第32話 夏休み編/修行11
SIGN 序章
第32話 夏休み編/修行11
「おい、あれ見てみろよ」
塾に向かう椎名一を見てニヤける男子3人組がいた。
「あいつD組の椎名じゃね?」
「ああ。オカルトクラブだっけ?キモいオタクだよな。
成績はいいかもしれねぇけど、俺はあんな根暗にはなりたくねぇわ」
中心の小太りの男子がわざと聞こえるように大きな声で行った。
「…。
(同塾の三人組か…めんどくさい奴らだ。係わり合いにならないようにしよう)」
一は聞こえないフリをしてそのままやりすごそうとした。
「おうおう。無視されちゃったかな。さすが優等生」
「でもアレだよな。いつも女の尻について回って。
ありゃほんとに男かね」
「あの女も見た目はいいけど、オカルトオタクじゃ気持ち悪いったらないよな!
まぁ似たもの同士気が合うんだろ!ひゃはは」
「!…」
一は振り返って三人組に歩み寄った。
「んだよオカルト野郎!文句あるんですかぁ?ひゃはは」
「どうせ怖くて何も出来ないもやしっ子だろ!
ねぇ椎名くん?あっはははは」
「…まれ…」
「あぁ!?何だって!?聞こえないぞ!
ハッキリしゃべれよオカルト野郎!」
「謝れって言ってんだ!この腐れ豚野郎がッ!!!」
椎名は中央の小太りの男に向かって怒号を放った。
「あぁ!?なめてんのかてめぇ。
おい!お前ら」
『へへ…!OK』
周りの二人に命令をして椎名を羽交い絞めにさせた。
「は、放せっ!!」
「よし路地裏に連れて行こうぜ」
一は抵抗するも、体格で劣る二人になすがまま、路地裏に連れて行かれた。
―――
――
ドガッ!!
「ぐはっ…!」
一は羽交い絞めにされたまま小太りの男に殴りつけられていた。
「ちょ!弱ぇえ!マジもやしじゃんコイツ」
「はぁ…はぁ……」
一はキッと小太りの男を睨みつけている。
「…気に入らないな。んだ!その目はッ!!」
バキッ!!
男の蹴りが一の鳩尾を抉った(えぐった)。
「…!!」
悶絶する一。
「もういいよお前ら。
放しちゃって。つまんねぇしこのカス」
「……くく…」
一は解放されたと同時に笑い出した。
「んだこいつ…笑ってやがる」
「悪いね…あまりにも可笑しくてね…」
「あ?」
「一人じゃ殴りかかることも出来ない豚が人語を喋るなよ…。
どっちが臆病者だかね」
挑発をする一はフラフラと立ち上がった。
「ぶっ殺す!!」
男は思い切り突進してきた。
ドガッ!!
フラフラの一に攻撃をかわせるわけもなく、一を体当たりで吹き飛ばした。
そして男は倒れる一に馬乗りになって顔面を殴った。
「はぁッ!!はぁッ!!…これで許してやるよ雑魚!」
一にはすでに反撃する力は残っていなかった。
「…っせぇよ…」
自分だけでなく司までバカにするアイツが許せなかった。
そして、何も出来ない自分にもそれ以上に腹が立った。
一は悔しさで涙が流れた。
ぶつけようのない怒りが一を苦しめていた。
「おいてめぇら行こうぜ!
あんな野郎に構ってたらこっちまでオカルト野郎になっちまうぜ!」
下衆な笑い声がやけに耳について離れない。
さっきまで立ち上がる力すらなかったのに…
気づいたら一は全力で走っていた。
「うおおぉおぉおあおおおあおあ!!」
そして奴の背後へ思い切り体当たりをぶつけた!
ドンッ!!
勢い良くぶつかり、不意打ちだったこともあり小太りの男は大きく吹き飛んだ。
「はぁ…はぁ……。
ざまぁみろ…豚野郎…」
「て、てめぇ…殺すッ!」
一はこの後に今以上に痛めつけられるのを覚悟していた。
だが、気分はそれほど悪くはなかった。
一矢報いるという事実。
自らの肉体でそれをやってのけるということは、一の中ではありえない事だった。
殴られたら、殴り返す。
いわゆる一つの男らしさ。
"そうありたい"と…思ってはいた。
だが、体力も勇気もない自分には出来ないと…
"ありえないことなんだ"と勝手に決め付けていた。
その自分の中の常識を崩し、理想の男らしい自分を一瞬垣間見たことは純粋に嬉しかったのだ。
苦痛を伴うことや…辛いことから目を反らし、無難な道をひたすら歩んできた一を一変させたのは、
"このままやられっ放しじゃ気持ちがおさまらない"
そんな今までにない感情が沸いたせいだった。
司を馬鹿にされたことや、何も出来ない自分…それらに対する怒りが一をそうさせたのだ。
「…」
一は覚悟を決めたように目を閉じた。
ドガッ!
「……え?」
3人組がのされている。
「大丈夫か?」
一の前には通りがかった須藤と片桐が立っていた。
もちろんこの二人と一は面識など無い。
「あ、あぁ…」
「俺はおめぇらとは全く関係ないし、どう揉めようが俺らの知ったこっちゃない。
だから手を出す気もなかったんだけどよ…
強い相手ならいざ知らず…いかにもインドアな奴に三人がかりは男じゃねぇ。
悪かったな、つい手が出ちまった」
それだけ言うと片桐と共に二人は路地裏から出て行った。
「…なんだ…あの不良…いい…人?」
『あ!片桐先輩…』
『お前は…夕見司……奇遇だな』
表通りから司の声が聞こえてきた。
「い…つつ…」
一はフラフラしながら路地裏から出て行った。
「私は友達を尋ねにちょっとそこの塾に行こうとしてたんです。
お二人は…まさか…決闘!?」
「お、おいおい…なんでそういう発想になるんだよ…。
紹介するぜタメの須藤彰だ。
この子は俺が修行してる…まぁ…なんだ…仲間だ」
「何赤くなってんだよてめぇ…。
その子が勘違いしたの、俺のシャツの血だろ。
あーあぁ…洗ったばっかだっつーのに…」
須藤は先ほどの喧嘩で返り血を少しシャツにつけてしまったようだ。
「片桐先輩の友達ですか…。
夕見司です。よろしく」
「須藤彰だ。こちらこそよろしく」
二人は握手した。
「なんだよ部長…そんな不良にも顔が利くんだ?」
「!!…一!ど、どうしたのよ!そのボロボロの姿!」
司は慌ててボロボロの一に近寄った。
「大丈夫!?眼鏡割れてるし…フレーム曲がってるし…。
顔はれてるし!鼻血出てるし…口切れてるし!
あなたでも喧嘩なんかするのね……はっ!まさか!?」
司は須藤の顔を見た。
「おいおい!お、俺じゃねぇよ!」
「あぁ。その人が助けてくれたんだ…」
「そ、そうだったの…ごめんなさい須藤先輩」
「べ、別にいいけどよ…。
んでさ、片桐から聞いたんだけど、修行してんだろ?
俺も参加させてもらおうと思うんだ」
司は須藤をじっと見つめた。
「霊気を普通の人以上に感じる…。
変なことを聞くかもしれないですが…須藤先輩…。
霊とか見えちゃったりしますか?」
「…あぁ。見えるよ…。
それに白凪神社でやってんだろ?面識ある奴らは何人かいるから…
多分許可してもらえると思うんだが…」
「ならきっと大丈夫ですわ。
きっと苛める相手が増えてお祖母様も喜びになると思うし」
「い、苛めるってなんだよ…」
「まぁ修行が始まればわかんよ…くく」
片桐は不気味な笑みを浮かべた。
「あのさ…」
一が口を開いた。
「ん?」
「いや……その…。
ううん…なんでもない」
そう言って塾に向かおうとする一。
「一…あなたを迎えに来た」
「!」
「私は強制はしたくないけど…やっぱりあなたがいないと寂しくもあるわ。
でも、やっぱり何度も誘うべきじゃないと思ってるし…一度しか言わないわ。
一緒に修行しない?」
司の言葉を背中で聞いていた一はゆっくり振り返った。
「僕も…強くなれるのかな…」
「ええ…あなたならきっとなれるわ」
一は小さく頷き笑顔を見せた。
―――
――
8月3日(月)―――
AM7:45――
「今日からこの二人が修行に加わることになった…
まぁよろしくしてやってくれ」
「片桐と腐れ縁の須藤彰だ。
まだ何もわからないけど、よろしく頼むよ」
「須藤先輩!来てくれたんですね!」
「天城!あぁ!面白そうだしな!
何より片桐に差をつけられるのも面白くないからな」
「ふん…」
片桐先輩なんだか嬉しそうだな。
やっぱライバルが居た方が修行に身が入るんだろうか。
「まさか須藤まで合流することになるとはな…」
「瀬那…こうして喋るのは久しぶりだな。
相変わらず不健康そうだけど、体はずっと鍛えてたみたいだな」
「まぁ…な。
俺には"約束"があるんだよ。大切な人との約束がな…。
そのためにも強くならなきゃって思ってるんだ」
「そうか…まぁよろしく頼むぜ」
―――
――
こうして新たなメンバーを加え修行が始まった。
午前中の修行は岡島大樹と日下部新二以上に椎名一は苦戦していた。
元より運動は、やる必要があるときのみで、その他はまったくしてこなかった一。
筋トレの時点でバテバテに。
そんな一を岡島と日下部が支えるように一緒に頑張っていた。
「なんだろう…なんか調子上がってきたかも」
そう実感していたのは優だけではなかった。
わずか1週間の修行ではあったが、元々運動不足等でほぼ0からのスタート。
それゆえに伸びも大きく感じるのだ。
だが一方では午後の霊術の修行はあまり芳しくないようだ。
Aチームの白凪優・夕見司・天城勇・石動和馬・神楽由良葉は霊気を見えるための修行を言い渡され、
勇と由良葉以外はそれをクリアしたものの、残る二人は一向に成果が現れないでいた。
Bチームも同様に成果が出ていなかった。
片桐亮・瀬那稔・岡島大樹・日下部新二に加え、須藤彰と椎名一もBチームとして霊気を完全に覚醒するために
殻を破る修行をしている。
内容的には朝霞山の頂上での座禅。
ただひたすらにそれを続ける。
しかし、1週間経って誰一人として結果が出ていない。
祖母いわく変化はあるらしいのだが、何分自覚できないため本当なのかが解らず苛立ちも見られ始めているようだ。
とにもかくにも今は信じて頑張るのみ!
第32話 完 NEXT SIGN…