第36話 夏休み編/修行15
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第36話 夏休み編/修行15
「お祖母ちゃん入ってもいい?」
「…入りなさい」
夜分に茜の部屋を訪れたのは亜子だった。
「珍しいのぅ…どうしたんじゃ?」
「うん…。ちょっと話があってね」
亜子は祖母の隣に座った。
「今日…傀儡人形で優たちと実戦をしたんだってね」
「うむ…。少々荒っぽかったが、自分の実力も掴めるじゃろう…。
実戦に勝る修行はないからな…」
「なんで…優はともかく、他の子たちはそこまでする必要があるの?」
「…。私は間違った選択をしておるのじゃろうな…。
だが…今は…彼等を信じて続けるしかないんじゃ」
「どういう事なの…?
こんな急成長を望むようなことするなんて…!
まさか…」
「わからんが…近いうちに何か途轍もない事が起きるような…そんな胸騒ぎがしてやまないんじゃ。
ほんの1ヶ月ほど前に異常なまでに狂気化した霊たち…。
そうかと思えば、ここ最近は全く刻印を見ることもない。
何かが起ころうとしておる…」
茜は真剣な眼差しで両手を組んだ。
「でも…もし何かあっても私やお祖母ちゃんがいるじゃない!
未熟とはいえ…あの子もやってくれるわ…それだけじゃ心もとないっていうの?」
「私も力を大きく失ってしまったからの…。
正直不安は否めん…。彼等若い力が必要なのじゃ…わかってくれ…亜子」
「私は…お祖母ちゃんが憎まれるんじゃないかって…。
そんなの嫌だもん…」
「ありがとう…亜子。
私は恨まれようが構わぬよ…それに無理強いはしないつもりじゃ…。
ここで得た力で、せめて自身の身を守れればそれでよい」
「お祖母ちゃん…。
あまり無理はしないでね。
まだまだ元気で居てもらわなきゃ…ね。
優も私も…皆お祖母ちゃんが必要だから」
そう言って亜子は部屋をあとにした。
「…。"鉄"…今何処におるんじゃ…」
今宵はそれぞれがそれぞれの想いを胸に、静かに流れていった。
そして夜は明ける。
―――
――
8月16日(日)
AM8:30―――
「ふわぁ…よく寝た…」
今日は日曜日…ゆえに修行は休みだ。
司はすでに部屋をあとにしてるようだ。
布団が綺麗に畳んである。
優は起き上がり、着替えを終え、そのままリビングに向かった。
「お姉ちゃんおはようー」
「おはようー!体は大丈夫?」
「うん。なんとかね。皆は?」
「司ちゃんはお出かけしたみたいね。
男子達はなんか朝早くから皆で出て行ったわよ?」
そうなんだ…?
遊びにいったのかな?
「何処に行くかは聞いてないの?」
「うん。ただ、修行する時の服装だったから、どっかで特訓してるんじゃない?」
ええ!?
休みだって言うのに…男子は真面目ねぇ…。
―――
――
その頃朝霞山では…
「頼む…修行をつけてくれ」
石動和馬に頭を下げる男子一同。
「お、おい!頭上げろよな!」
「じゃあ修行をつけてくれるんだな!?」
須藤が食いついた。
「ちょ!落ち着けよお前等!…いいか?
この際だからハッキリ言ってやんよ!」
和馬は全員を座らせた。
「昨日の戦い…黙ってみてたが、ありゃ勝つのは難しいだろ」
「それって…いくら修行しても無駄ってことかよ」
「そうは言ってねぇよ片桐。
ただ、今日明日で倒せるようになるには厳しいって話だ。
あれはいわば、バァさんを相手にしてるようなもんで、普通に強敵すぎんだよ。
勝てなくて当然だっての」
「そう…なのか?」
「バァさんの霊力を込められて動く傀儡人形…すなわちバァさんの分身みたいなもんだ。
まぁ人形を操作する分の霊力を差し引いて、本人よりは多少弱くはあるけどな。
だが逆に無限の体力、痛みや恐怖心を感じない強み…総合的に見ても本人に遜色なくなるだろうよ」
「おばぁさんは何を想って僕等を戦わせたんでしょうか…。
圧倒的な実力差があるのはわかっていたと思うし…
それを知った上であの実戦をする意味ってあったんでしょうか?」
「勇。俺には昨日の一戦…意味のあるものだと感じたぜ?
霊撃の怖さや、自分の実力が解ったろ?
それだけでも十分に価値があるさ。
次やりあう時は嫌でも霊撃に注意するだろうし、
自分が出来る事、出来ない事がわかれば…これからの課題も解りやすいしな」
「確かにな。勝つことだけが全てじゃない…か。
アンタから見て、俺達は何をどう伸ばしていけばいいと思う?」
須藤の問いに和馬は少し悩んでから口を開いた。
「須藤、お前はまだ殻を破ったばかりだから、ハッキリ言えば普通の人間とさほど変わらない。
その上、見た感じ霊気も霊力もそれほど強いものでもなさそうだ。
だから地道に基礎特訓を重ねることだな。お前は喧嘩慣れしてるし、
霊気の操作さえ覚えれば十分に戦えるはずだ。片桐、瀬那…お前等にも言えることだな」
「"攻"に"守"…どちらも"視"の修行が終わらないと取り掛かれないな。
早いとこ次のステップに進みたいぜ!」
「お前等、何も視る修行一点に集中しなくてもいいんじゃねぇか?
こいつは焦ってどうこうなるもんじゃないし、霊気の流れを掴んだり、自分で操作できるように
そっちも平行してやってれば、次のステップの習得も早いはずだ。
つっても霊気が目に見えないとイメージしづらいけどな」
「僕の…僕の欠点は…」
「勇…恐らくお前自身、自覚してると思うが、
やはり霊力が少ない点だ。これは攻守に渡り致命的だ。
お前は霊気がずば抜けて高い。だからお前の攻撃は見た目以上に凄い威力なんだ。
先日の戦いでもお前さんの一打が恐らく一番威力が高かった。
白凪優の狐火以上にだ」
「そ…そうなんですか!?僕の一撃が…」
「だが、霊力が乏しい分、一撃放つと半分以上の霊力を失うことになる。
これじゃ、攻撃も出来んし、相手の攻撃を下手に喰らえば一撃でおだぶつだ。
だから課題は霊力強化だなぁ。あとは霊力配分調整とかな。
そんだけ霊気が強いんだ。無駄に霊力つぎ込んで放たなくても十分に威力が出せる気もするし…。
まぁそのあたりかな」
「ありがとうございます!」
「んで、ノッポ、デブ、メガネだが…」
「誰がノッポだよ!!」
「デブっていうな!!」
「メガネですが何か!?」
日下部、岡島、椎名が一斉に食いかかった。
「ちょ…冗談じゃないか…そんなムキになるなよ…。
大樹と新二は肉体的にキレがまだ無い。
喧嘩もあんましたことないし、戦いなれないと厳しくもある…。
だが、逆に霊術に長けていけば、それを十分に補えるわけだ。
現状…どちらを頑張ればいいかと言われると困るけどな」
「あの…僕は?」
「一に一つ朗報だ。
昨日強力な一撃喰らったおかげで殻が完全に破れた。よかったな」
「で…僕は何をどうすればいいんだよ!」
「基本的には新二と大樹と同じだ。
お前も喧嘩慣れしてないし、体力もそんなにあるわけじゃないしな」
「ふん!」
「んで最後、ガキ!」
「オイラ?」
「お前は基礎部分はよく出来てる。
霊力も申し分ない。補うべき部分は霊気の操作と霊気自体の強化だな。
由良葉は手数が多いが、一発一発が軽すぎるんだ。
威力が大きければ十分戦力になる。
にしても狐火モードだったか?あれになるの時間かかりすぎ。
あれじゃ本当の実戦じゃ使い物にならんぞ」
「ぶぅ!」
和馬の分析が終了した。
皆、各々の課題が見えてきて明るさを取り戻したようだ。
昨日は流石に惨敗がショックだったのか、皆沈みっぱなしだった。
「てか、せっかくの休みだってのに、なんでこんな野郎共ばっかと山で修行なんだよ…はぁ」
「あら?華もおりますわよ?」
木陰から出てきたのは夕見司とシロだ。
「ぶ、部長!」
「つ、司ちゃん!」
瀬那と和馬が食いついた。
「和馬さんの分析…実に的を得てましたわね。流石ですわ」
「い、いやぁそれほどでも…あるかなぁ」
鼻の下を伸ばす和馬。
「部長…なんでこんな場所へ…」
「隠れて修行するつもりだったんですけどね…来て見たら皆がいるんですもの」
「司!早くわらわに力をくれ!」
シロが司の胸元でジタバタしている。
「力をくれ…って、司ちゃん、こいつの呪印を解くつもりなのか!?」
「いいえ。完全に解くつもりはないですわ。
でも、人間の姿への変化ぐらい出来るほどにはしてあげようと思って…。
やっぱり、今のままだとこの子戦力にならないし」
「きぃいい!!主がこんなフワモコに封印するからじゃろう!」
「あら?じゃあなに?ワラ人形だったらよかったの?」
「う…それはそれで嫌じゃ…」
「てか…戦力って…」
「あら?このままで終わりじゃないのでしょ?
もちろんリベンジをするのよ」
「リベンジって…司ちゃん…聞いてなかったかもしれないけど、
傀儡人形に勝つのは厳しいと思うぜ…?残念だけどな…」
「だからといって、負けっぱなしは性に合いませんわ!
あなた方もそうなのでしょう?だからこそここにいる」
「だな」
須藤と片桐がニヤッと笑った。
「まぁ出来るだけのことをやってみましょう!」
「ふふ!皆で頑張ってお祖母様を驚かせましょう!」
「ちょっとおおお!!!皆こんなところで何やってるのよ!
私を仲間はずれにしないで!」
優が茜、亜子を引き連れやってきたようだ。
「ふふ。聞きました?
あの子達、恨むとかそんな気持ち全然ないみたい」
「じゃな…いい子らじゃ」
「皆ー!お弁当持ってきたから、お昼食べましょー!」
亜子の呼び声で皆一斉に集まってきた。
辛いこと、苦しいこともあるけれど…こうやって支えあえる仲間がいる私はきっと幸せなんだろうな。
第36話 完 NEXT SIGN…