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苦手な方はご注意ください。

不死鳥と勇者と魔王軍

突飛勇者は正規ルートを歩まない

作者: 龍川歌凪

 昔々、人類は魔王率いる魔族の軍勢に脅かされていました。

 人間達は様々な策を講じましたが、どれも上手くいきません。

 そこでとある国の王様は考えました。

 「我が城の国宝である聖剣を引き抜いた者を勇者として旅立たせよう」、と。


 千の神と万の精霊の加護を受けたと言い伝えられし魔祓いの聖剣。

 しかし聖剣に選ばれた者にしかその刀身を鞘から引き抜く事は出来ないとされています。


 程なくして、腕自慢の剣士達が城に集められました。

 そして順番に聖剣を引き抜こうと挑戦します。


 が、実を言うと、なんとこの場に集められた半数近くの者達に勇者としての適性があったのでした。


 というのもこの聖剣、神や精霊の力を少しでも感じると反応してしまうガバガバ判定だったのです。

 神に連なる者の血族や、精霊の愛し子として生まれてきた者だけでなく、実家が教会の隣に建っている者、神殿で買った無病息災お守りを装備している者、果てには精霊の怒りに触れ、末代まで祟られている者にまで反応してしまうというガバガバっぷりでした。


 しかし皆、剣を引き抜けないフリをしました。


 何故なら魔王退治なんて怖くて誰も行きたくなかったからです。

 王様の命令により仕方なくこの場に集っただけであり、命懸けの旅に出るなどまっぴらごめんなのでした。


 結局、聖剣を引き抜ける者は誰もおらず、この場はお開きとなりました。

 王様はその場に居合わせた若い兵士に片付けを命じました。


 色々な人が触っていた為、剣の柄は汚れてしまっています。

 国宝をそのまま片付ける訳にはいかないと、兵士は布で汚れを拭い取ろうとしました。すると。


 ――スポッ。


 こびり付いた汚れを拭おうと少し強めに力を入れたところ、いとも容易く聖剣は鞘から抜けてしまいました。

 これには周囲の者達も兵士当人も驚きを隠せませんでした。


 そしてあれよあれよという間に兵士の若者は勇者として旅立つ事となりました。


 ちなみに実はこの兵士、剣の腕前も魔法の素質もピカイチであり、入隊試験を余裕で合格した近年稀に見る逸材でありました。

 本来ならば騎士に昇格してもおかしくない程の能力の持ち主でしたが、悲しいかな、彼は名字も持たぬ平民であった為、一兵卒止まりでした。


 しかしそれでも彼はその状況に満足でした。


 彼は三度の飯より人助けが大好きな人助け中毒ジャンキーだった為、人々の役に立てるならば何でも良かったのです。

 ゆえに勇者として旅立つ事を彼は誇りに思いましたし、内心ウッキウキでした。


 しかし周囲の者達にはそうは映りませんでした。


 というのも、彼は表情が乏しく、何を考えているのかいまいちよくわからない所がありました。

 おまけに切れ長の目は三白眼気味であり、またその瞳は猫のように細く、宵闇よりも深い漆黒に染まっています。要は目付きが悪く、いわゆる悪人面の部類に入りました。

 しかし瞳の色とは対照的に、バサバサとした剛毛は太陽のように鮮やかな赤であり、毛先のほうは金色に染まっています。


 その陰と陽を内包した姿が人々には一層不気味に映るのでした。


 勇者の姿を目にした人々は心の中で呟きました。


 「あ、想像していた勇者像となんか違う」、と――。


 加えて、聖剣を抜けないフリをしていた者達はこう思いました。


 「貧乏くじを引いてしまって可哀想に」、「人類の存亡を掛けた戦いをたった一人で背負わされるだなんて、きっと王様の事を酷く恨んでいるだろう」、と。


 ――勇者本人は旅立ちを前に心を弾ませていましたが、表情筋が万年活動停止状態である為、周囲には伝わりません。むしろ機嫌悪くムスッとしているようにしか見えませんでした。


 そんなこんなで旅立ちの日。

 兵士仲間達が城門前まで見送りに来てくれました。そして兵士長は今後の旅の行き先について、勇者に助言しました。


 大陸の西側に位置するこの国に対し、魔王城はこの大陸の東端にあります。

 しかし魔王城周辺に棲息している、人型以外の魔族――いわゆる魔物は強敵揃いであり、この城近辺の雑魚扱いの魔物でさえ一筋縄ではいかない相手です。

 ゆえにまずはこの国よりさらに西に赴き、トーウェスという港町から海に出たのち、弱い魔物がいる大陸に行くよう勇者に指示しました。

 そして世界を一周して十分な実力を付けた後、魔王城に挑むよう勧めるのでした。


 しかし勇者は首を横に振りました。


「それではこの地に戻ってくるまでに十年近く掛かってしまいます。それ程の時間を掛ける訳には参りません」

「だが他に方法は……」


 すると勇者は突飛な事を言い出しました。


「城周辺の雑魚敵を倒しまくって一気にレベルを上げます」

「なっ……!? この辺りの敵とて、並の魔物達よりも遥かに手強いのだぞ!? お前も知っているだろう!?」


 勿論、元兵士である勇者はこの地の魔物の強さを十分理解しています。

 彼ら兵士は敵一体に対し、最低でも三人がかりで戦うよう教え込まれてきました。


 それでも彼は頑として譲りません。


 その瞳には熱い闘志が燃えたぎって……いるようにはとても見えない冷淡で空虚で殺伐とした、視線だけで二、三人は射殺してそうな凶悪な目付きではありましたが、彼の強い意志だけは兵士長に伝わりました。


 勇者の熱意(眼力)に負けた兵士長は、彼の好きにさせる事にしました。


 城下町の外に出た勇者はまず、今の自分の実力でも倒せる敵を探しました。


 敵は絶命すると倒した者にその生命力の一部が引き継がれます。これを【経験値】と呼び、経験値が一定以上貯まると【レベル】が上がり、能力ステータスが上昇します。

 レベルはいわば魂の強さであり、例え筋肉の少ない細腕であろうとも、レベルさえ高ければ怪力を発揮する事が出来るのです。


 そして勇者は知っていました。


 地道なトレーニングにより筋肉を鍛えるよりも、敵を倒してレベルを上げるほうが遥かに効率が良いという事を。


 それに元兵士である彼は、剣術などの基礎的な戦闘技術や魔法についての知識はひとしきり身に付けていましたから、あとは各ステータスを上げるだけで良かったのです。


 この近辺で最も弱い魔物を見つけた彼は、まず背後からそっと忍び寄り、相手を麻痺させる効果のある雷属性の魔法を放ちました。


 彼は幼い頃から雷属性の魔法が得意であり、近所の悪ガキ達から『電気うなぎ』と称される程でありました。


 感電して動けなくなった敵にすかさず剣を振り下ろし、急所を突いてトドメを刺します。流石は伝説の聖剣、切れ味は抜群です。


 魔物が事切れると同時に勇者のレベルが上がりました。

 そして彼は先程よりも少し強い敵を見つけては感電させて倒す、というのを繰り返していきました。


 時にはヒットアンドアウェイに徹し、時には格上の相手に半殺しにされて命からがら逃げ仰せ、相手を倒せるレベルになってから再挑戦する――それは端から見れば勇者らしい正々堂々とした戦い方とは呼べないかもしれません。

 しかしこの戦いは人類の存亡が掛かっており、いわば人間と魔族という種の覇権争いなのです。

 どんな手を使ってでも相手を倒し、生き残る事にこそ意義があるのです。生存競争とはそういうものなのです。


 ある程度レベルが上がった後、勇者は魔物を倒しながら大陸中を旅しました。

 時にはその道中に立ち寄った村や町で盗賊退治をしたり、住人を困らせている荒くれ者を成敗したり、跡継ぎのいない限界集落で畑の収穫の手伝い及び農業に関心のある若者らの斡旋をしたりして、旅の資金を稼ぎつつ人助け欲を満たしていました。

 ――その悪人面のせいで盗賊の一味だと勘違いされて村人達に引っ捕らえられそうになったりもしましたが、まあ些末な事でしょう。


 大陸の東の果てに着く頃には麻痺耐性持ちの敵も数多く現れるようになりましたが、その頃には勇者もまた多種多様な魔法を習得していた為、相手の弱点を突く魔法を駆使しながら魔物を倒していきました。


 そしてついに彼は魔王城のすぐ近くまでやって来たのでした。


 まずは直近の村で体を休めつつ情報収集です。


 勇者は宿屋で一泊した後、村長の家へと向かいました。

 すると村長いわく、魔王城の正面入り口の扉は四つの宝玉を嵌めなければ開かず、それらは四天王が守護しているとの事でした。

 四天王はそれぞれ、この世界の東西南北の地域を支配している、魔王軍のエリート中のエリートです。


 今度こそ世界中を巡る旅に出る必要がある、と普通ならば考えるところです。


 が。


 勇者はまたもや突飛な事を言い出しました。


「四天王の元には行きません」

「で、ですがそれでは魔王城の扉を開けられませんぞ?」

「扉を開ける必要はありませんので」

「……?」


 訝しむ村長に勇者は言いました。


「自分、空を飛べますので」

「は……?」


 人間は飛べない――それは世界の常識でした。


 いえ、正確に言えば、高位の魔法使いならば二、三メートルを長くて一分程度ならば飛行する事が可能です。『飛ぶ』というより『浮く』といった表現のほうが相応しいかもしれません。


 しかし魔王城は小高い丘の上に鎮座しており、周囲は断崖絶壁に囲まれています。さらにその下の海は荒れ狂い、逆巻く波はまるで亡者共の手のように、落ちて来た者に絡み付いては海中へと引き摺り込んでいくと言われています。

 一分程度空中浮遊するだけではまず侵入する事など不可能なのです。


 しかし。


 勇者は村長の家を出ると、たちまちのうちに大きな鳥の姿へと変身しました。


 全身が鮮やかな赤い羽根に覆われており、さらに長い尾羽はグラデーションになっていて、先端のほうが金色に染まっています。

 その姿はこの世のものとは思えない、それはそれは美しいものでありました。

 ――相変わらず瞳の色は全ての色を混ぜ合わせたかのような闇色でしたが。


 バサリと飛び立つ彼の姿を見た村人達は一斉にざわめき立ちました。


「な、なんだあれは!? 勇者の正体は魔物だったのか!?」

「いや、違う! あれは神の眷属である神獣・不死鳥だ! 俺にはわかる。俺は神獣に詳しいんだ!!」


 神獣とは神の遣いである聖なる生き物であり、魔物ではありません。特に不死鳥はめったに人前に姿を現す事のない幻の存在とされていました。


 実を言うと、勇者は不死鳥の血を引く混血児であり、不死鳥そのものではなかったのですが、この事件は数少ない不死鳥伝説の一つとして数えられる事となりました。

 また、この逸話を元に【他の生物の姿になれば様々な能力が身に付く】という点が着目され、変身魔法の研究が盛んになりました。

 後の世では誰でも気軽に変身が出来る変身薬が開発され、一大ムーブメントが巻き起こるのでした。


 未来でブームの火付け役になるとは露知らず、鳥になった勇者は特段苦労する事なく魔王がいるであろう城の最上部付近に到着しました。


 勇者の侵入に気付いた魔物達は驚愕しました。


 人間は空を飛べない――それは魔族にとっても至極当然の常識でした。


 断崖絶壁に囲まれ、なおかつ全長百メートルはある魔王城に正面入り口以外から侵入する事など、まずあり得ないはずだったのです。


 有り体に言ってしまえば、城の上部のセキュリティは激甘だったのです。


 四天王に宝玉を守護させ、さらに城内部に苦労して設置した、炎を吐く像も、底が鋭い棘に覆われた落とし穴も、巨大な岩が転がってくるトラップも、壁にぶち当たるまで滑り続ける氷の床も、十重二十重に配置された精鋭の魔物達も、勇者のショートカットによりその全ての努力が水泡に帰したのでした。


 ステンドグラスの窓を容赦なく蹴り割って侵入すると、人の姿に戻った勇者は辺りを見回しました。

 そこは赤い絨毯で覆われた広めのフロアであり、その先は髑髏や蛇のレリーフが施された禍々しい扉へと続いています。


 この扉の向こうこそが魔王が鎮座する王の間なのでしょう。


 また、このフロアには階段らしきものは無く、代わりに部屋の中央に転移魔法陣が描かれた台座がありました。


 この魔法陣は王の間のある最上階とその一つ下の階を繋ぐ特別なものであり、魔王と魔王の右腕である宰相にしか使用出来ないようになっていました。

 それゆえ、例え勇者が全ての罠をくぐり抜けて下の階までやって来たとしても、それ以上は先に進む事が出来なくなる為、いわば究極の足止めトラップとなるはずでした。


 ――残念ながら勇者は空から侵入して来てしまった訳ですが。


 それどころか、下の階の魔物達は魔法陣のせいで上の階に駆け付ける事が出来なくなってしまいました。


 魔王城は今やただの欠陥住宅へと成り下がってしまったのでした。


 が、しかし。


 この魔法陣を使用出来る者が、扉の向こうにいる魔王以外にもう一人だけいます。


 そう、宰相です。


 魔法陣から放たれた光の柱から現れた人物は、一見すると人間の青年のようでした。

 しかし髪と同じ銀色の毛皮に覆われた獣の耳と尻尾は、彼が獣人である事を物語っていました。


 獣人はその琥珀色の瞳で忌々しげに勇者を見遣りました。


「まさか空から侵入して来ようとはな。だがここより先は一歩たりとも通さぬ。肉片と化すまで切り刻んでくれるわ!!」


 鋭い爪をぎらつかせながら凄む宰相でしたが、ショートカットにより城の精鋭達と戦っていない勇者の体力は満タンでした。

 また、台詞と見た目により相手が近接物理攻撃タイプである事は明白でした。


 結果、勇者の遠距離攻撃魔法により宰相はあっさりと吹っ飛ばされ、そのまま勇者が割った窓から崖下の海へと落ちていきました。


「おのれ……! 魔族の未来に……栄光あ、れ……ガフッ!!」


 こうして宰相の姿は荒れ狂う波間へと消えていったのでした。

 それを見届けた勇者はいよいよ王の間へと足を踏み入れました。


 扉と同様に髑髏や蛇の彫刻が施された玉座には、一人の男の姿がありました。

 漆黒の髪の間からは螺旋状の二本の角が生え、さらに背中には蝙蝠の如き六枚の翼を有する威風堂々としたその姿は、魔族の頂点に恥じぬ風格がありました。


 魔族の王は招かれざる客にその血のような深紅の瞳を向け、口を開きました。


「良くぞ来た、勇者よ。よもや人の身でありながら天翔るすべを有しているとはな……」

「――先程の獣人の男にも似たような事を言われましたが、城上部の警備をもう少し強化したほうが宜しいのでは?」


 勇者の嫌みだか素の忠告だかわからない言葉にも魔王は動じません。これぞ王者の貫禄と言ったところでしょうか。


「ふ、そうだな。では今後手下共と対策を検討するとしようか。――貴様を屠った後にゆっくりと、な!」


 玉座から立ちあがり六枚の翼を広げるその威圧感たるや、恐らく並の冒険者ならば跪いて命乞いをしている事でしょう。

 しかし勇者は少しも動じる事無く聖剣を構え、魔王と対峙しました。


「二度と勇者などという存在が現れぬよう、その刀身も粉微塵にしてくれようぞ!」


 こうして魔王との決戦の火蓋が切られました。


 二人の実力はほぼ互角。

 攻撃面においては勇者に分がありましたが、耐久面に関しては魔王に軍配が上がりました。


 大抵の人間は魔族の王というと攻撃力が高いイメージを抱きますが、実のところ、魔王はただそこにるだけで世界中の魔族達を強化及び凶暴化させる、いわゆるバフ系の後方支援タイプなのでした。


 また、魔王の体はダメージを受けると、傷口からは血だけでなく、瘴気まで噴き出してしまうのでした。

 聖剣が放つ波動で瘴気のほとんどは無力化出来るのですが、少しでも吸い込めば猛毒におかされてしまいます。

 おまけに再生能力も高く、ようやく瘴気が収まったと思ったら傷口まで塞がってしまっている、といった具合でした。


 しかし再生能力に関しては勇者も負けていません。いえ、むしろ魔王よりも秀でていると言っても過言ではありませんでした。


 不死鳥との混血児である彼は種族上は人間に分類される為、決して不死ではありません。

 けれども絶命さえしていなければどんな傷もたちどころに治ってしまうのでした。

 瘴気による猛毒も、ものの一、二分もあれば完全に解毒してしまえるのです。


 両者の戦いは三日三晩に及んだとか及ばなかったとか。


 大地は裂け、海は割れ、空は雷鳴が轟いていたとかいなかったとか。


 途中、空を飛べる魔物達が魔王の助太刀に天窓からやって来ようとしましたが、先頭の一匹が魔法による流れ弾を喰らって灰塵に帰しました。それ以降、両者の戦いに水を差そうとする者は現れなくなりました。


 長き戦いの末、ついに両者の均衡が崩れ始めました。

 勇者の猛攻に魔王が押され始めたのです。


 勇者は魔王を凌ぐ超再生能力により防御は二の次です。それゆえの攻撃特化なのです。

 火力がいまいち乏しい耐久特化の魔王にとって、相性の悪い相手だったのです。


 ゆえに魔王は次の一撃で勝負を決める事にしました。


 魔王が頭上高く掲げた右の掌の上から、黒き稲妻がほとばしりました。


 残りの魔力全てを注いだ渾身の一撃。


 どんなに勇者が超再生能力を有していたとしても、最大火力で再生する前に絶命させてしまえば済む話なのです。


 闇の魔力を帯び、無数に枝分かれした漆黒の雷は、まるで飢えた蛇の群れの如く勇者に食らいつきました。


 しかし全身を蝕み続ける電流にも、勇者はその表情を崩す事はありません。

 やがて彼はぽつりと呟きました。


「――自分、子供の頃のあだ名が『電気うなぎ』だったんですよ。雷属性の魔法が得意だったからというのもありますが、理由はそれだけではないんです」

「……?」


 この状況で急に何を言い出すのかと言わんばかりに魔王は眉をひそめました。


「電気うなぎってね、自身が放った電気で感電してしまうんですよ。流石にそれで死ぬ事はないみたいですけど。自分もね、子供の頃はよく自らの魔法で感電していたんですよ」

「……それが一体何だと――」


 そこで魔王はふと気が付きました。

 黒の雷撃に今なお包まれているにも関わらず、勇者は火傷一つ負っていないという事を。


「だからこそ、雷魔法だけは欠かさず訓練してきたんです。子供の頃からずっと……」


 効率を重視する勇者はフィジカルトレーニングよりも敵を倒して経験値を得る事を優先してきましたが、雷魔法の訓練だけはこの旅の中でも毎日欠かす事無くおこなってきたのでした。


「その結果、今では魔法による雷全てを操れるまでに至りました。――それが例え敵の魔法であろうとも、その全てを――!」


 言うや否や、漆黒の雷が聖剣の刀身へと吸い込まれていきました。またそれと同時に、勇者自身の魔力も聖剣へと注ぎ込まれました。


 黒色と金色、二色の電流を帯びた聖剣を手に、勇者は魔王の懐目掛け跳躍します。


「な……っ!?」


 予想外の勇者の行動と疲労の蓄積により、魔王の判断が一瞬だけ遅れました。そのわずかの隙を突き、勇者は聖剣を魔王の左胸へと突き立てたのでした。


 聖と邪、両方を宿した電流を心臓に直に食らえば、流石の魔王とてひとたまりもありません。


 聖剣はそのまま背中と翼を貫通し、剣先が突き刺さったのは偶然にも玉座の背もたれでした。


「ば、馬鹿な……!」


 玉座に串刺しとなった魔王は、やがてその鼓動を停止させました。


 魔族の頂点たる者の象徴は、一瞬にして彼の墓標へと成り果てたのでした。


 魔王の左胸からは流血と共に瘴気が噴き出しています。

 今は突き刺さった聖剣により瞬時に浄化されていますが、恐らくこれを引き抜けば大量の瘴気が一気に噴き出してくる事でしょう。そうなれば瘴気が外界へと溢れ出し、やがては世界中がその毒素におかされてしまうかもしれません。

 ゆえに聖剣は魔王の亡骸に突き刺したままにしておくのが得策である、と勇者は考えました。

 何年、何十年、何百年掛かるかはわかりませんが、いつかは魔王の瘴気を浄化し尽くしてくれるでしょう。


 しかし同時に、勇者は思います。


 国の宝である聖剣を置いていくなど、果たして自分のような平民風情が勝手に決めてしまって良いものなのか、と。


 元一般兵士ゆえに庶民気質である彼がうんうんと唸りながら悩んでいると。


 ――ゴゴゴゴゴ……!


 地響きと共に城の壁や床が次々と崩落していきました。


 この城は魔王の魔力により維持されていたのか、もしくは魔王の身に万が一の事があった場合に備え、彼の死に反応して崩壊する仕組みになっていたのでしょう。――この城の主を手に掛けた罪人を決して逃さぬ為に。


 愚かな咎人は崩れゆく瓦礫の下敷きとなる――はずでしたが、勇者は鳥に変身出来るのでさっさと空を飛んで脱出してしまいました。


 魔王は最後の最後まで勇者に一矢報いる事すら叶わなかったのでした。


 また、これにより聖剣は当初の予定通り魔王の亡骸に突き刺したまま置いていく形となりました。どのみちこうする他なかったのですから仕方がありません。王様もきっと許してくれるでしょう。多分。


 鳥の姿になった勇者は上空から崩れゆく魔王城を見下ろしました。


 一階と王の間のある最上階は頑丈な設計になっていたようで、かろうじて原型を留めていましたが、途中の階層は瓦礫に溢れ、階によってはフロア全体が潰れてしまっているような所もありました。

 城の崩壊から命からがら逃げ出した魔物がいたとしても、もうこの場所に戻って来る事はないでしょう。


 こうして魔王軍は壊滅し、人類は魔族に勝利したのでした。


 また、魔王が討たれた事により全ての魔族は弱体化し、その多くは大人しくなりました。

 襲ってくる魔物は流石にゼロではありませんでしたが、帰りの旅はとても楽なものとなりました。


 故郷の地に帰ってきた勇者を人々は歓声と共に出迎えました。


 世界中の魔物達が弱体化した事により、魔王の死は瞬く間に知れ渡り、城下町は既にお祭り騒ぎ――いえ、もはやお祭りそのものが開催されていました。

 大通りには出店が所狭しと立ち並び、中には勇者グッズを販売している店までありました。本人には無許可で。


 城下町を抜け、城の門を開けると、王様が直々に彼を出迎えました。

 すぐさま跪こうとする勇者を手で制すと、王様は彼に言いました。


「よくぞやった、勇者よ! 我が国の兵士であるお主が魔王を討ち取った事、王として誇りに思うぞ!」


 しかし勇者はどこか浮かない顔をしています。

 普段は仮死状態の彼の表情筋が息を吹き返しているだなんて、ただ事ではありません。

 すると王様は勇者が国宝の聖剣を持っていない事に気が付きました。


 その事を勇者に問うと、彼は正直に答えました。


 魔王の瘴気を浄化する為、聖剣は魔王城に置いてきてしまった、と。


 それを聞いた王様は一瞬眉をひそめそうになるのをぐっと我慢し、何でもない風を装って「人類を守る為ならば致し方無き事、気にするでない」と、勇者を許しました。

 すると周囲にいた者達は「王様はなんて寛大なんだ」、「流石我らの王だ!」と感動し、若干支持率が上昇したとか何とか。


 しかし実を言うと、王様には勇者に対して多少後ろめたい気持ちがあった為、許さざるを得ない心境にあったのでした。


 というのも、実は本来ならば異界から勇者となる者を召喚する予定だったのです。


 城の一部の者たちによりこっそりと行われたその儀式は、しかしながら失敗に終わってしまいました。

 仕方なく、聖剣に選ばれた者をダメ元で旅立たせる事になったのです。


 つまり彼は異界からの勇者の代替品に過ぎなかったのでした。


 王様から許しを得た勇者は見た目こそいつもの無表情に戻っただけでしたが、その胸中では心底ほっとしていました。

 魔王と対峙した時とて露ほども恐れを抱かなかった彼ですが、主君のお叱りだけは怖かったのです。


「ともあれ勇者よ。お主の功績を讃え、騎士の称号を授けようぞ」


 騎士の称号――それは本来ならば平民である彼には決して得る事の出来ないものでした。


「これからはずっとこの地にいてくれるのだろう? そうだ、もしお主が良ければ我が娘と結婚し、王位を継いでもらっても構わぬのだが、どうだろうか?」

「わたくしのような一兵士にもったいなきお言葉、身に余る光栄に存じます」


 しかしながら、と勇者は首を横に振りました。


「わたくしはこれからトーウェスの港町より海に出て世界中を旅しなければなりませぬゆえ」

「これから!!?」


 勇者の専売特許、突飛発言が炸裂しました。


 勇者は言いました。

 魔物達は弱体化したとはいえ、全ての魔物が大人しくなった訳ではない、まだまだ奴らに苦しめられている者達は世界中に沢山いるのだ、と。

 また、魔王軍の残存勢力――特に四天王の動向も気になるところです。もしも彼らがまだ暴れているのならば、自分が止めにいかなければ、と勇者は主張したのでした。


 こうして勇者は魔王討伐後にイベント回収の旅へと赴いたのでした。


 ……一説には、姫が彼女専属の近衛騎士と恋仲である事を勇者は知っていた為、自分の存在がお邪魔虫とならぬよう彼はこの地を去った、とも言われていますが、真実は不明です。


 その後の彼がどのような人生を送ったかは明らかになっていません。

 世界を一周した後再びこの地に戻り、騎士として生涯祖国を守り続けたという説もあれば、遠い異国の地で伴侶を得て、仲睦まじく穏やかに暮らしたという説もあります。どちらの説が有力かは未だ議論の的となっています。


 いずれにせよ彼が幸せな余生を送った事は間違いないでしょう。


 突飛勇者の伝説は末長く人々に語り継がれるのでした――。





======


 魔王が討たれてから程なくして、魔王城よりもさらに東に位置する地――いわゆる極東の島国に、一つの人影が流れ着きました。


 その者は人在らざる姿をしていました。


 獣の耳と尻尾。


 彼にはまだ息がありました。


 するとたまたま通りがかった現地の住人がそれを発見し、彼を救助しました。


 彼が魔の者の類である事はわかっていましたが、見殺しにする気にはなれませんでした。



「う……」


 獣人――魔王軍の宰相であった男――が重い瞼を持ち上げると、そこは民家の一室でした。


 扉は引き戸式になっており、表面には花や木々が描かれた紙が張られています。

 また、床にはカーペット――ではなく、細い植物が織り込まれた長方形の板が隙間なく敷き詰められており、さらにその上に敷かれた、いわゆる布団と呼ばれる物の上に彼は寝かされていました。


 宰相は博識であった為、ここが極東の地である事をすぐに理解しました。

 またそれと同時に、自分の身が弱体化している事に気が付き、魔王が討たれた事を瞬時に悟ったのでした。


 ――なんたる事だ。

 主君が討たれたというのに、右腕たる自分が生き残ってしまうとは……!

 生き恥を晒し続けるくらいならば、せめて一人でも多くの人間共を道連れにして自爆してやろう――……!


 弱体化したとはいえ、彼は腐っても魔王軍の元宰相。まだある程度の力は残っています。

 散り散りになっているであろう同胞達を掻き集め、全員の残りの魔力と生命力を全て爆発させれば、町の一つや二つ、簡単に消し飛んでしまう事でしょう。


(――それにしても、一体誰が私を助けたのか……)


 極東の地に住まう魔族の誰かか、あるいは――……。


「あ、目が覚めたんですね!」


 引き戸をガラリと開けて現れたのは、十代後半程の人間の少女でした。


 烏の濡れ羽色の真っすぐな長い髪と、穏やかそうな褐色の大きな瞳。

 どこかあどけなさの残る顔立ちは彼女の純粋さを物語っているかのようで、地味な色合いであるはずの髪と瞳の色を自然な美しさとして引き立たせています。


 そんな彼女の姿を一目見た瞬間。


 彼の脈拍は著しく上昇し、顔面が紅潮し、脳内麻薬が大量に分泌されました。


 聡い彼は即座に悟りました。


 これはいわゆる『一目惚れ』という奴である、と――。



 その後、彼は復讐心を捨て、彼女への愛の為に生きる事になるのですが、それはまた別のお話――……。

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