第7話 深い眠り
SIGN 序章
第7話 深い眠り
「…」
勇は斜め後ろの優の空席を見て心配そうな顔をする。
昨夜の死闘から一夜あけ、いつも通りの日常に戻った勇。
だけど、そこに彼女の…白凪優の姿はない。
―――
――
時は遡り、昨夜…時間にして20時15分―――
「ただいま…」
優しい笑みを浮かべた優はそう呟いて倒れ掛かった。
「優さん!?」
すぐに目の前の勇が倒れる彼女を抱きとめた。
「…」
「!?…すごい熱じゃないですか…!?」
優の体は熱かった。
勇の反応に茜と亜子も優のもとへ駆け寄った。
「ふむ…。
やはり負担は半端ではなかったようだね…。
少々無理をしたんでオーバーヒートしたようじゃ」
「治るんですよね!?」
勇が焦った表情で茜に尋ねる。
「心配はいらん…。
しばらくは目を覚まさぬじゃろうが、自然に回復するさ。
こればかりは私の治癒術でもどうにもならんからの」
「優さん…」
「とりあえず…帰りましょうか。
彼はどうします?お祖母ちゃん」
狐に取り付かれていた男…。
憑依された状態で、普段使えないほどの力を酷使した結果…恐らく全身にダメージがあるだろう。
おまけに空中からの落下…思った以上に危険な状態のようだ。
「救急車を呼んでくれ…死なない程度には回復させてやるかの…まったく」
茜は男に治癒を施し始めた。
「優さんを早く寝かせて上げたいですね…。
一番頑張った人ですから…」
「そうね…。
お祖母ちゃん!私達先に帰ってもいいかな?
優をこのままにしておけないし」
「構わんよ。タクシーでも拾って帰りなさい。あとは適当にやっとくわい」
勇は優をおぶった。
「わぉ!勇君って見た目によらずパワフルよね」
「えぇ…大丈夫です。一応鍛えてますから…」
三人は人通りのある場所まで徒歩で向かった。
「亜子さん、それにおばあさんも…助けに来てくれて本当によかったです…。
僕…優さんを守れなかった…何も…何も出来なかったッ…!」
「それは違うわ…。
逆よ。あなたは優を救った…
多分あなたの応援がなければこの子は負けていた。
あなたの叫びが優に届いた…だから勝てた」
「ありがとう…ございます。
でもやっぱり危険に晒してしまったことは間違いないです…。
僕はもっと強くなりたい…彼女を守って上げれるくらいに…」
「くす…。
いいなぁ…なんか優が羨ましい」
亜子はくすくすと笑いながら優のほっぺたをつついた。
「……むにゃ…なにすんのよぉ…ばかぁ…
スー…スー……」
「そういえば、お二人はどうやって僕らの場所をわかったんですか?」
「優の帰りがあんまり遅いから心配になっちゃってね。
なんだか嫌な予感がして、携帯のGPSで着てみたの!
案の定厄介ごとに巻き込まれてた。この子の無鉄砲さは母親ゆずりかもね」
「なるほど…携帯の!
優さんのお母さんって……その…
聞いてもいいのかわかんなくて聞いてないんですけど…」
「お母さんとお父さんね…4年前にいなくなっちゃったの。
二人揃って失踪…」
亜子は遠い目をして呟いた。
「…すみません」
「ううん。気にしないで。
この子も言ってたけど…私も二人は生きてると思うんだぁ。
何の根拠もないけど、なんでかそう思えるの」
勇はこれ以上は聞けなかった。
「私ね…力がないんだ」
「え?…力……ですか?」
「そう。
優に聞いてるかわかんないけど…私の家系には、ある特殊な力があるの」
「あ!
人間にとり憑いた幽霊が…その相手を殺そうとする時に現れる"印"が見えるって力ですよね?」
「そうそう。
正確には憑依していなくても、視野に入っていれば反応するけどね。
この"霊王眼"は各世代に一人にしか受け継がれない…。
お祖母ちゃん、お母さん…そして優…この三人が力を持っている」
少し悲しそうな目をする亜子。
それを察したのか勇はすぐにフォローする。
「で、でも!お姉さんはすごいんですよね!?
さっきもあの狐にとり憑かれた人と渡り合ってたし!
自分なんか、立ってもいられなかったですよ!」
「ありがとう…。
子供の頃は色々もやもやした気持ちはあったけど、
今はそういう気持ちはないし…私には私に出来ることを精一杯やればいいって思ってる」
「強いんですね…亜子さんは」
「そう…かな?(そんな事はないよ…ほんとはね)」
そうこうしてるうちに、灯りがちらほら見えてきた。
大通りに出たようだ。
車の行き来もある。
「ここまで来ればタクシーも拾えますね」
「ええ。そうね!すぐに捕まえちゃうぞー!」
そこからすぐに亜子がタクシーを捕まえて、白凪神社へ向かった。
彼女は熱こそあったが、苦しそうにはしていなかった。
すぐに神社につき、彼女は亜子さんに運ばれていった。
タクシーで帰るように言われたが、そこまで家は遠くないのでと断り、勇は一人で帰っていった。
そして二日連続の衝撃的な非日常は終わった。
そして今日…彼女は学校に出てきていない。
―――
――
「あ…もしもし、僕…天城です」
『ああ!勇君?もしかして優の事で連絡してくれたの?』
学校が終わると、勇はすぐに自宅から優の家に電話を入れた。
電話に出たのは姉の亜子だったようだ。
「はい…。その、優さんの具合はどうかなって…すみません。
気になっちゃって」
『ごめんなさいね…あの子、まだ目を覚ましていないの』
「え!!!?
それって…なんかやばくないですか!?」
『ううん…大丈夫よ。
私達にしてみればよくあることだし…多分明日には目を覚ますかな?
熱はもうだいぶひいてるし、一生懸命回復に努めてるんだとおもうわ』
「わかりました…目を覚ましたらよろしくお伝えください。
それじゃあ…失礼します」
ガチャ…!
"大丈夫"
そう言われても勇は心配だった。
とはいっても出来ることもないので、勇は木刀を振りに外に出た。
―――白凪家
ガチャ…
「…」
「誰からじゃ?」
茜は亜子に問いた。
「天城君でしたわ。
優を心配して電話をくれたみたい」
「そうか。
まぁ心配するのは無理もないかもしれぬな」
「お祖母ちゃん…あの子、大丈夫なんですよね?」
亜子も心配そうな顔をする。
勇にはこれ以上心配をかけまいと元気に振舞ってみたものの、やはり心配であった。
「案ずるな…。
自分の霊力を上回るほどの力を使ったのだ…
最低限の霊力をも底をつき、回復に時間が掛かるのは当たり前じゃ」
「うん…」
「それよりも私はしばらく家を空けなければならなくなった」
「え?」
「奥里で、かなり強力な怨霊を捕らえたそうでな。
私の力を貸して欲しいそうなんだ」
「奥里…"九鬼家"の管理下ですよね?
白凪が出て行く必要はないんじゃないの?
何もこんな時に!」
亜子は声を荒げた。
「そう怒るなぃ!
向こうにも向こうの事情があるんじゃ…。
優には主がついておれ…亜子」
「…はぁ。
わかったわ…気をつけてね」
亜子は半ば諦め顔でため息交じりに納得した。
「亜子…お前にはほんといつも迷惑をかけるの…。
あの子を頼んだよ。1週間ほどで帰るつもりじゃが…
もう無茶をしないように強くいっといておくれ」
「わかった…お祖母ちゃんこそ無茶しないでね」
茜は旅支度をしに自室へ向かい、亜子は優の様子を見に部屋へ向かった。
―――優の部屋
――
「…」
まだ目を覚ましていないようだ。
「優…天城君から電話があったよ。
心配してた…」
「スー…スー…むにゃ…ありがと…」
クスッ。
亜子は笑った。
部屋を見回すと机の上の写真たてに気づいた。
「お母さんとお父さんだ。
若いわね…私達が生まれる前かな。
この写真おばあちゃんにもらったのかな?」
「…。
(お母さん…お父さん…何処に行っちゃったの…?
私…本当は凄く寂しいのよ…。
早く戻ってきてよ…)」
それぞれの時が流れて3日の月日が経過した。
―――白凪家・優の部屋
――
「ふわぁ…むにゃ…うう………なんか良く寝たような…
何時ぃ…?」
って…8時30分!?
「やっば!!!!!
かんっぜんに遅刻じゃない!!あわわ…!!」
ドタドタドタ!!
優は急いで玄関に向かっているようだ。
「?…優?」
「お、お姉ちゃん!!なんで起こしてくれなかったのよ!!
遅刻しちゃうじゃない!!」
「ようやく目が覚めたのね!よかったぁ!」
「よくないわよ!大遅刻だってば!」
慌てて靴を履く優。
「落ち着きなさい!今日は休みよ!」
「へ…?
今なんて…?」
亜子は優に居間に来るようにと手招きした。
そこで事の経緯を話した。
―――
――
「ええええええええええええ!!
私、丸3日も寝てたの!?」
ぐるるるる…。
優の腹の虫が泣き出した。
「うう…確かにいつもよりもお腹空いてる…」
「あはは!
すぐにご飯作ってあげる!何がいい?
ちなみに今日は土曜日だからね」
あの狐とやりあったのが火曜日…水・木・金…寝っぱなし…で今日に至ると…。
「あ!ご飯はカツ丼で!
なんかこう…がっつり行きたい気分だわ」
「はいはい。
まったく寝起きの女の子とは思えないメニューね。
ま、それだけ元気でよかったわ」
あれ?
「そういえばお祖母ちゃんは?」
「ん。
今ちょっと用事で遠出してるわよ」
「用事?遠出?」
亜子は料理の準備をしながら答えた。
「奥里へね。何でも強力な怨霊が出たらしくって。
手に負えないから助っ人として呼ばれたみたい」
「奥里って…結構遠くじゃない。
そこの管轄って…九鬼家じゃないの?」
日本は
中央部(暁-アカツキ-)・北部(奥里-オクザト-)・南部(天玖-テンク-)・東部(久木-ヒサギ-)・西部(飛鳥-アスカ-)
この五つの地にて成り立っている。
そして各地には私たち白凪家のように霊と深い関わりを持つ者たちがいる。
私達の住む東部・久木は白凪家。
西部・飛鳥は緋土家。
中央部・暁は草馬家。
北部・奥里は九鬼家。
南部・天玖は相良家。
この五家が知られざる守人としてその地の霊を鎮めてきた。
「なんか…向こうには向こうの事情があるんだってさ」
「ふぅーん…」
「それからね!お祖母ちゃんからの伝言!
"もう無茶なことはしないこと!!"
だそうよ」
「はぁーい!
流石に身に染みましたよーっだ!」
「…あんまりお祖母ちゃんに心配かけないであげてね。
あれで、かなり心配してると思うから」
…。
「うん…。
それから…ありがとうお姉ちゃん」
「ん?」
「ちゃんと言えてなかったでしょ?
こないだは助けてくれてありがとう」
姉は微笑みで返した。
「な、なによ!今の顔!」
「べぇっつに〜!
よしっと!亜子特製カツ丼できたわよ!
さぁたぁんと召し上がれ!」
亜子の自慢のカツ丼は物凄く美味しそうだった!
「わぁ…!おいしそう!!
いっただっきまぁぁす!」
パクッ
「ん〜〜〜〜〜〜〜!!」
染み渡るってこういう事を言うのねぇ!
生き返る〜!
「亜子ねぇ絶対いいお嫁さんになれるよ!」
「あはは。ありがと!おかわりあるからね!
たんと食べて早く元気になんなさい」
そうだね。
うん!彼にも…お礼言わなきゃだし!
第7話 完 NEXT SIGN…