黄泉津姫。に関する備忘録②
☆ それぞれの世界の、枠を囲む大枠
『黄泉津姫。』というお話は、『月の末裔』と『Darkness~やがてキュウになる』という、まったく違う世界観からなる作品の、少々形を変えた続編というスタンスの作品です。
ただ、『月の……』はなんちゃって神道的な世界観のローファン、『やがてキュウ』は世界とは創造主がプロデュースしたゲームソフトのようなものだ的な、似非サイエンス・フィクション。
このふたつの作品世界で共通しているのは『キャラたちが生きて暮らしている現実は、21世紀の日本もしくは21世紀の日本に酷似した世界』という部分だけ。
逆に言えば、ここが繋がっていることで(作者的には)ふたつの世界を寄せることが比較的容易だと思ったのです。
『ひとつの大枠の中に、それぞれの世界観の話があり、時に重なり合う瞬間がある』
さながら、数学のベン図のようなものが連想されました。
この物語(群)の大元といいますか、枠を囲む大きな枠の設定が見えた瞬間です。
『月の……』と『やがてキュウ』の世界が重なり合う、刹那かもしれない部分。
『黄泉津姫。』という物語の枠がそこにあります。
そしてその重なり合う部分は、今後永遠に離れてしまうかもしれませんし、ぴったりと重なり合って元からひとつだったように、互いがなじんで離れなくなるかもしれません。
どうなるのかは、それぞれの世界に暮らす者の気持ちや意思が大きく作用するのではないか?
そんな連想から、私はふたつの世界の設定を寄せてゆきました。
『やがてキュウ』における人類の上位存在(【秩序】や【管理者】)
↓
『月の……』における『神』。それも土地神(産土神)と呼ばれる『国津神』ではなく、高天原に住まうとされる『天津神』
『やがてキュウ』の番外編である『一株のミント』の発想が浮かんできた、設定ですね。
この設定というか概念が起点となり、ふたつの世界はドンドンと近付き、『黄泉津姫。』独自の世界観が形成されてゆきました。
☆ 大枠の中に存在する並行世界
さてさて。
先程、それぞれの世界は大枠の中で独立して存在していて、ある瞬間、重なり合うこともある数学のベン図のようなもの、と例えましたが。
もっと正確に言うなら、並行世界のような概念で私には見えています。
『黄泉津姫。』のラスト間際(17 コーダⅡ)で、【管理者・ゼロ】もしくはイザナミノミコトと呼ばれている彼女が、ヴァイオリンの弦を自らの力で生み出し、楽を奏でる……という暗喩で、彼女の仕事を表現しましたが。
ヴァイオリンの弦はわざわざ言うまでもなく、ひとつのヴァイオリンに複数本、あります。
つまり彼女は、複数の弦を管理している、のです、まあ物語上で直接関係はありませんが。
『21世紀の日本もしくは21世紀の日本に酷似した』、彼女の管理下にある世界。
マルチエンディングのゲームソフトによってプレイされている世界は、作りながらあらゆる結末に向かって、つまり別々のエンディングに向かってプレイされているような状態です。
バグが発生したら都度修正し、どうしようもなくなったらその世界を消しつつ、より良いものへとプログラムの精度を上げてゆくのが、彼女に課せられた一番大きな、アイデンティティともいえるミッションなのです。
イメージ的に『月の……』と『やがてキュウ』は、最近(と言っても千年単位でしょうねえ)でこそ隣り合った別の弦として存在していますが、元々は同じ弦であった世界、というイメージですね。
同じ弦から分かれたこれらは、ところどころで重なり合いつつも、それぞれ微妙に違う音を奏でていました。
『月の……』Sideは、国津神の影響がかなり濃く残っている世界であり、『やがてキュウ』Sideは国津神の影響が全体的にかなり薄くなった世界、という感じです。
『月の……』で、イザナミノミコトが管理する世界の中で主に暴れていた大怨霊(つまり【Darkness】)は、月の御剣・神崎明生になるでしょうね。
ただ彼は、狂気じみた『俺は神崎るりを守るんだ!』という使命に己れの霊力を特化していたため、イザナミノミコトこと【管理者】にとっては、対処する優先順位が低い【Darkness】だったという事情があります。
それに引き換え『やがてキュウ』で暴れていた大怨霊・エチサこと安住幸恵は、モロに世界の破滅を望んでいました。
彼女の呪いの力はすさまじく、【管理者】や【秩序】、すなわち天津神たちをまんまと出し抜いて『この世界のこの国に住むすべての人間の名前から、それぞれ意味を剥奪する』という、一見地味だけどすんごいことをやらかしました。
ですからイザナミノミコトにとってエチサ(というより、彼女を含めた怨霊の霊団)は、この世界で最重要の対処案件だったのです。
彼女に対抗できる強力な【eraser】が顕現したのも、世界にとっての『自浄作用』として顕れた……というイメージですね。
並行世界ですから『月の……』単独の世界にもやはり、その世界なりに安住幸恵や角野英一、九条円が存在していました。
でも、仮に『月の……』単独でゲームを進めていった?場合、彼らがそれぞれ【Darkness】や【eraser】には、なっていなかったでしょうね。
彼らは『やがてキュウ』世界と同じくその特殊な資質を持っていますし、円が表現するところの『バグ』も、それなりに経験していたことでしょう。
ただ『月の……』世界は『やがてキュウ』世界より、全体として国津神の霊力が濃い世界となっています。
彼ら三人がその資質を本格的に発揮して人間の器から逸脱する前に、国津神Sideが自浄する感じで動くことになりましょう。
言い換えれば、『世界としてナチュラルに自浄作用が強い』、と。
その場合、安住幸恵は辛い生活を強いられる不幸な境遇のまま早逝したでしょうし、角野英一は角野英一で、彼女の死の原因は自分だと責めて心身を壊し、長く生きなかった可能性が濃厚です。
少なくとも安住幸恵と角野英一が、九条円と関わりを持つことはなかったでしょう。
時間も場所も離れている彼らは、それぞれの場所で人間として生きて死んだことでしょう。
二人と関わらなかった九条円が、己れの資質を無視してまで(笑)医師になる、強いモチベを持つこともなかったと考えられます。
多分ですけど、『月の……』単独の世界で暮らす九条円は、及川君と馬鹿なことを言いながら高校時代を気楽に過ごし、無理しない範囲で入れる大学の中から文系の学部へ浪人することなく入学し、市や県の職員だったりそこそこの企業のサラリーマンだったりになっていた……でしょうね。
それもそれなりに幸せな人生だったろうと思います。
苦い初恋も辛い恩師との別れも、初カノとの甘い時間、そして彼女との、虚しさを噛みしめるきつい別れを知らない彼は、人間としてやや陰影に欠ける、精神的にのっぺりとした青年になってしまっていたかもしれません。
が、平凡な暮らしのよく似合う、気のいいお兄ちゃんだったことでしょう。
逆に、『やがてキュウ』世界の神崎るりは、兄の怨霊に憑かれたまま、結木草仁と出会うことなく虚無と絶望の中、若くして亡くなっていた可能性が濃厚です。
国津神の霊力が薄まっている『やがてキュウ』世界の小波は、ただ単に『龍神によって泉が湧いた』という縁起を持つ泉や、泉をもたらした水神を祀る神社がひっそり残っているだけの、大阪の片田舎にある町。
結木草仁がクサのツカサとして目覚めることもなければ、彼が(わざわざ)樹木医になるモチベも高まらなかったでしょうから、るりと会うことはなかったでしょう。
出会わないのですから、運命の恋(笑)は発動しません。
だとしても、クサのツカサでない結木くんの人生も、別にまあ悪くはなかったのではないかと思います。
『月の……』単独世界の、九条円の人生と同じような感じです。
しかしそうなると当然、さくやや蒼司は生まれてきません。
ふたつの世界はそれぞれ、今とはまったく色合いの違う、まったく別の音を奏でる世界になっていったことでしょうね。
しかしこのふたつの並行世界は『大怨霊をひとつ、完全浄化した』という、予想外の共通項を持つことにより、強く撚り合わさったようです。
撚り合わさったことで、それぞれの世界に別々に存在していた『神崎るり』『結木草仁』『角野英一』『安住幸恵』『九条円』は、怨霊を浄化したSideの人格に吸収統合される形になったと、私には感じられます。
結果、『神崎るり』と『結木草仁』の運命の恋が発動し、さくやと蒼司が誕生。
『やがてキュウ』Sideの九条を巻き込む、運命の恋と苦い初恋が引き継がれる次世代の物語になった……と。
そんな感じですね。




