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2・所在地不明のはじまり


 「あっ、ん?」


 唐突に意識が浮上する。

 そこで意識を失っていたのだと初めて自覚した。

 

 「いでぇ?!」


 体を動かそうとすると腕に激痛が走る。

 そこで気を失う前の出来事を思い出し、周囲を伺う。

 

 「どこだよここ……」


 木々の騒めきに俺の呟きが消えていく。

 まずは状況を確認しよう。


 「これは?」


 最初に確認するべきは、自身の状態だ。

 そうすると、誰がしてくれたのか、腕の怪我を治療した痕跡があった。

 繊維の編み込み部分が荒い布が巻いてあり、その下には正体不明の緑の液体が刻まれた葉っぱがある。

 毒とかではないのだろうが、大雑把と言えばいいのか、現代医学を軽視したような治療方法だ。

 

 「―――!?」

 「ん?」


 ドサッと何かが落ちる音がして、そちらを見遣ると小さな少女が逃げる様にこちらに背を向けて走っていく所だった。

 

 「あ!待って―――」


 俺の呼び掛けにも止まらずに少し離れた木の後ろに隠れてしまう。

 その様子から遠くまで逃げる気ではなく、正体不明の俺の様子を伺う為にとりあえず隠れたのだろうと判断出来た。

 

 「どうするか」


 状況は不明だが、少なくとも俺の怪我の治療をしてくれたのはあの娘の様だ。

 その証拠にあの娘が落とした籠には薬草と思しき物と布が入っており、周囲を改めて伺えば、俺の近くに薬草を摺り下ろす用と思しき機材が広げられていた。

 陸橋の上にいた筈なのに森の中に居る事を含め、状況が一切不明だが、少なくともあの娘に敵意がなく、会話から状況を察せられるだろうと判断出来る。


 「悪いが、聞きたい事があるんだ。こっちに来てくれないか?」


 身振りを交えながらこちらの意思表示をする。

 意識を失う辺りの記憶に不鮮明な部分があり、あの娘に日本語が通用しない可能性を考慮しての身振りだったが、どうやらそれが功を奏したようだ。

 木に隠れるようにしてこちらを伺っていた少女がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 やっぱりだ。

 その娘の衣服は繊維部分が荒く、所々に下の素肌が垣間見える程に作りが荒い。

 少なくとも、現代の日本ではホームレスの人でももう少し上等な衣服を着ているだろう。

 嫌な想像が幾つか頭を過ぎる。

 その嫌な想像のどれでもない事を願いながら、困ったような顔をしている少女を見遣る。

 薄い赤紫色の髪は染めでもしないとお目に掛かれないであろう色合いで、髪を染める程に容姿に気を使うならば、今度は衣服の件に違和感が生じる。

 膨らんでいく嫌な予感を振り切る様に少女に声を掛ける。

 

 「これ、治療してくれてありがとうな」


 再び、身振りを交えながら感謝の言葉を告げる。

 コクリと少女が頷く。

 やはりこの娘がこの手当をしてくれたようだ。


 「それで、こっからが本題なんだが、ここは何処だ?黒い化け物を見なかったか?」

 

 気持ちが急いて、少女の様子を伺う事無く矢継ぎ早に質問を重ねる。

 

 「……」


 それに対して、少女からの返答は一切なかった。

 困ったような表情のまま少女は無言だ。

 こちらの言葉が理解出来てないのかもしれないが、それにしても意味不明だと自分の言葉で話さない事に違和感がある。

 

 「困ったな」


 現実離れした答えばかりが脳裏を過ぎる。

 一、ここはあの陸橋の下の森で、この娘はそこに住んでいる無戸籍者。

 無いと断言出来ないのが闇深い事ではあるが、可能性はかなり低いだろうな。

 確定的な所で言えば、陸橋の骨組みが見上げた位置にも見渡せる範囲にもない事だ。

 他にも、無戸籍者は文字は書けずとも言葉は話せる人も多いし、服装ももう少しなんとかなるだろう。

 さらに言えば、あの陸橋から落ちたのであれば、俺は間違いなく死んでいる。

 ここまで否定の要素があれば確定的だ。

 ここは少なくとも陸橋の近くではない。

 さて、ここからの想定は大体が突拍子がない話になっていく。

 二、死後の世界。

 否定できる要素なし。

 死後の世界があるのか?在ったとして地獄とか天国の様な場所なのか?だとしたら、ここはどちらだろうか?と疑問は尽きないが、残念な事に否定できる材料がない。

 けれども、同時に、死後の世界と肯定するだけの材料もない。

 三、誘拐とかの現実的な物か、転移の様な超常的な物かは置いておいて、日本以外の地球の何処か。

 これも今の所否定はし切れないが、自毛が赤紫な人種に心当たりはなく、少女の肌色は白人と呼ぶには少し色が混じっていて、どちらかと言うと日本人に近い肌色な気がする。

 そして、超常的な場合はともかく、誘拐の場合は近くに倒れているバイクまで一緒に持ってきているという意味不明さを伴う。

 他にも細々と否定し切れないが可能性を下げる点が複数個あり、この可能性も低そうだ。

 次に四、これまた突拍子もないが、超常的な何かに巻き込まれた状態。

 例えば、異世界転移。他にも、ここは別の可能性の日本とか、ありえないくらいに未来か過去に時間移動したとか……。

 肯定要素がない。しかしながら、否定出来る要素も今の所ないのが現状だ。

 

 「ん?」


 思考の海にダイブしていると、服の袖を引っ張られる。

 引っ張られた箇所を見遣ると、少女が何処かを指さしている。


 「そっちに何かあるのか?行ってみろって事か?」

 

 困った様な笑顔のまま少女が再び同じ方向を指し示す。

 まぁ、とりあえず当てもなし、手当してくれた少女を信じてそちらに向かうか。

 死後の世界だろうと、地球のどっかだろうと、異世界であろうと、現状の把握が最優先な事に変わりはない。


 「分かった。そっちに行ってみるよ」


 頷いて見せると、ようやく少女は他の色を含んでいない笑顔になった。


 「ありがとうな。俺は蒼司って言うんだ」


 言葉は通じていないかもしれないが身振りで俺の名前だと教える。

 言葉にはなっていないが、少女の口はその音を真似るかの様に微かに動く。

 その様子は可愛らしく愛くるしい。

 高校生の分際で父性に目覚めそうになる。


 「?」


 ジロジロと見ていたのがバレたのか、少女はどうしたのとばかりに首を捻る。

 

 「いや、何でもないよ」

 

 あまり見ていると失礼だろう。そう思い、少女の頭を撫でる。

 おっと、ついつい昔のクセで頭を撫でてしまった。

 幼馴染の後輩を昔はよく撫でていたものだと思い出す。

 そして、幼馴染連中や翠歌、芹佳さんの顔を順繰り思い出し、心配を掛ける前に帰らねばと思う。

 撫でっぱなしになっていた少女の存在を思い出して、慌てて撫でるのを止め、謝ろうとするが、嫌がっていた様子もないので、謝罪は止めて置く事にした。

 少女はくすぐったそうに笑ってから、先程指差した方向へと手を握って引っ張る。


 「あぁ、君も行くのか」


 勘違いしていた様だ。

 向こうに俺を行かせようとしたのではなく、少女もそちらに行く目的があるのだろう。

 と、すれば、少女が指し示した方向には、少女の住居なりなんなりがあり、そこには少女以外の人物がいる可能性が高い。


 「ちょっと待っててな?」

 

 一度握られていた手を解いて、倒れた俺の近くにあったバイクに歩み寄る。

 バイクは化け物の攻撃で見るも無残な姿になっていた。

 少なくとも、この状態では走行どころか、エンジンすらかからないだろう。

 幸い、フューエルタンク、所謂ガソリンタンクの部分に傷はなく洩れの心配もない様だ。

 バイクに後付けしたリアボックスから手持ちの荷物を取り出す。

 リュックとレッグポーチを装備し、少女の方に戻る。


 「良し!これで大丈夫。お待たせ」


 こちらから手を差し出すと、再び少女は手を握って先導する様に歩き出した。

 どれ程歩いただろうか、一時間は経たない程度で森の中を歩く。

 偶に何故か止まる様に身振りで指示された。

 森の中に生息する何かの息遣いや足跡が見え隠れる。

 改めて様子を窺うと、ゆうに一メートルはある足跡が見える。

 思った以上に面倒な状況になっているようだ。

 そんな事を考えている内に前方に森の切れ間なのか、今までの木々の間から漏れ出す程度の光量ではない光を放っている。

 逆光でイマイチ確認出来ないが、俺が少女に助けられた場所、もしくはそれ以上に明るい。

 少女もそこに向かう様子を見せている為、大人しく付いていく。


 「これは、建造物……。村か?」


 森を抜けると数十メートル先に簡単な柵とその向こうにぽつぽつと民家らしきものが見えた。

 しかし、それらのみすぼらしさは俺に衝撃を与えるのには十分な状態だった。

 木材建築と藁葺き屋根の様に見える。

 いや、遠目から見るだけであれば、まだ何とかなった。

 少女に引っ張られ、近づくにつれてその建造物の荒さが目立つようになる。

 断熱材と呼べるものもなく、壊れた一部の壁から屋内の一部が見えるのだ。

 これは日本ではありえない。

 藁ぶき屋根だったり、一部に古い建物が残る場所はあろうが、その建物群でもここまで酷くはない。

 建物を深く観察出来る距離に近づいてくると、ちらほらとそこらに人の姿が確認出来るようになってきた。

 子供が一部いるが、若い年齢の人が少なく、おばさんと躊躇いなく呼べる年頃と思しき年代だ。

 まぁ、呼んだら怒られるかもしれないが……。


 「あれ?」


 俺の疑問の声に少女が振り向く。


 「あ、いや、何でもないよ」


 そう答えるが、辺りの様子を窺って覚えた違和感を拭えなかった。

 村の住人は警戒しながらも、こちらに構う事はなく、少女に案内されるがままに俺は村の中心と思しき場所へと案内される。

 どこへ行くのか尋ねようかと頭を過ぎるが、少女はまた困った顔になるだけだろうと諦める。

 微かな不安感に蓋をして、少女に付いて行く。

 現状の可能性について、夢の可能性を考慮し始めたが、傷の痛みと少女の手の温もりがそれを否定するかのように存在を強調する。

 再び、自分がロクでもない状態だということだけを、理解する羽目になった。

 

 「ソフィー!?ディア、イゾッテ!」


 唐突に何処からか声が聞こえ、こちらに走り寄って来て、目の前の少女に掴み掛る様に話しかける女性がいた。

 心配を掛けてとでも怒っているのか、眉を顰めながらもその表情には優しさが見え隠れしていた。

 その女性(年齢は俺と同じか少し上ぐらいだが)は、薄い青色の長髪を肩の辺りで結っていた。

 少女に語り掛ける言葉には聞き覚えが無く、俺には更なる面倒を知らせる言葉にしか聞こえなかった。

 


次回更新は来週になるかと思います。

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