や薬草集め、夜はアンナさんの言語授業と忙しく時は流れる。

 簡単な言語と文字の読み書きが出来る頃には一週間も経っていた。

 一つの言語に覚えるのに掛かった時間と考えれば、全然掛かっていない方だが……。

 それも、この世界の言葉に原因がある。

 細かい意味の違いは発音時の状態のニュアンスを読み取れと言わんばかりなのだ。

 例えば『ある』という断言系と『あった筈』という多少の自信のなさがある疑問形の言葉がこの世界では同じ言葉で発せられる。

 つまりは、それだけ覚えないといけない言語の種類が少なく済むと言う事で、これだけ早く言語を覚えられた理由でもある。

 ちなみに昼に出かける先の森は、危険地帯と言われていたオルコス森林ではなく、アスファレス王国の王都があるらしいプレリア大平原を一時間程歩いた先にあるパルウム密林だ。

 食べれる物とすり潰して薬にする薬草を採取していくのだが、この世界の植物は向こうとは相違点が多々ある。

 例えば、ある日はこんなことがあった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 「おっと!?な、なんだ?」


 グレタさんに続き、歩き出そうとした足が何かに引っ張られるようにして歩みを止められる。


 「どうかしました?」

 

 「あ、ええっと、引っ掛かった、みたい、です」


 この世界の言語を思い出しながらグレタさんに現状を報告する。

 足の方に目を遣ると、この世界で借りた荒い繊維で出来たズボンに植物がペタッと張り付いている。

 引き千切ろうと手を伸ばす。


 「あ、待って!」


 グレタさんが慌てた様子で俺を呼び止める。

 

 「どうかしましたか?」


 その様子に伸ばした手を引っ込め、答える。


 「その植物の葉っぱは一度くっ付いたら剥がれないんです。お湯を掛ければ剥がれるんですけど、それ以外では全く剥がれないんです」


 そう言ったグレタさんは採取用のナイフでズボンにくっ付いた葉っぱを枝分かれしている茎ごと切り落とす。


 「ペガタ草って言うんですけど、葉っぱの部分だけは気を付けてください。それと、お薬にもなりませんし、食べられないので使えません。引っ掛からない様にだけ気を付けてください」


 「ありがとうございます」


 「服に引っ付いてる葉っぱに手で触れない様にしてくださいね?引っ付くと皮膚ごと引っぺがすしかなくなりますから」


 「それは……。本当にありがとうございます」


 「今回は大丈夫、大丈夫ですよ」


 気が付かずに手で触れていたらと思うとぞっとする。

 お湯を用意すればいいと思うかもしれないが、ファブール村では薪も貴重なのだ。

 薪が足りなくなったからと言って、そこらの木を適当に切って燃やす訳にもいかない。

 当然だが、生木は薪にはならないからだ。

 かといって皮膚を引っぺがすよりは薪を多少使ってでもお湯で取る方が良い。しかし、そうなると薪の事を考えるに、食事の準備の際に一緒に沸かすのが一番いい。

 けれど、そうすると、採取に来たのに片手でしか作業を行えず、更には帰りの一時間の道のりを採取した物を持ちながら、しかも、片手をズボンにくっ付け、やや前傾の姿勢で帰る事になる所だった。


 「これが一番のお目当てです」


 それからしばらく採取を続け、案内してくれた場所でグレタさんが話す。


 「ルミア草。根の部分と葉の部分が傷の回復に高い効果があるんです。簡単な切り傷なら一日で塞がっちゃいますよ。それに痕になっている傷口に塗ると肌が元の状態に戻る事もあるんです」


 「へー、それは凄いですね」


 グレタさんは手早く必要な葉と根の部分を採取すると、茎の部分は捨て、花の部分を地面に半分埋める様にして放置する。


 「この茎の部分は何の役にも立たないんですか?」


 「薬にもなりませんし、弾力があって食べられもしないんです。それでも森に放置していけば、こんなのでも木々の栄養にはなるみたいなので」


 「へー」

 

 そう答えながらもグレタさんの捨てた茎の部分を拾う。

 軽く手で触って弄ぶ。


 「あれ?」


 確かに弾力があり、引き千切ろうと引っ張ると茎が伸びた。


 「これって」


 確かめる様にゆっくりと伸ばしていた茎を放す。

 そうすると、茎が元のサイズまで戻ろうと勢い良く片側を抑えていた手に当たる。

 それほど強く引っ張ってなかったので痛みはなかったが、これは……。


 「ゴムみたいだな」


 しかも、生成済みのゴム。

 ゴムの木から作る天然ゴムでも液体から作るのが普通だ。

 それがこのルミア草の茎は、そのままでゴムの様に伸縮する物体だ。

 「……あの、遊んでないで手伝ってください」


 「あ、すいません!」


 そのグレタさんの呼び掛けにルミア草の茎を捨てて採取に精を出す。

 本当は半分埋めた花の事も聞きたかったのだが……。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 と、こんな一幕があったのだが、この一幕からも分かる様に、この世界の植物はおかしく、それは植物だけに限った話ではない。

 魔物と呼ばれる生物の他にも動物と呼べる生物は存在し、その中でも一部の生物は家畜として乳や毛などを生産し、生産効率が落ちた家畜は食用にされていた。

 食用のみの家畜がいないって点では元の世界とは違うが、人の生活の為に利用されている点は同じようだ。

 だけど、知っている様に見える動物でも細かい所に違いがあったりする。

 ファブール村では家畜を育てる為の費用が無く、昔は居た家畜も税金を支払う為に旅商人に少額で撃ってしまったらしいので、村では人以外の生物は見ていない。

 けれど、採取に出た森で、ウサギの様な生物を見た。

 頭にちょこんと小さい角が生えてるけど、攻撃性の高そうではない角だったので、後ろから歩み寄り捕まえようとしたら、ウサギの後ろ脚が急激に膨らみ、1.5倍ぐらいに膨らんだかと思った瞬間に弓矢の如く前方に飛んで行ってしまった事があった。

 あれの飛んだ先に居たら軽い怪我じゃ済まないだろうな。

 そんなこんなで、村では肉も食えず、食わせて貰ってる身で言い辛いが正直、美味しくない食事で生活している。

 この世界では塩などの調味料も貴重品なので味付けは薄味。

 更には少しでも味っぽい物を感じる為に入れている香草が、より食欲を失せさせる。

 その香草はすべてではないけれど、多くがやたらフルーティーなのが問題だ。

 問題と言えば、村の居住性もかなりの問題を感じる。

 借りた部屋は一部に穴があり、朝に目を覚ますとカエルが腹の上から『おはよう』とばかりにゲコりと鳴くこともあった。

 他にもトイレの問題もだ。

 村にトイレは三つしかなく、更には簡易の壁で囲われただけの物だ。

 しかも、埋め立て式のそれは衛生面でも問題で、下手すると疫病が広まりかねない。

 帰還方法も調べるのも重要だが、世話になっている村に対する恩返しも重要な案件だ。

 俺の中で恩を受けたら返すのは必須の確定事項なので村の生活を少しでも豊かに出来ればとは思っている。

 しかし、哲夫も手記に書いていたが、この世界にはこの世界で特有の文化があるのに、こっちの方が良いと勝手に文化を押し付けるのはどうかとも思うのだ。

 そう考えられる哲夫は凄いとも思うが、この世界の文化を壊さない程度に向こうのモノも取り入れ共生出来れば良いなと考えている。

 哲夫と言えば、哲夫が残してくれた書物は手記だけではなく、この世界の絵本的な物や大昔の伝承なんかを纏めた物なんかも置いてあった。

 アスファレス王国が記録に残っている最初の国であるとか、それよりも前には古代の魔法国が在ったとされ、その時代は今の比ではない程に魔法の分野が発展していたらしいとか、更に昔には大洪水で大陸が無くなり、神が人の為にその身を犠牲に作ったのがこのパンタシアだという話もあった。

 しかし、元の世界でも神代とか言われる時期があったり、大洪水で滅んだ話があったり、昔あった国が今よりも発展した技術を持っていたっていう都市伝説があったり、どこ世界でも人が思い付く伝説って言うのは在り来たりだなという感想を覚える。


 「ソージさん。パルウム密林まで付き合ってくれませんか?」

 

 昼の畑仕事の終わりにグレタさんに声を掛けられる。


 「ん?今日って採取はお休みの日じゃなかったでしたっけ?」


 毎日採取していては森の恵みが無くなると、五日に一度の採取休みがあるのだが、今日がその採取休みの日筈だった。

 それを聞いた当初は五日に一日って全然回復しないだろと思ったが、グレタさん達が主に採取しているルミア草は花の部分を土に半分埋めるとその花の部分から数日で芽を出し、十日程で花が咲き、採取が可能な程に成長する。

 気になって帰り道で聞いた時に返って来たその答えには驚愕した。

 詳しい理由とかは不明らしいが、何でも魔力が重要だとか……。

 改めてファンタジーな世界だと思った。


 「採取は休みです。でも、知り合いに食事を届けないといけなくて」

 

 「知り合い?」


―――――――――――――――――――――――――――――――


 鬱蒼とした森の中を歩く。


 「つまり、ハーフドワーフの子で、村では居心地が悪くて、こんな森で過ごしている職人がいると?」


 「簡単に言えばそうですね」


 グレタさんとパルウム密林を歩きながら話す。

 

 「しかし、ハーフドワーフですか」


 「……気になりますか?」


 グレタさんの方を見ると何やら探る目線でこちらを伺っている。


 「いえ、あまり聞きなれない言葉だなーと、ドワーフは聞きますし、ハーフってのもエルフの方でよく聞くんですけど」


 ファンタジー物でハーフエルフは良く出てくるのでハーフもエルフも、同じくドワーフも聞き馴染みはあるのだが、どうにもハーフドワーフっていうのは聞き馴染みがない単語だ。

 

 「ハーフエルフを知ってるんですか?」


 「ええ、まぁ、はい」


 そう言えば、あまりに普通に話しているが、やや発音は違うがエルフもドワーフも単語として完全に向こうと同じなんだな……。

 この世界は異世界だが、妙な所で向こうの世界との共通点みたいなものを感じる。

 哲夫を含む異世界人の事や自らの体験の事を考えると、向こうの世界とこの世界には何らかの繋がりが在って、その上でどちらかの情報や知識が流れているのかもしれない。

 この世界からエルフとかドワーフの事が伝わったのかもしれないし、逆に向こうの世界からこちらに来た人がこの世界で知った者達にドワーフやエルフと名付けたのかもしれない。


 「ハーフエルフとかってどう思います?」


 「どうって言われても……」


 耳が尖がってて長い人?

 いや、実際に見た事がないから判らんが……。

 

 「ああ、綺麗な人が多いですよね?」


 なんかそういうイメージだ。

 あれ?でも、エルフのイメージか?ハーフだとそうでもないのかな?

 んー、でも大衆的な娯楽物では大体はハーフエルフとかってメイン級に抜擢されたりで容姿も良いしなぁ。

 やっぱり、ハーフエルフも容姿は良いってイメージだな。


 「~~~そうですか」


 グレタさんは急に俯く。


 「あ、危ない!」


 「えっ?!」


 グレタさんは俯きながら歩いた所為か、目の前に佇む大木達の巨大な根に頭をぶつけそうになる。

 慌ててグレタさんの手を引っ張り手繰り寄せる。

 

 「わぷっ!」


 「おっと!?」


 勢いよく引っ張り過ぎたのか抱きとめる形になる。


 「急に俯いたら危ないですよ?」


 「わ、ちかっ、いえ、大丈夫、大丈夫です!」


 グレタさんは慌てて離れる。

 いつもの採取に来ているぐらいの浅い場所ならともかく、今日来ているパルウム密林の深い場所は背のやたら高い木々が立ち並び、その巨大すぎる木々を支えるのに足る根が張り巡らされている。

 時には二メートル以上の根を乗り越え、時には波打った根の下を潜り抜けて歩いている。

 そんな中で余所見をすれば、自然とどこかしらで転ぶとか頭をぶつけるのは道理だ。

 怪我が無かったのは何よりだな。

 人なんて些細な事で死んでしまうのだから気を付けなければな。


 「そう言えば、そのハーフドワーフの子って職人なんですよね?」


 「え、はい。そうですね」


 驚いて興奮状態になったのか、少し顔を赤くしたグレタさんが答える。

 

 「工具とか家の修理に使えそうな物を借りれますかね」


 「家の修理ですか?えっと、それはソージさんが直すんですか?」


 「そうですけど?」


 「そんな事まで出来るんですね!」


 「いや、普通に誰でも出来る事ですよね?」


 「誰でもは出来ないかと。あ、でも資材を買うお金は用意できませんよ」


 「質は落ちるでしょうが、工具さえ借りれれば資材なんてそこらで用意できるじゃないですか?」


 「え?」


 「ん?」


 グレタさんは何かに驚き、足を止める。

 俺もその動作に同じく足を止める。

 

 「資材って木材とかですよね?」


 「そうですね」

 

 この世界の建築様式がどうなっているか不明だが、扉の開閉部の蝶番の場所に金属が使用されているのは確認済みだ。

 つまりは釘の様な物と金槌的な物があるのは確定な訳だ。

 あとはそこらの木を切り倒して、加工するだけだ。

 あ、でも、鉋みたいな加工に使う工具は持ってないかもな……。

 まぁ、見栄えは悪くなるが、修理しないよりは快適な生活になるだろう。

 

 「はー、ソージさんって凄いんですね?」

 

 「はい?」


 グレタさんは頻りに感心している。

 どうも様子がおかしい。

 何かが食い違っている?


 「グレタさん。確認なんですが、この世界で建築をするのは誰で、どうやってするんですか?」


 「どうって、貴族様が魔法でですよね。まさか、ソージさんが魔法を使えるとは思いませんでした」


 絶句とはまさにこの事だろう。

 常識の違いを感じずにはいられない。

 村での生活は魔法とは関係ない物ばかりで、古臭い生活様式だけど、それも元の世界であったではあったであろう生活だった。

 けれど、その根底の部分は魔法という、この世界特有の超常の力に支えられていた。

 しかし、魔法の力ってのは分かったが、魔法の力でどう作ったんだろうか?

 パッと確認した限りでは超常の力でないと作れない様な箇所はなかったと思うが……。


 「あ、目的地はここを超えた先です」


 「え?」


 考え込んでいる内にアンナさんの案内で目的地にたどり着いた様だ。

 それにしても……。


 「此処ですか?」


 「はい」


 巨大な木々の中でも一際大きい大木の根は俺の身長よりも高く、三メートル近くある。

 しかし、これを登るのか……。


 「こっちですよ」


 グレタさんの案内に従うと、木の幹の部分に縄梯子の様な物が目立たない様に隠されていた。

 グレタさんが先に登っていく。

 その様子を黙って見て上げていると、持って来ていた食料の詰まった籠が登っていく最中にスカートを巻き込み、太ももを露わにする。

 下着が見えた訳でもないのに、妙に艶めかしいさで、見てはいけない物感が半端ない。

 咄嗟に目を逸らすが、年相応の性欲に後押しされる様に再び見上げると、今度はグレタさんの顔が見えた。


 「大丈夫ですか?もう、上がって来ても大丈夫ですよ」


 グレタさんは縄梯子を上がり切り、幹の上からこちらに声を掛けていた。

 どうやら、理性さんは頑張って時間稼ぎをしてくれたようで、そこにあの艶めかしい状態はなかった。

 理性さんを褒めつつも、妙な寂しさや残念さを感じながら縄梯子を登る。

 上った先からは一軒の家が見える。

 石造りの家で、村の家とは比べ物にもならない程に立派だ。

 しかも、木の根や幹がまるで階段の様に丁度いい感じに降りる道を作っている。

 周りを覗くと、木々や巨大な根に囲われた場所は他の場所から隔離されていた。


 「これは凄いな」


 ちょっとした秘密基地感に謎の感動を覚える。

 子供の頃に幼馴染連中で作った木造の家を思い出す。

 結構立派に作ったは良いが、ちょっと遠くに作った所為で足が遠のき、気が付いた時にはホームレスの住処になっていた。

 グレタさんは先に降りて家の方に近づいて行く。

 俺も遅れない様に自然の階段を降りて行く。


次回更新は七月です。

それではー

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