第6話 それぞれの戦い
SIGN 序章
第6話 それぞれの戦い
狐は物凄い速さで茜に向かって駆け出した。
その動きは元来の"狐"のように手を地面についての4足歩行だ。
さきほど、一瞬にして優たちの目の前に現れたときもこの動きだったと思われる。
優と勇にはこの動きを目で追う事は無理だったが、茜と亜子は素早く反応していた。
が、それよりも早く狐は体当たりで祖母を吹き飛ばした!
物凄い速さからの一撃に、祖母は空を舞う。
しかし、ガードは間に合っていたようで、中空で態勢を整えると
衝突で動きが鈍った狐に札を投げつける!
「はっ!」
同時に亜子も札を放つ!
しかし、この両者の札は地面へ落ちた。
一瞬早く狐が上空に逃れたのだ!
スタッ!
茜は何事もなかったように着地した。
「お祖母ちゃん!」
「なぁに…大丈夫じゃわい。
それよりも思った以上にすばしっこいわ…
目では追えても、体がついてこん…年は取りたくないもんじゃな…」
「ですがこれは勝機ですよ。お祖母ちゃん」
空を見て二人はうなづく。
そう!空では身動きは取れない!
かっこうの的である。
「出し惜しみはなしじゃ!速攻で終わらすぞ!」
「はい!」
二人はありったけの札を落下してくる狐に放った!
バババッ!
札は全てが狐を捕らえ、体中に張り付いた!
「やったか…!」
「いえ!…ちがいます!!」
亜子には見えていた。
ドサッ!!
狐はそのまま地面に勢いよく叩きつけられた。
かなり高く飛んでいたから恐らく2階、3階から飛び降りた程度のダメージが器の肉体にはあるだろう。
「ギリギリの所でその男の体から抜け出ましたわ…」
「ふむ…新たな憑代を手にするつもりか…」
『はっ!』
二人は同時にはっとして後ろを振り返った。
「ゆ、優ッ!!」
見ると優が立ち上がり、片腕で勇の首を挟みこんでいる。
物凄い力なのか、勇はもがきながら、優の腕を必死にはがそうとしている。
「…くくく…いい体だ…。
このままこの男の首をへし折ろうか…」
優はさらに力を込め、勇は苦悶の表情が一段と増している。
「く…!このままでは勇君が!」
「迷うことはないぞ亜子!優を攻撃するのじゃ!」
茜はすぐさま優に向かって突進した!
「!」
この茜の判断は狐の思考にはなかった。
そのため反応が一瞬遅れた。
「破ッ!」
茜は優の額に札を貼り付けた!
その瞬間凄まじい光を放ち、優は後方に吹き飛んだ!
「ふん…仲間だから手が出せぬと踏んだか?
浅はかだのう…」
「お祖母ちゃん!無茶しすぎです!
いくら、対霊体用の札とはいえ…あんなこと!」
「ふん…おしおきじゃて!
それに今のはよぉ利いとる!ほほ」
「ぐぐ…この…ッ!!
老いぼれがぁぁッ!!この娘の魂を喰らってやろうかッ!」
「くっ!
(そうよ…!下手に刺激すれば、器の魂を攻撃する…!
そんな事お祖母ちゃんならわかっているはずなのに…!一体どういうつもりなの!?)」
「ほっほ…!やれるものならやってみるがいい!
出来るものならな!」
茜は狐を挑発する。
さすがの狐も冷静さをかき、感情に任せて怒りを抑えられないでいるようだ。
「お祖母ちゃん!」
「黙っているがよい!お主は天城君を見ておれ…」
亜子は不安そうな顔をしながらも、言うとおりに勇の肩を担いで二人から離れた。
「くっく…くはははっは!!
いいよ!お前がやれって言ったんだからな…後悔するなよ!?」
「ふん。その子を誰じゃとおもっとるんじゃ。私の孫だぞ。
御託はええからはよぉやらんか!」
「ッキッシィィィイィィイイィ!!!!
死ねぇえええええッ!!」
―――
――
…ここは…どこ…?
暗い…。
何も聞こえない…。
何も見えない…。
完全なる無…。
私いったいどうしたんだ?
「…優さん」
え?
「僕です…天城勇です…」
天城君が見える…。
なんでこんなところにいるの?
「それは…あなたを…」
勇がそっと優を抱きしめた。
!…ちょっと…。
何をするの…?
「ずっとこうしたかった…。
僕はあなたが好きです…白凪優さん…」
なんだろう…この気持ち…。
とても暖かい気持ち…。
嬉しい…のかな?
私…。
「これからも…僕と一緒にいてくれますか…?」
うん…。
こんな何もない世界でも…あなたと一緒なら…。
それもいいかもしれない…。
「優さん…」
勇は優を強く抱きしめた。
――――
―――
「お祖母ちゃん…!
優の霊気がどんどん小さくなってる…!もう限界です!」
「落ち着かんか亜子!
大丈夫…信じるんじゃ…あの子を…」
横になり亜子の回復を受けていた勇が起き上がった。
「亜子さん…もう大丈夫です。ありがとうございました」
「ううん…。何度も巻き込んでしまって…あなたには本当に迷惑ばかりかけてるわ」
「迷惑だなんて…。
僕は彼女と…優さんと一緒に話したり、行動するのが楽しいです。
今まで見ているだけしか出来なかった彼女ですけど…、昨日偶然話すことができて…
まるで今までずっと仲の良い友人だったかのように…本当に自然と仲良くなれたんです。
それが自分ではすごく嬉しくて…」
「勇君……。
あなた…優のことが好きなのね…」
「はは…。
ですね…僕は白凪優さんを好きです…。
一番大切な人かもしれない」
そういうと勇は木刀を手にして優の前に立った。
「だから、彼女を失いたくないです…。
今の僕にはきっと彼女の助けになることは何も出来ないかもしれない。
だから…!」
勇は目を閉じ、剣を構えた。
「せめて…応援をさせてください。
優さん…あなたは今必死に戦っているんですよね…。
僕も一緒に戦わせてください……はッ!!」
勇は気合を入れた!
「!…おぉ…!
なんという霊気じゃ…!昨日よりも…」
「ええ…!さらに力強い!」
(…優さん…頑張って!)
―――
――
なんだろう…?
「どうしたの…?さぁ…もっと寄り添って…一つになろう?」
…よくわからない…なんかザラつく…この感じ…。
優は腕を伸ばし、勇を突き放した。
「…!…何を言っているの?
さぁこっちにくるんだ!」
勇は強引に優の腕を引っ張った!
痛ッ…!
やめてッ…!
「…」
あなた…だれ?
天城君じゃない…。
「…何言ってるんだよ…。
僕だよ。天城勇!ほら…この顔…ね?」
違う…。
あなたの顔は…なんだか作られた笑顔だよ…。
「え?」
あの人はね…本当に心の底から笑うの。
悲しいことがあれば心の底から悲しむし、
悔しいことがあれば心の底から悔しそうにする…。
そして何より、私と居る時の彼の笑顔はそんな作り物じゃない!
「…くく…!」
あなた…だれ?
「狐様だよ…愚かな人間君」
勇は突如豹変して優に襲い掛かった!
両の腕で優の首を締め付ける。
それを解こうと、両の腕を掴むも、力の差は圧倒的だった。
ぐ…ぐぅ…ッ!
か…カハッ………!
『優さん!負けないで!』
!!
その時優は確かに聞こえた。
勇の励ましの声が。
「は…はは………!
あ…なた…に言われなくてもねぇぇッ!!」
「な、なに!?」
締め付ける勇の両腕を逆に握力で締め上げ、首から振りほどいた。
「なによ…狐ごときがえらっそーに…!
あんたなんかね…こわくッ!!
ないんだからねぇーーッ!!」
優はそのまま勇を投げ飛ばした。
「な…なんなんだ…お前達は……。
これが人間の底力とでもいうのか……」
「人間をなめんじゃないわよ!このコンコン狐ちゃんめ!」
はぁ〜っ!
優は自分の右拳に息を吹きかけた。
「な、なにをする気だ…!」
せぇ〜っ…のッ!!
優は得意の右ストレートを勇の顔面に思い切りぶつけた!!
「ぐはっ!!」
勇は闇の空間で勢いよく吹き飛んだ。
どう?まだやる?
「…く…!ふざけやがって…!ならばこれでどうだ!」
!!
その瞬間天城勇の姿から…白凪亜子の姿に一変した!
おねぇ…ちゃん?
「そうよ…優。
もう辛いことはないわ…一緒にいきましょう?」
うん。
優は亜子に近づいていった。
そう。
射程内に入った瞬間!
彼女の速射砲が火を噴く!
優の右ストレートが亜子の顔面を吹き飛ばす。
「…ば…馬鹿か貴様!?
お前の大事な姉だろう!?」
関係ないよ。
いくら姿かたちを化けてみても…あんたは亜子ねぇじゃない。
どんなに上手く化けたつもりでもね…わかるんだよ。
ばぁーっか!
「だ、だからといって…こんな全力で殴れるものなのか!?
お前の祖母といい…なんなのだこの者の血筋は!?」
うっさい奴だ!
この暖かい感じ…あの人が応援してくれてる…。
届いてるよ…天城君。
あんたには悪いけど、倒させてもらうわ…!
「私を倒す…?笑わせるねぇ…外じゃ、ガクガク震えてた奴がよくもまぁ!」
自分でもわからないんだ。
何故かアンタにこれっぽっちも負ける気がしないんだよ。
「ほざけぇッ!!!!!」
亜子の姿のまま襲い掛かる狐!
優は妙に落ち着いていた。
本来凄まじい速さだった狐の動きが、まるでスローのように遅く感じた。
本当ならアンタはこの地に来ることなく平穏をすごすはずだった…。
その点に関しては私達人間が悪かったと思う。
「ごめんね」
!!
この時何かが起こった。
すべてを包む闇が完全なる光に飲まれた。
そして…一つ確かな事は…狐の霊魂は完全に光が消し去った。
それだけは間違いなかった。
――――
―――
「…」
優はゆっくりと顔を上げた。
「白凪……さん?」
「ただいま…!」
第6話 完 NEXT SIGN…