第16話 夏休み編/緒斗の森4
SIGN 序章
第16話 夏休み編/緒斗の森4
「うーん…やっぱりダメか…」
優は洞窟内をうろつきながらため息を吐く。
どうやらこの陸地の先は全てこの湖みたいね…。
向こう側に渡れる道があるかと思ったけど、結局何処もなかった。
さっき湖に小石を投げてみたけど深そうだったな。
「こうしてても仕方ないわ…泳ぐしかないならそうするまでよ」
それにしても不思議なのは、私自身何処も濡れてはいなかったってこと。
何処かに隠し通路でもあるのかしら…?
まぁでも辺りを探し回っても見つからなかったからね…。
「よし!思い切っていくわ!」
服着たままでも渡れるくらいの距離だし、まぁ大丈夫よね。
優は服を着たまま湖に入っていった。
「うぅ…まぁ夏だし…とは思ったけど、冷たいわね…」
優は平泳ぎで少しずつ泳ぎ始めた。
だいたい中央付近に来た時だった。
「!」
えっ!?
何者かが優の足を引っ張ったのだ。
どうやら湖の底に何かがいるようだ。
優は勢いよく湖に引きずり込まれた!
突然の事でパニックになる優!
「ガ、ガハッ…」
く…苦しい…!
優はチラッと足元を見る。
すると黒い影のようなものが足を掴んで湖底に引きずりこんでいるようだ。
「く…」
息が…まずい…!
優は足首に巻きつく手のようなものを必死に振りほどこうとするが、なかなか外れない!
意識が……。
「!」
優はスカートの中から札を取り出し、咄嗟に影の手に押し付けた!
バチバチッ!
「ギャッ!」
その影は確かにうめき声を上げた。
そして足首に纏わりついていたものが外れた。
外れたや否や、優は全速力で浮上した!
ザパッ!
「…ッハ…ハァッ!!…カハッ…カハッ………ハァッ…ハァ…」
し、死ぬかと思った…。
本気でやばかった…。
ポチャ…
「え?」
優の目の前に何かが立っている。
そう思った瞬間、優は水から引き上げられた!
思い切り何者かに髪の毛をつかまれて持ち上げられた感じだ!
「キャッ!!」
そしてそのまま何者かは優を目指していた陸地に放り投げた!
ドザッ!!
激しく地面に叩きつけられる優。
「ッつ……!いったい……なんだって…いうの…?」
優はふらふらと上体を起こす。
目前の湖の水面に何者かが立っている。
「え…?」
人…?
いや…違う…あれは人じゃない…ッ!
フワッ
その人らしき者は優の元へ降り立った。
「ふふ…ただの人の子ではなかったか…。
おかしな札を持っておる」
まさか…そんな…。
「よ、妖魔…」
「妖魔?…ふふ。そのような穢れ(けがれ)と一緒にしてくれるな…。
わらわはこの地の水面の霊の集合体…朔夜」
「じゃあ…あなたは"精霊"…?」
「ふふ…どうであろうな…。わらわは人を喰らう…人の魂をな。
妖魔ほどの傍若無人ではないが、精霊のように人に甘いものでもない」
確かにね…私を殺そうとしたし。
「…私をここに連れ込んだのはあなた?」
「実行したのはわらわの僕だが…命じたのはわらわじゃな。
この森にやってくる愚かな人間は皆死にたがっておるのじゃろう?
だから喰ってやっておるだけじゃ。文句を言われる筋合いなどなかろう」
なんだろう…。
今まで沢山霊を見てきたけど、威圧感もないし霊気も薄い…。
人と話してる感覚だ…。
「あなたがこの森の主ってわけね…。
確かに人は死ぬためにこの地を訪れることもあるかもしれない。
でも興味本位の人間も少なくないはずよ!その人たちまで殺すというの!?」
「ふふ…お前達のようなか?
そのような人間になんの容赦がある?
この地を汚す人間など、わらわには餌同然よ…」
ピリッ!
一瞬空気が張り詰めた…。
ガタガタ…!
体が震えてる!?
「ふふ…すまぬすまぬ。
久しぶりの人との会話…怯えさせてはと思ってな…力を抑えつけておるのよ。
だがやはり、わらわは抑えるのが不得意でな…人間の小娘ごとき一言で激昂してしまう。
ふふ…いかんいかん」
やばい…。
間違いなくやばい。
「…私も食べる気なの?」
「もちろん…逃がすつもりはないさ。
だが久々の上物…すぐに殺すには惜しい…もう少し生かしておこうか」
やるしかない…。
今こいつは油断している。
なんとか隙をついて逃げるしかない…!
「ほう…」
優は震える足を抑え、立ち上がった。
「私はこんな所で死ぬ気はないわ」
「だから?」
「逃がさせてもらうッ!!」
優は素早く札を朔夜に投げつけた!
同時に背をむけ駆け出した!
「ギャッ!!」
どうやら札は命中したようだ。
ダメージがあったのかはわからないが、隙は出来た!
逃げるんだ。
全力で!
「ふふ…小賢しいね…人間」
ビュッ!
朔夜はその姿を巨大な魚のように変化させた。
ドガッ!
ドガッ!!
「ええ!?」
何かが進行方向の岩壁にぶつかっている!
物凄い威力だ!壁がえぐれている!
優は思わず振り返った!
「な、なんじゃありゃ…」
でっかい魚が空を泳いでる…。
「プッ!プッ!」
朔夜の口から飛ばされた水弾が優目掛けて飛んでくる!
ドガッ!ドガンッ!!
「わっわっ!!」
なんとかかわす優。
こ、これが岩にぶつかってた奴か…やばすぎでしょ!
あんなん喰らったらひとたまりもないじゃない!
「くっそ…そっちが飛び道具なら…こっちだってね!!」
優は破邪札を空中を泳ぐ朔夜目掛けて投げた!
「プッ!」
それに合わせて水弾を放つ朔夜!
バシュッ!
破邪札は軽々と水弾に散らされた!
「…まじかいッ!」
に、逃げるしかない!
あんなんとまともに遣り合えるわけないじゃない!
「ふふ…逃げるのか?」
―――
――
その頃司達は洞窟内に入っていた。
どうやら複雑な洞窟ではなく割と広い一本道のようだ。
「なんか、すごい物音がしてるわね…。
何かがいると考えて間違いなさそうですわね…」
「夕見さん!待ってください!」
勇の叫びで全員が静止した。
ズズッ…
前方に何者かの影がある…。
「な、なんですか!?あれは…!?」
「腐った死体さんですよ…夕見さん。
遭遇しなかったんですね…僕と瀬那さんは先ほどやりあいましたよ」
『ひぃぃいいいい!』
大樹、新二、一はびびりまくっている。
「しかも今度は一体じゃないみたいですね…」
死体は奥から次から次へと沸いてくる。
10…20…。
「こんだけの数…相手にするのは厳しいッスね…。
天城君どうだい?やれるかいな…?」
「やるしか…道がなさそうですよ」
「二人とも待ちなさい!私が祓います!」
司が前に出た。
「この洞窟に入ってから霊気感覚が麻痺してるみたいで、強さを全く測れないですけど…
やれない相手ではないわ!」
そう言うと司は鞭のようなものを取り出した。
ビシッ!
「さぁ…来るならきなさい!調教してあげますわ…!」
ポカーンと勇は口を開けたまま呆然としている。
「ま、ドン引きしないで上げてくれな…。
あれで、ほんと祓っちまうからさ…」
「そ、そうですか…。む、鞭とは…」
司は鞭を持ったまま突っ込んでいった!
「ハイッ!!」
ブンッ!ヒュッ!バチンッ!!!
空気を切る音を奏でたかと思うと次の瞬間には肉を裂く音が洞窟内に響き渡る。
「っし!」
「コォォオオォオオッ!」
なんと死体は平気な感じで歩みを進める!
「な、なんで!?」
「部長!危ない!」
「!」
一瞬の隙を死体も見逃さなかった。
間合いをつめ、思い切り頭部を噛み砕こうと口を開いている!
ガチンッ!
一瞬早く、瀬那稔が司の体を引っ張ってかわしたようだ。
「ありがとう…みのりん!」
「油断しないでくださいよ部長!」
態勢を立て直して距離をとる二人。
「私の破邪の一撃を受けて祓えないにしろ、ダメージくらいみれてもいいのに」
「俺の見解なんすけど…また底をついちゃったんじゃないんすか?」
「あ…そうかも…。
この森に入ってからずーーっと守護霊壁を張ってたからね…霊力が底ついちゃったのかもしれないですわ」
「ですわ…って…。じゃあこいつら倒す術がないってことじゃないか!」
一がここぞとばかりに叫ぶ。
「そ、そんなこと言われたって、まさかこんな状況になるなんて思わなかったんですもの!」
「一!お前が責めてどうこうなるもんじゃないでしょう!
とにかくどうするッスか!?一度撤退するしか…」
「ダメです…」
勇は前に出て静かに力強く言った。
「天城君…」
勇は木刀を構えた。
「僕が突破口を開きます…。皆さんは優さんをお願いします」
「…。わかったわ…
あなたに任せますわ。天城君…優のことは私達に任せて」
「はい…頼みます!」
ダッ!
勇は駆け出した!
そして勢い良く木刀を振りぬいた!
「破邪…風刃!横一文字!!」
ドシュッ!!
勢い良く空を切る木刀!
そしてその前方にいた死体はバタバタと倒れだした。
「よし!穴が出来ましたわ!皆行くわよ!」
5人は死体を飛び越えて先に向かった。
「死ぬなよ…天城君!」
すれ違い際に瀬那の励ましの言葉に親指を立ててグッドサインで返した勇。
「僕が…相手だッ!」
第16話 完 NEXT SIGN…