白い猛禽
どこで間違えてしまったのか。
相手を侮っていたからなのか、こちらが複数人いたからなのか、能力に絶対の自信を持っていたからか、あるいはそのすべてか。
月明かりのみに照らされた路地裏には異質な光景が広がっている。
仲間とも呼べない、ただ目的を共にしていた2人はすでに地面へ広がる血の海にと沈んでいた。
そしてその中心には、少年とも少女とも取れる容姿の人物が一人、こちらを見つめている。
まだあどけなさが残る白髪でボロキレをまとった少年?の瞳には何かに怯えたような恐怖した顔の人物が反射されている。
それが己であるということに気付くのに、どれくらい時間がかかったのだろうか。
即座に行動しなければ殺される。そういった空気が肌から刺すように感じられる。とにかく動かなければ。
目の前の人物はただこちらを見つめているだけだ。ジッと、静かに、獲物を見定める猛禽類のように。
思考をフルに稼働させる。どうすればこの少年?の恐怖から逃れうるのか。
逃げるべきか戦うべきか。逃げるならどこへ?戦うならどうやって?
どれもベストな判断には思えなかったが、選ばなければならない。でなければ次は己の番だとでもいうかのように。
数瞬、追加の時間でさらに思考し、取るべき行動を決める。選ばれたのは、
「死、死ねや!!クソガキィ!!!」
瞬間、意識を少年の首元へ集中させ、魔法の手を飛ばす。
少年?の首に手の形をした青痣が浮かび上がり、締め付ける。
魔法の手、それは思念によって形作られる文字通り魔法の手である。
個人差はあるが、数m程度の距離まで飛ばすことができる。ただし、同時に2つまでしか魔法の手は飛ばせない。
よくいる念力能力に近いものだが、それよりも精密で細かな操作などをさせる事もできる利点がある。
もっとも、己には暴力的な使い道以外に必要はない。いつものようにこのまま絞め殺すだけだ。
2人とも不用意に接近したからこそ、殺された。その前情報があるからこそ、接近は絶対にしない。
常に一定の距離を保ち、近づいてきたら少し離れ、逃げるようとするなら距離を詰める。
己からすればこれ以上ない必殺のパターンが決まった瞬間であった。もうあとは死ぬまで、いや、油断なく死んでからもしばらく絞め続けるだけだ。
あとはもう待つだけの作業。そのはずだ。それでも恐怖だけは拭えない。それは、
___笑っている。楽しそうに。愉快そうに。嘲笑うかのように。
首を今、この瞬間も絞め続けられている少年?は苦悶の表情を見せるでもなく、藻掻くでもなく、口元だけで楽しそうに笑っている。
なぜ、首を絞められているのに、楽しそうに笑っていられるのか。
一瞬、気をとられていると少年?の右足が少しだけ動いたのが見え、身構える。
コンッと何かしらのぶつかる音が壁の方から発せられる。
それとほぼ同時に、視界外の真横から頭部へ固い物がぶつかる感触があり、上半身のみだがよろけてしまう。
下の飛来してきた物を見ると、地面に転がる石ころがひとつ。おそらくは少年?が、
「ぐぅっ!?」
首と胸に何かが絡みつき、締め上げる感触があった。まずいことを直感する。
前方を見上げると少年?すでにいない。ただ、後ろで誰かが組み付いているのが感じられる。それが何者かは考えるまでもない。
とにかく、急いで振りほどかなくてはならない。すかさず自由な両手を胸元へ伸ばす。
胸は両の足で抱え込むようにして固定されている。手で殴りつけたり、振りほどこうとするが外れない。
少しずつだが違和感が、顔が赤くなってきているのを感じる。とにかく次だ。
首元を絞め上げている腕を振りほどこうとする。だが、抜けない。まずい、まずい、まずい。
何か手はないかと少年の首を見ると、ひとつの閃きが頭に走る。今も少年の首を絞めている魔法の手の力も借りれば振りほどけるのではないか?
この切迫した状況下では名案に思えたが、同時に嫌な予感も頭をよぎる。
振りほどいたところで、別の手段によって殺される己の姿がいくつも浮かんでくる。
それくらいならば、
殺される前に殺す。やはりこれしかない。
一瞬、外そうと考えた魔法の手に再び、意識を集中する。早く終わってくれと祈りながら。
「グ、ギギ…」
視界が白みはじめる。早く終わってくれ。
「グ…ガッ……ギギィッ!」
頭の毛細血管の切れる音が聞こえてきそうなまでに顔が真っ赤になっていくの感じる。早く終われ。
「カハァッ!!ウボェェ…」
___そうして最期に見たのは、変わらず楽しそうに笑う少年の姿だった。