黄泉津姫。に関する備忘録③
☆ 最後に~現実って何だろう?
ナンだかややこしいことをごちゃらごちゃらと失礼しました(笑)。
実は私も当初、ここまでややこしいことを考えていた(あるいは、把握していた)訳ではありません。
でも、『見えてくる』世界をじっくり追いかけ、丁寧に眺めて言語化してみると。
どうも、私の頭の中で組み上げている設定が『そうらしい』と感じるようになりました。
なかなかSFらしくて面白い、と思い、今回筆を執った次第です。
これは物語世界の設定ですが。
我々が信じ、感じている『現実世界』というもの。
これって、本当にひとつだけでしょうか?
実はいくつもの現実が、次元を隔てながら重なり合うように存在していたりしないでしょうか?
まあこの発想、SFに昔からある世界観のひとつですよね。
所謂パラレルワールド。
ほんの少しだけ条件が違っているそれぞれの世界で、人々は自分の出来ることをしながら生きていますが、主人公なりが何かの拍子に別の並行世界へ移動して、お話が展開する……というパターン。
この発想の元になった、多元宇宙とか呼ばれる理論物理学の仮説なんかが色々とありますよね、哀しいことに私のお頭ではわからないことの方が多いですけど(笑)。
……つまり。
ひとりの人間が経験できる『現実』は原則ひとつですけど、『現実』自体は本当にひとつでしょうか……などと考えたりします、まずはお話の設定としてですが、それだけではなく。
IFのお話をひとつ、思いつきました。
もしも『やがてキュウ』で、スイとエンのバディが【Darkness】に負け、滅ぼされたのならば。
【管理者・ゼロ】はため息をこらえつつ、『やがてキュウ』で描かれている世界を消すでしょう。
悲しい運命にひしがれ、全世界を呪うことでしか怒りを表現できなかった【Darkness】こと幸恵。
彼女を愛しながらも救えなかった【eraser】・スイこと英一。
そして、この二人と出会うことで大きく人生が変わった、【eraser】・エンこと円。
三人が、結果として人間の器を超えた存在になってしまう運命は、属していた世界ごと消えてしまいました。
『やがてキュウ』で語られるべき世界は音もなくデリートされ、跡形もなくなるのです。
しかし『安住幸恵』『角野英一』『九条円』という名前の人物は、たとえば『月の……』で描かれる世界にも、いるのです。
いますが、彼らは『やがてキュウ』の世界に住む彼らとは違います。
同じ名前の、よく似た背景を持つ、まったくの別人。
『やがてキュウ』で描かれる冒頭の時間軸では幸恵と英一はすでに亡く、高校生になったばかりの円は今日も、ワイヤレスイヤホンでお気に入りの音楽を聴きながら早めに学校へ向かうことでしょう。
(以下、SSもどき)
……円はいつものようにイヤホンを外し、校門をくぐる。
イヤホンをポケットに仕舞いながら彼はふと、明け方に見た不穏な夢を思い出す。
すべてをきちんと覚えてはいない。
だがひどく悲しくて切ない、そしてすさまじい喪失感に胸が痛み、息苦しくてたまらない、そんな夢だった。
夢の中で円は、濃紺のタキシードを着た背の高い男が、黒い刃に胴を切り裂かれ、ゆっくり頽れて地面に伏すのを見た。
そのシーンがいやに生々しく記憶に残っている。
「せんせーい!」
のども裂けよと円は叫ぶ。
円はそのタキシードの男のことなど、現実ではまるで知らない。
だが彼が、とても親しい、唯一無二の相棒かつ自分にとってかけがえのない『先生』であると、夢の中の円は理解している。
男の向こう側にいた、白い簡素なワンピースを身につけた小柄で可愛らしい少女が顔を上げる。
彼女は、彼女にまるで似つかわしくない、大きな黒い鎌を持っている。
円と目が合うと、少女はニヤリと笑んだ。
「****…」
勝ち誇った顔で彼女は何か言うが、円にはよく聞き取れない。
次はお前だ、と言ったのかもしれないし、単にさようならと言ったのかもしれない。
意味のない叫びをあげる円。
彼の全身から圧倒的なまでのエネルギーが、光となってほとばしる。が、それをものともせずに彼女はぐんぐん近付いてきて、黒い鎌を軽々と振るった。
鋭い刃は円の肩口を、無慈悲なまでに抉る!
すさまじい衝撃はあったが、不思議と痛みはなかった。
……そこで記憶は途切れている。
ああ終わりだもう取り返しがつかない、という焦燥や絶望が、記憶が途切れる寸前に閃いたのだけは、かろうじて覚えている。
ひどい動悸と寝汗。
大きく息を吐きながら、円は半身を起こす。
身体の半分が消失したかのような、たとえようのない虚しさ。
もう一度眠る気にもなれず、彼はのろのろとベッドから出ると、机の前に座って30分ほどぼんやりしていた。
HRへ向かう廊下を歩きながら、円は無意識で首を振る。
夢の記憶を振り払うように、湧き上がる嫌な気持ちを押し殺すように。
あれは夢だ、悪い夢だ。
それ以上でも以下でもない。
その時、廊下の向こう側から白衣を着た女性が歩いてきた。
通称『保健室の女神さま』、養護教諭の音無先生だ。
ツンと澄ました真顔がデフォルトの、硬質な美貌を持つ彼女。こんな貧乏公立高校の保健室に勤めているなんて謎だとも、生徒たちの間で噂されている。
すれ違う刹那、円は彼女と目が合った。
彼女の表情はいつもと変わらない。
「……おはようございます」
そう言って軽く会釈した円へ、音無の目許がかすかに曇った。
一瞬、泣き出しそうにも見えた。
「おはよう、九条くん」
静かな声で彼女は挨拶に応えると、そのままの速度で彼女は通り過ぎて行った。
「……」
円は無意識のうちに足を止め、廊下に佇む。
言いようのない違和感を、彼は持て余した。
(くじょう、くん……)
彼女の口調に、不思議と言い慣れたようなニュアンスを感じるし、そもそも……。
(なんで音無先生、俺の名前を知ってるんだ?)
円はお世辞にも目立つ生徒ではない。
なのに彼女は、ずっと前から知っていたかのように彼の名を呼ぶ。
入学して一ヶ月ほどの一年生の名前を、ひょっとしてあの人は、全員覚えているとか? ……まさか!
円は首を振り、のろのろと額に浮いた汗を指でぬぐった。
五月上旬だというのに、なんだか妙に蒸し暑い朝だった。
(SSもどき終了)
この世界の九条円は、【eraser】として目覚めることはありません。
持って生まれた能力は開花することなく、彼が生き物としての死を迎えるまで眠り続けるでしょう。
この日の夢の記憶もすぐ薄れ、彼は、なし崩し的に日常に馴染み、暮らしてゆくのです。
そして、それはそれで素敵な人生だとも私は思います。
ただ。
【管理者・ゼロ】である彼女の記憶の中には、【eraser】・エンであった九条円がいます。
【Darkness】の幸恵も、【eraser】・スイの英一も。
しかし、もはや彼らはどこにもいません。
彼女の記憶の中にだけ存在します。
そういう記憶を彼女は、一体いくつ抱えているのでしょうね?
思うと切ないです。
感傷的になってしまいました。
どうやら、世界観や設定を語るうち、心情を語るのに流れる癖が私にはあるようですね~。
この短いお話(の断片)のように、仮に近しい世界が消滅しても、普通は他のパラレルワールドに住む人々に何の影響もありません。
でもおそらく、消滅のキーになる人間(の立場に当たる者)、もしくは特別に敏感な感性を持つある種の人間は、うっすらであってもパラレルワールドの消滅を感じ取るかもしれません。
おそらくは今回のように、悪夢という形で。
神崎さんちのお血筋の方や、結木さんちのお血筋の方なんかは、パラレルワールドの消滅を感じ取るかもしれませんね。
長々と失礼いたしました。
さすがにこの辺で与太話を終え、失礼をいたします。
最後までご清聴?、ありがとうございました。




