0・事のはじまり
何事にもはじまりというものが在る。
幾つかの何かが始まり、それらが交わり、その結果でまた新しい何かが始まる。
これは"俺"が知る由も始まりの一つだったのだろう。
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石造りの城、その地下に繋がる階段を降りる。
壁に付けられた松明が揺らめきながら辺りを灯すが、その光は薄暗く、足元を照らすのがやっとだ。
階段を降りきると扉の前に目深くフードを被った男が私を出迎える。
「お待ちしておりましたラピス皇女殿下」
「準備は出来ていますか?」
「はい。後はラピス様がお持ちの刻印された魔石と魔力を注ぎ込むだけです」
「ご苦労です。では、始めます」
私の言葉に頷いて目の前のフードの男、ログエルが扉を開く。
私が通れるように押さえられた扉を潜り、儀式用に整えた一室に入り込む。
その部屋は先程までの階段よりも暗く、その部屋を照らすのは僅かな篝火と薄ぼんやりと光っている地面に刻まれた魔法陣だけだ。
ログエルと同じようにフード被った三人の男達が魔法陣を囲む様にして立っている。
私が来るのを待っていたのだろう。
「待たせました。儀式を始めます」
「「「「はっ!」」」」
ログエルを始めとする四人が頷く。
「これでようやく私にも立つ為の術が出来ます」
「ええ。これでようやくラピス皇女殿下も強力な切り札を手に入れるのです」
これでようやく……。
やっと、お兄様に対抗出来る。
ガチャリと音が鳴る。
視線を音の方に向けると、魔法陣に真ん中に結界を張られた檻に閉じ込められた三体の魔物がいた。
ガーゴイル。
危険度の高い魔物だ。
魔物退治の専門家とも言える冒険者共の総本山、冒険者ギルドのランク査定ではA-の高ランクの魔物だ。
通常、一体討伐する為に我が帝国の騎士の二個中隊と遠距離攻撃と支援魔法に特化した魔法師部隊が一小隊は必要になる。
現状で私の動かせる戦力の半分を一体相手に動員する必要がある個体だ。
贄としてはこれ以上の物はそうそう用意出来ないだろう。
それを三体もだ。
これ以上の魔物を用意出来ても、それに見合うだけの者が居なくては不発に終わりかねない。
いくら三体の内、一体が能力のブーストの為の贄、一体が異世界との門を繋ぐ為の贄という概算でもだ。
異世界召喚。
それは古代、魔法文明の時代に在った魔法の一つだ。
それを数年の研究の末に復活させた私の"武器"だ。
「唱えます」
私の発言に頷きながら、ログエル達四人が詠唱を始める。
それは精霊に捧げる歌。
それは精霊を持て成す贄。
それは詠唱者の願い。
「我は望む。異界の門を開き来たる来訪者よ。我を守る盾となり、我の敵を討ち取る剣となる者よ」
私の詠唱に合わせて地面に刻まれた魔法陣が輝き出す。
「我が呼び声に応えよ!汝、異界から来たる来訪者!」
歌い上げるように、話を伝える様に詠う。
達成感の様な不思議な心地よさに包まれながら、これから起こる現象に注視する。
不意に背中を押される。
「きゃっ?!」
悲鳴を上げて前のめりに倒れ込み、慌てて体を反転させ背後を見遣る。
そこにいたのは被っていたフードを取り、後ろに垂らしている所のログエルだった。
「何をっ!?」
無礼だとか、皇族を突き飛ばすなんて等の言葉よりも先に出たのは疑問の言葉だった。
「何を?我らの主様がお望みの事をですよ。ラピス皇女殿下」
「何を言っているの!?あなた方の主はこのラピス・グリッタ・アントリューズでしょう!」
立ち上がって意味不明な事を宣う無礼者を断罪すべく歩き出す。
「きゃっ!??」
バチィという音と同時にログエルに向かっていった私は吹き飛ばされて尻もちをつく。
「これは?」
魔法陣に沿う様に結界が張られている。
それを知らずに魔法陣から出ようとしたものだから、結界の反発力に弾き飛ばされる。
「……どういうつもりです」
尻もちをついたまま、目の前で私を見下ろすログエルに問いかける。
「先程も言いましたが、我らの主にとってラピス様は邪魔なようですので。それに我らの主たる殿下には異世界人の力など不要です」
「殿下ですか……」
その言葉に四人の兄姉の姿を思い浮かべる。
すぐにその言葉の指し示す人物に思い当たる。
「イドルお兄様のことですね……」
ログエルはにやりと笑って答える。
側室である母の血を継いだ直接の実兄であるイドルに嵌められたようだ。
「ラピス様。貴女様は他の御兄弟の様に組み易くないのがイケなかったのです。殿下に対抗する為に異世界召喚まで行うとは……」
言葉は丁寧だけれども、その視線は路面の邪魔な石を見る様だった。
「他の御兄妹の方々の様に無能であったり、あるいは殿下に媚び諂う者であればこうはならなかったでしょう。貴女は些か優秀過ぎます」
「お褒めに与り光栄ね!まさか裏切り者に持ち上げられるとは思わなかったわ」
「このパンタシア大陸の西側において、貴女程古代魔法に詳しく、さらに復活させている者は他におりますまい」
「だったらなんだと言うの?」
「その優秀さを殿下と帝国の為に使っていれば、次代の帝国は西側の制覇簡単に出来たでしょう。ですが、それは貴女様が居なくても同じ事。少し時間は掛かるでしょうがね」
一方的に陶酔したようにそう宣う。
どうして、こういう連中はやってすらいない事を始まる前から出来る想定で動けるのだろう。
そんな事を考えながらもこれからの為に動く。
尻もちをついたままの姿勢で後ろ手で魔法陣の一部を書き換えていく。
仕方がない。これは私の落ち度だ。
兄は脅威だと想定しておきながらも、配下に気を使えなかった。
いや、使ったつもりだったのだが……。
生まれや身分、ちょっとしたミスで閑職へと追い込まれた魔法師を採り上げ、身分も立ち位置も保証し、研究へと没頭出来る環境を作ってやったというのに……。
しかしながら、裏切られたものは仕方がない。だから、次を考えよう。
私はこれから異世界に飛ばされる。
その異世界がどうの様な所かも不明なのだから、事前に出来る準備はしておくべきだろう。
魔法陣の対価と報酬を繋ぐ刻印部分にある式を追加で書き込む。
内容はこれから転移してくる異世界人との一部の記憶の共有と継承、それから飛んでくる異世界人の座標位置をランダムになる様に書き換える。
「帝国の為?あのお兄様がそんなお優しく見えているのですか?アナタ方は魔法師であって、妄信ゆえに盲目の宗教家ではなかったと思ったのですけど?」
「なんだと?」
「言わせておけば!」
ログエル以外の三人のうちの二人が絡んでくる。
「言葉は謹んで頂こう」
「言葉を慎むのはお前たちであろう」
ログエルの後ろから声が掛かる。
「殿下!?御身自らこのような場所に?!」
「……お兄様」
ログエルの後ろから現れたのは、現在の皇位継承権第一位の第三皇子で私と母も同じとするイドル・ディアブルス・アントリューズだ。
さらにその後ろには兄の身を守る様に近衛兵が二人控えていた。
この場の主導権を完全に握った兄の発言を待つ。
どうせ、私としては可能な限り時間を稼いで魔法式を改竄するぐらいしか出来ない。
「フッ」
兄が嗤う。
馬鹿を嘲笑う様に……。
「皇族に楯突いた裏切り者共を処刑せよ!」
「「ハッ!!」」
「何を?!」
兄の言葉に頷き、近衛兵が剣を抜き放つ。
そして、疑問の声を上げるログエルを一撃で切り伏せる。
残りの魔法師も悲鳴を上げながら殺されていく。
この距離では剣士に対抗出来る魔法師はそうはおるまい。
「自らの部下に裏切られるとは、哀れな妹だ」
「……良く言えますね」
そう仕向けたのは誰だと言うのか……。
「で、殿下…、な、ぜ?」
剣で斬り伏せられたログエルだが、致命傷ながらもまだ息があるらしく、兄の真意を問う。
「何故?皇族を害した者を処罰するのは当然だろう?」
疑問に思う方がどうかしているとばかりに兄は嗤う。
「あ、あぁ!!裏切ったですね!!」
ログエルが叫ぶ。
「裏切った?其方らが皇族を裏切ったのだろう?責任転嫁にも程があるぞ」
絶叫しながら最後の力で魔法を発動しようとしたログエルは壁から現れた影の様な黒い魔物に飲み込まれる様に食われてしまった。
魔物のテイム。
いつの頃からか、兄が用意し始めた帝国の主戦力たる魔物達。
それこそが兄の戦力で、皇位継承権を押し上げている要因だ。
「ラピス、可哀想に。だが、この様な結界が張られていてはどうしようもない。時間があれば壊す事も出来ようが、転移するまでには間に合わないであろうな」
白々しいにも程がある。
だが、お陰で術式を進行していた者達が死に、術式の進行が遅くなった。
今から魔法の発動は止められそうにないが、小細工は間に合ったようだ。
「……何故お気付きになられたのですか?」
後は魔法が発動するのを指を咥えて待っているしか出来ない。
だから、兄に今回の件で腑に落ちない事を尋ねる。
部下の選別もこの地下の準備もこの兄にだけはバレない様に細心の注意を払ったのにも関わらず、どうして魔法陣の術式内容も参加する人員にも気が付いていたのか。
私には分からなかった。
「ノアという名に聞き覚えはあるか?」
「いえ?どなたです?」
「……であろうな」
突然の問いに答えると兄は今までに見せた事がない程に寂しそうな顔をする。
そして、その表情が幻であったかのように私を嘲る様な表情へと戻る。
「……この地下を調べたら、すぐに魔術の痕跡を発見した。後は誰がという点だが」
先程の問いに対しての答えだろう。
だが、その答えに微かな疑問を覚える。
上手く言葉に出来ないが、何かが引っ掛かるのだ。
「この皇城で自由に人員を動かせ、魔術に強い人員を抱えている者。その中で最も警戒すべきはお前だったのでな」
だから、私の周辺を調査したと言う事か……。
「っん?!」
「時間の様だな」
私が驚き、兄が嗤う。
魔法陣の魔法が発動したのだ。
淡い光が全身を包み、体の重みが消えたかの様にふわっとした感覚に包まれる。
……結局の所、私では役不足で兄の凶行を止める事は出来ないという事だろう。
お父様、私は不幸でした。
お母様、私は無力でした。
帝国の在り方、皇族の考え方、そのすべてが私に合わず、帝国の在り様はこのパンタシアの地を侵す毒ですらあると思っている。
それを正す事も出来ずに私は此処を去る。
お母様の死の間際に誓ったこの国の在り様を是正するという約束も、お母様の墓前でお父様に謝らせるという誓いも果せずに、私はこの世界を去る。
「ラピスよ。ーまーならーーーーだろうとーーーいなーいきーーーるだーう。しあーせにーーがいー」
兄の声が途切れ途切れに聞こえる。
すでにこの世界との繋がりが断たれ始めているようだ。
その時に不意に頭に引っ掛かっていた疑問が脳内で形を得る。
この地下で何かが行われているという前提が無ければ、この地下を調べようとはしなかった筈だ。
私はそういう場所を選んだのだから……。
なら、兄は何故気が付けたのだろう?裏切り者が居たから?本当にそれだけ?
消えゆく意識の中で最後に頭に浮かぶのは寂しそうな顔をした兄の姿だった。
初めまして観月です。
初めましてではない方、すいませんでした!
諸事情により作品を書き直す事にしたのですが、200近くあった投稿済みの話を一部すつ消すのに疲れ、小説ごと消してしまいました。
やった後に『これはないわ~』と後悔したのですが、後の祭り……。
詳しくは活動記録の方に書きますが、とある理由で書き直す事にした作品ですが、未完のまま数カ月も放置してすいませんでした。
なんちゃってプロットではなく、そこそこプロットを書いていたら思いの外時間が掛かってしまいました。
改めまして、今度は書きなしたりせずに完結まで行きますので、どうぞよろしくお願いします!