第2話 破邪の刃
SIGN 序章
第2話 破邪の刃
私の武器は一つ…。
邪を祓う霊力を込めた札…これのみ。
私自身が作ったものが数枚と、お祖母ちゃん仕込みの破邪札が2枚…。
今は目の前の、あの女性から確実に祓う。
本当はこんなやり方、嫌だけど…ごめんね。
私の力が足りないばかりに…。
でも死ぬわけにはいかないの…勝手なことを言ってるかもだけど…。
大丈夫、私を信じて…あの男もタダで済ますつもりはないからね!
「いくよ…!」
優は残る力を振り絞り、麗子に向かって正面を駆け出した!
「邪なる魂よ!迷わず逝かれよ…神のもとへ…!!はぁッ!」
優は麗子の頭部に札を貼るべく、腕を突き出し突進した!
が…その瞬間激しい痛みが優の腹部を襲う!
「ガハッ…!」
何者かの腹部への打撃。
優の体はくの字型に曲がってしまった。
「く…!」
見ると他の死体が横から足を出して突進を止めたようだ。
自身の前に進む力と向かってくる力が重なったせいでダメージも大きいようだ。
「邪魔…死ね…殺す」
だめだ…あの女性の狂気にあてられて、他の6人も狂気化した…ッ!
このままじゃヤバイ…!
しゃがみこむ優に追い討ちをかけるべく理性を失った死体が襲い掛かる!
ドガッ!!
その時だった。
何が起きたかわからなかったが、死体があらぬ方向へ飛んでいったのだ。
「!?」
「はぁ…はぁ……大丈夫ですか!?」
この声…
まさか………!
暗闇から姿を現したのはクラスメイトの天城勇だ。
「あ、あなた…なんでここに!?」
ということは、今ふっとばしたのって……この人がやったの!?
「……これはどういう事ですか…ッ!
僕は夢を見ているのか……死体が動き出すなんて…バイオハザードですか!」
「はは…。
悪いけど、これは夢でもなければゲームでもないわ…現実よ」
「どうやら…そのようで…!はァッ!!」
迫り来る死体たちを容赦なく木刀でなぎ払う天城勇。
この人…強い!
ただの天然じゃなかったのね…!
「はぁ…はぁ!やっぱゾンビって殴ったくらいじゃ死なないですね…!
次から次へとキリがなく起き上がってくる!
あ、すでに死んでるんでしたっけ…!ははは」
「ははは…じゃない!いくらやっても意味はないわ!
体に傷はつくけど、基本的にダメージはないんだから。
やるなら粉々になるくらいじゃないとダメよ…」
っていっても、そんなこと出来ない…。
気持ち的に無理よ…この人達は罪も無く殺された人達だもの。
「うらぁぁっ!!」
バキッ!!
勇は近づく死体を容赦なく打ちのめす!
「って…あんた!何容赦ないことしてるのよ!?
この罰当たりッ!!」
「あ…やっぱりそうですよね……。
僕、呪われちゃったりしちゃいますかね…」
ありえるぞ…いやほんと…。
「……でもね。僕、あなたを…白凪優さんを死なせるわけにはいかないんです。
僕は最悪呪われちゃっても、ほら、そこは巫女様の力で助けてください!
ね!」
そういってニコっと笑いかける勇。
「天城君…」
こんな時だっていうのに…。
ありがとう…。
「とにかくどうすれば、この状態から脱せるかを考えてください!
僕自慢じゃないですけど剣に集中してる間は物事を深く考えられないんです!」
天城勇は迫り来る死体をなぎ払いながら言った。
「わかったわ…!
天城君…難しいことかもしれないけど、彼女たちをこれ以上傷つけないで!」
「………ですね…!これでも自分心痛んでますから!
女性に剣を振るうなんて、剣士失格です!」
ガシッ!
「え!?」
そういうと優の腕を掴んで全力で死体たちの間を駆け抜けた!
「ちょ、ちょっと!…ッつ…!」
「ごめんなさい!
あなたが何処か傷めてるのはわかりますが、今は辛抱して足を動かしてください!」
全力で駆け抜ける二人、死体たちも反応はするものの、動きは鈍いようだ。
「そ、そうじゃないの!
逃げないで!もういいから止まって!」
優がそう叫ぶと天城は足を止めた。
「はぁ…はぁ……」
「な、何故なんです?
このままじゃ、また襲われるだけですよ!?」
「ふぅ…。いい?
一つ!私は自分から首を突っ込んだことは最後までやり遂げる主義。
二つ!このまま私たちが逃げれば確実に無関係な人間が襲われる。
だから逃げない!
お願い…あなただけ逃げて…」
「じゃ、じゃあせめて警察を呼ぶとか!」
「足手まといよ…。
状況を把握できず混乱……何の役にも立たないわ。
あなたのその冷静さのが普通じゃないわよ」
「そ、そうなのかな。はは…」
この天然がっ!
適応力ありすぎだっての!
こんな非現実な状況…パニックに陥って当然だってのに…。
「さっきはありがとう…助けてくれて。
私なら一人で大丈夫だから。もう行って!」
「ううん。
僕は逃げないよ。君をおいて逃げるわけにはいかない」
「何を…言って…!」
「ね!」
彼の力強い目を見たら断れなくなった。
「天城君も馬鹿な人だね」
「かもね。はは!
んで、僕に出来ることは?」
出来ること…か。
彼に注意をひかせて…その隙に札をはる…。
…!?
札が……
「………う…嘘!?」
「ど、どうしたの?」
ふ、札がない…。
さっきの場所に落としたの!?
「…はぁ……。
私としたことが…もうダメ…。切り札を落としてきちゃった…」
優はその場にしゃがみ込んだ。
「……白凪さん…僕がやります…。
あのゾンビさんには悪いかもしれませんが…徹底的に倒す以外無いのであれば…」
勇は木刀を握る手に力を入れた。
「木刀……。
ッ!……これしかないか…!」
何かを思いついた優は立ち上がった。
「天城君…その木刀私に貸してくれない?」
「それは構いませんが…
白凪さん、剣を使えるんですか?」
「やったことはないけど、一時的には振りぬけるはず」
霊力を使って筋力を一時的に高めれば…やれないことはないはず。
「それだったら僕がやりますよ!
そのほうが確実ですよ!」
「そうじゃないの。
その木刀に私の霊力を込める…霊に打撃は通じなくても、これなら通じるはず!
呪印を書けないから長い時間、霊力を木刀に留めていられない…
だからあなたにやってもらうわけにもいかない」
「よくはわからないけど……それが最善策であるならお任せします」
勇は木刀を手渡した。
ズシッ!
「!…なにこれ……!?」
重い…。
木刀なんか初めて触ったけど…こんな重いものなのかしら…?
「重いです…よね?
それ、ちょっと特別仕様なんです。女の子にはやっぱり厳しいんじゃないかな…」
確かにこれを振り回すのは無理があるわ…いくら一時的に力を増強するっていっても…。
だからと言って呪印なしに霊力を留められない…。
もう方法はないの…?
「例えば白凪さん自身にその…霊力ですか?
それを込めて殴ったり、そういうのじゃだめなんですか?」
「!…確かに物に込める事が出来るんだから……私自身に留めることだって出来て当然よね!」
なんでそんな事に気づかなかったの!?
てか…そうだよ!
よく考えたら普段筋力を上げる時も、霊力を集中して留めていたんだ…!
じゃあ、つまり…あの状態では霊的な攻撃力に変わってたんだ…!
「ふふふ…よっしゃ!
希望が見えてきたわ!行くわよ!」
優は麗子たちがいる方向へ戻っていった!
「!…ひひ…見つけた…!」
麗子他6人もひたひたとうろついている…!
こちらを視認したようだ…全員がこちらに足を向けた!
「ごめんね…こんな終わらせ方しか出来なくて…いくよ!」
優は正面きって突進した!
今度は他の6人も後ろにいる!邪魔はない!
「はぁッ!!」
渾身の右ストレートが麗子の胸を打ちつける!
どうだ…!?
「!!優さん!危ない!」
え?
ドガッ!!
麗子の重い拳を腹部に受け、優は宙を舞った!
そしてそのままドラム缶に激突した。
「白凪さんッ!!」
急いで駆け寄る勇。
「ガハッ…
はぁ……はぁ………なんで………」
血を吐く優。
二度にわたる腹部への強打、飛ばされた衝撃で背や腰にも相当のダメージがある。
「クソッ……よくも!白凪さんを…!!」
私の霊気が弱すぎてダメージを与えられなかった…?
そもそも霊力が拳に留まってたの…?
「も、もう一度……!」
優はふらふらしながら立ち上がった!
「もう無理だ!白凪さんボロボロじゃないか!
ほら!立ってるのも限界じゃないか!」
「でも……やらなくちゃ…」
「無茶だ…!これ以上やったらあなたが死んじゃいますよ!!
僕がやります…!」
「…あなたじゃ…無理だって…」
「そんな状態のあなたこそ無理です!
お願いです…任せてください!本気で打ち込めば…砕けますから」
勇の顔が本気になった…!
…待てよ…?
「天城君…今朝やってた精神統一……
あの時のあれ…やれる?」
「?…やれますけど……こんな時にですか!?」
「あの物凄い振り…私のほうまで風圧がきたでしょ…」
「渾身の一打…
実はあれ、剣術の奥義を練習してるものなんです…。
うちの祖父はあの技で離れている場所の物を、斬り付けることが出来ました…。
研ぎ澄まされた風は刃を生む……天城流剣術・奥義風刃剣……
僕にはまだ無理ですけど…風を放つぐらいなら…」
「もしかしたら…全員を一撃でやれるかもしれない……
大きな賭けだけどね…」
今出来る最善策…それしかない。
それがもし失敗したら…。
ううん。
失敗なんか考えるな!
絶対に出来る!
「チャンスは一度…
はずせばあとはないと思って…」
「大丈夫です…僕はここ一番のほうがヤレるタイプですから。
不謹慎ですが…こういった緊張感は嫌いではないです」
OK…!
優は木刀を握る勇の両手を握った。
「!」
「いい?まだよ…彼女たちが横一列になった瞬間…」
「!なるほど…
いつもは縦一文字ですが…今日は横一文字ですね…!」
「ええ…!」
あともう少し…!
「優さん…その、このままの姿勢だと振りぬけないんですけど…」
「あ、ああごめんなさい!」
勇は居合いの型をとった。
優は寝そべる形で斬撃の間合いに入らないようにしながら、
かつ後ろに回された木刀の一部を握っている。
「はぁッ…!
よし…霊力を込めたわ!
まだよ…私が良いっていったら全力で振りぬいて頂戴!」
私がこの手を離せば、すぐに霊力は抜けて行ってしまう。
だから振りぬく寸前までこの手は離せない。
少しでも留めた状態で剣を振りぬけば、霊力の抜ける方向は彼女達の方向!
私の考え通りになれば全員に私の邪を祓う霊力を与えることができるはず!
「了解です…」
勇は目を閉じた。
すごい…近くにいると、威圧感を感じる…。
!!
え…なにこれ……!?
優は一瞬別のところに意識がいった!
その隙を彼女たちは見逃さなかった。
彼女達は勇に向かって一斉に襲い掛かってきた!
それに気づいた彼女は木刀から手を離し叫んだ!
「今よ!」
その瞬間物凄い勢いで木刀を振りぬいた天城勇。
木刀は彼女達に触れる事無く空を切る。
同時に勇たちに彼女達の体が降り注ぐ!
「うわっ!」
7人分の体当たりをくらい、勇たちは死体の下敷きになってしまった。
「うう…」
勇は優の腕を掴み、引っ張りつつ自分も這い出て行った。
「はぁ…はぁ…!
大丈夫ですか…?白凪さん……」
「え…ええ…なんとかね…」
二人は死体の山からなんとか這い出ることが出来た。
「…動かない…ですね」
「みたいね…もう大丈夫よ……
彼女達の霊気は感じない……今の一撃で消滅した…」
一か八か作戦はうまくはいったわ…あと一瞬タイミングが遅れてたら危なかった…。
でも…。
これじゃ…救ったことにならない…ッ…!
わかっていたけど…。
優は死体たちに手を合わせ一礼すると、無言のまま歩いていった。
「白凪さん…
嬉しそうな顔はしなかったな……」
勇も同様に手を合わせ一礼をして優を追った。
―――
――
「う…うう…」
男が目を覚ました。
「…目が覚めた?」
「ひ、ひぃ!…あ、あれ…あいつらは!?」
男は慌てふためきながら叫んだ。
「もう…いないわ…」
「いない…?はは…!そうか…!はぁ…
あの化け物どもめ…!」
化け物の一言に優はキレた。
静かに男に近づき、全力の右ストレートを顔面にお見舞いする!
「な、なにをしやがる……このクソガキ…!」
「このクズ野郎…ッ!
お前のほうがよほど化け物だよ!
私が彼女達の変わりにお前を半殺しにしてやろうか?」
そう言って男の右腕を掴むと思い切り本来曲がらない方向へ曲げて見せた。
ボキッ!!
嫌な音が響き渡り、男の絶叫が混ざり合う。
「次は左腕か?」
「も、もうやめて…お願いだ!」
泣き叫び、懇願する男。
「そう言って助けを求める人間に…お前はどうした?」
優が腕を掴もうとしたその時だった。
勇が彼女を後ろから抱きしめた。
「!…」
「…白凪さん……
もう十分です……あとは警察へ…法が彼を裁きます…」
「うう……」
優は思い切り泣きじゃくった。
悔しかった。
無力な自分…。
自信過剰で自分ならどうにかできる…そう思ってた自分が腹立たしくて仕方がなかった。
第2話 完 NEXT SIGN…