第1話 死を告げる印
SIGN 序章
第1話 死を告げる印
今日も天気は曇り。
天気予報では午後から雨が降るかもしれないとの事。
「優!朝ご飯も食わんと!
まだ学校へ行く時間ではないぞ」
この人はうちのお祖母ちゃん。
私のお母さんのお母さんで、口うるさいのがたまに傷かな。
今現在、両親が不在なため一家の主といったところね。
「お祖母ちゃんごめん。食欲ないんだ!じゃあ行ってきます!」
「あ、こら!」
優は走って行ってしまった。
「やれやれ…困ったものだわ……。
育ち盛りというのに…最近の若いもんときたら…」
―――
――
私の名前は白凪 優。
地元の高校に通う普通の女子高生…………ではない。
残念ながら。
何が普通ではないか…
それは私の家系が大いなる要因といえる。
「あら白凪の巫女様。おはようございます。今日も早いわね」
「お、おはようございます…」
今のは、地元の商店街のおばさん…。
「おお!巫女様じゃぁ!拝ませておくれぇ!」
「す、すみません…!
急いでますのでーー!!」
優は猛ダッシュで商店街を駆け抜けた。
そう…私の家は地元じゃ有名な神社である。
手伝いと修行をかねた巫女の仕事…これのせいで町じゃ巫女様だの、拝ませてくれだのと…。
かんっぜんにっ!
マスコット化してるわ…。
もうそんな毎日にウンザリしたから、人通りの少ない時間帯にずらして登校してるわけ。
それでもこの有様だからね。
最初は悪い気もしなかったけど、こう毎日だと…恥ずかしいし…。
「って…もう学校ついちゃった…」
7時30分…って…
始業時間までまだ1時間近くもあるわ…。
あれ?
グラウンドに誰かいる…。
朝練でもしてる生徒かな…?
だが良く見ると、制服姿に木刀という…どうみても部活動をしている感じではない。
周りを見ても他に生徒らしき人も見当たらないし。
それにしても…あの人。
木刀を構えて目を閉じているけど…何をしてるんだろう…?
ん…?この人…どこかで………。
その瞬間、突風が優を突き抜けていった。
「!?」
見ると木刀を持った生徒が思い切り振り切ったあとの姿があった。
いつ振りぬいたか…目の前にいたのに気づかなかった…。
「…!?き、君は……」
木刀の生徒がこちらに気づいたようだ。
!!
「あ!…やっぱり!
君、うちのクラスの男子!」
名前は…確か…
「天城…君」
「しゅ、出席番号1番!天城 勇!
み、巫女殿と話すのは、実は初めてです!」
ハイテンションで背筋を伸ばして声を張り上げた。
う、うわぁ…。
こ、この人…見た目、ものすごいカッコイイのに…なんか変態だったみたい…。
に、逃げたほうがいいかな…。
「あ、あの…こんな朝早くにグラウンドの真ん中で何してたの…?」
って私!
何聞いてるのよ!
「あ。これはですね!精神統一です!
これから学業にいそしまなければならないので、その下準備です!」
「へ、へぇ…
もしかして……それって毎日…?」
「はい!」
めっちゃ笑顔でハイって言われたぞ…。
この人軽く天然…?
てか、今までこの人の存在に気づかなかったのか私…。
「あ、あの巫女殿は何故このような時間に…?始業までまだ1時間近くあるかと…」
「あ、あの…その巫女殿ってやめてくれるかな……。
は、恥ずかしいからさ…」
「こ、これは失礼を!
で、では…その…白凪…優さん…」
な、なぜフルネームで呼ぶ…!
というよりも何故フルネームを覚えられているのか…。
「あ、あの!俺も勇っていうんです。
漢字は違うけど…同じ"ゆう"ですね」
そのアピールのためかッ!
こやつ乙女かッ!
「ほ、ほんとだねぇ…ははは…」
むぅ…なんというか…
この屈託のない笑顔がなんか……。
…。
いやいや…!落ち着くのよ優!
私はそんなキャラじゃないのよっ!
そ、そうよ!
一瞬ときめきのようなモノを感じた気がしたけど…それは気のせいよ!
ええ!惑わされちゃだめ!
「じゃ、じゃあ自分!先に教室に行きます!
では!」
「あ…」
行っちゃった…。
なんだったのかしら。
「…今教室に行くのは非常に気まずいわね…。
トイレにでもいっとくか…」
その後…普通に授業があり…
何事も変わらぬ時間が過ぎた。
気づけば下校時間である。
―――放課後
「はぁ…」
今朝のことがあったせいか…
一日中やたらと彼に意識がいってしまった…。
一体何をしてるんだろ…私…。
これは…まさか…!?
いや、落ち着くのよ!私の理想はあんな天然じゃないわ!
「あ…」
いつの間にかもう商店街の入り口か…。
また巫女だのなんだのと言われたくないわね……特に今日は。
仕方ない…遠回りして帰るか…。
てか雲行きが怪しくなってきたわね……やっぱ天気予報通り降るのかしら?
少し急ぎ足でいこ。
―――
――
人気の少ない路地裏。
前を男性が一人歩いている。
酷く肩を落としているようだ。
「…?」
なに…このざわつき……。
まさか…
ボォッ…
男の背中に赤い印が浮き上がっているのが見える。
「ッ…!!」
嘘でしょ…今月入って何人目!?
むぅ…
確か…5人目だった…かな…。
私には他の人には見えない"印"が見える。
これはうちの家系に代々伝わる体質らしい。
いわゆる一つの特殊能力という奴だ。
霊感の一つ上の段階といえばいいか…。
一般的に霊感が強く
"霊が見える"
程度の話ではない。
何かしらの理由から霊に憑依され…
"霊による死"が迫っている時に現れる"サイン"
そう、目の前を歩く男は…今まさに死の淵に立たされていると言える。
このまま放って置けば、あの人は間違いなく死ぬ。
これに例外はないという。
救う方法は一つ。
憑依している霊を祓うほかにない。
「どうする…?」
霊を祓うのは容易ではない。
下手をすれば、こちらに憑依し…最悪死ぬ。
あの人から漏れてくる霊気…。
それほど大きな霊気ではないわね…。
恐らく人の霊…。
動物霊じゃなければ、やれる自信はあるわ。
今月に入って5人目ですもの。
単体であれば私でも十分に祓える…!
ちなみに霊気を強さで感じることは私の能力とは関係ない。
ある程度霊感があって、何度も霊に接していけば身につく感性。
「ふぅ…
優…あなたならやれるわ…!自信をもって…」
いつものように自分を励まし、覚悟を決める。
経験はあるとはいえ、まだまだ見習い程度。
挑む際の緊張感は半端ではない。
男に気づかれぬように、ゆっくり尾行する優。
男は古びた倉庫に入って行った。
―――
――
「あれ…
あそこを歩いてる人…白凪優さんじゃないか…!?
何してるんだろう…って、倉庫に入って行った…!!?
なんだろう…胸騒ぎがする…」
天城勇は倉庫へと足を向けた。
聖ヶ丘4丁目5番地・第5倉庫―――
やはりここは使われなくなった倉庫だ…。
外観からしてそんな気はしたけど…。
というか…なんか異臭がするわね…。
何かが腐っているような…。
酷い臭いだ…早く出たい。
それにしても…当然ながら真っ暗だ…。
さっきの男は何処にいったんだろう?
この空気…なんだかヤバイかも…。
ここに入ってから、倉庫内に凄い霊気を感じる…。
さっきの男から感じたものだけじゃない…。
まずったかもしれないな…。
他にも霊がいたら…完全にヤバイ…。
一対多なんて経験ないもの。
「!」
暗闇に目が慣れてきた瞬間、数メートル先…恐らく中心部に人影が見える。
さっきの男だろうか?
優は咄嗟に身を物陰に隠した。
「うう……
麗子ぉ………もう勘弁してくれ……」
男が何かにすがりながら、怯えたように呟いている。
「…ここからじゃ見えないわね…近づかないと」
その瞬間…
カランッ…!
「!」
優は足元にあったビンを倒してしまった。
ッ…!
気づかれた!?
「……誰か…いるのか…?」
男が立ち上がった。
こちらに歩いてくる!
やばッ…!
優は姿勢を低くして、急いで迂回した。
「…気の…せいかな?」
はぁ…はぁ……。
落ち着くのよ。
!…どうやら中央付近までこれたようね…。
フニッ…
「!?」
優が手をついた部分に、何かとても柔らかい感触が…。
「きゃあああッ!!」
!!…しまった!
思わず声を張り上げるのも致し方ない。
優の足元には死体が転がっていた。
衣服を身に着けていない…恐らく女性……。
優はすぐに目をそらしたので判別は出来ていない。
ただ、チラっと見えた髪の毛の長さからそう思った。
「誰だ……お前…
いつからここに?…あ…それ見ちゃった?」
男が目の前に立ちふさがっている。
当然ながら見つかってしまった。
やばい…!
こんなケースは初めてだ!
霊よりも…この人間のほうがヤバイ!
「あ、あなた……これ…」
「見られちゃったらしょうがないや。
そうだよ。それも…あれも…あれもあれもあれもあれも」
男は次々と色んな方向を指差していく。
「そして……麗子も……みぃーんな僕がやったんだ…」
死体は…この人だけじゃないってこと…!?
「全部で7人…
眠ってるんだ……ここ。
君も今日から仲間入りだよ……君のその制服…この地元の子だね?
流石にこの地元から人が消えたら…ここ見つかっちゃうかもなぁ……」
ヤバイ……怖い…。
この男…完全にイってる…!
その瞬間だった!
「まさ…お…さん……」
女性の声だ。
消え入りそうなその声は男の背後から聞こえてきた。
「ひ…ひぃぃぃいいい!!」
男は振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
「れ、麗子!?……き、君は死んだんじゃ……」
今だ!
優は震える足を黙らせて、一瞬の隙をついて駆け出した。
「あ!ま、まて…!」
男が優を追おうとした瞬間、
麗子と呼ばれる女性が凄まじい力で男の肩を掴み、引きとめた。
「ぐッ!何をする…んだ!…は、離せ…!」
「さぁ…みんな……
この憎き男を………喰らうとしましょう……」
そう言うと、一人…また一人と死者たちが立ち上がった。
そして、ひたひたと足を引きずりながら男のほうへ歩み寄っていく。
「…!」
優は考えていた。
自分はどうすればいいのかを。
今まで自分は霊に死を宣告された人間を少なからず救ってきた…。
それは時に、その人間のため…
また時に、霊自身のために…。
とり憑かれる側にも要因がある場合がある。
むしろその方が圧倒的に多い。
だからこそ霊自身に事情を聞き…そこから自分で考え判断する。
憑かれた側に反省が必要か否か。
もし必要であれば、私は霊の行為を無理に止めはしない。
だけど、殺させはしない…絶対に。
どんな経緯で怨みを生んだにしろ…霊に殺させはしない。
それで救われる魂はないからだ。
いつだってそうしてきた。
それが母や祖母からの教えであり、自身の信念だから。
目の前のあの男は大罪を犯した。
救う価値もないクズかもしれない。
でも…そんな人間でも、私はこれまで死から救ってきた。
他ならぬ霊のためにだ。
死してなお咎を背負い、成仏できず宙をさ迷う…。
そんな悲しい思い…させられない!
今だって私は救う気でいる…。
でも……
正直リスクが大きすぎる…。
彼女の霊気が外にいた頃よりも大きい…。
私の手に負えるレベルじゃないかもしれない…。
それに加えて他に6人…。
どうする…?
って…あぁ…私馬鹿だ。
考えるよりもほら、体が動いてるもん。
優は男のほうに駆け出していた。
「待って!!」
「……」
霊たちが優の方向を見る。
男はといえば助けてを連呼するばかりだ。
優は無言で男に近づいた。
「た、たす…」
バキッ!!!
全力の右ストレートが男の顔面に入った。
「ガハッ!!」
「少し黙れ…このカスが」
「……」
怯える男。
霊たちも唖然としているようだ。
「私の言葉…わかるね?
その男があなたたちにしたこと…許されることじゃない…。
あなたたちがこの男を殺したいと思っているのもわかるわ」
「…わかる……?」
ビリッビリッ…!
空気が一瞬にして張り詰める。
「…。
私はあなた達のような人たちを沢山見てきた。
でも…私自身が経験したことは…もちろん無いわ…。
だから本当のところで…理解は出来ていないかもしれない。
私があなた達と同じ立場なら…同じように殺してやりたい気持ちになるかもしれない」
「だったら…黙ってみていろ……
この男は独りを装い…女に近づき……何人も騙し、
弄び…最後には拷問した挙句……殺した…」
「…」
「それでも…
私たちはこの男を殺すまでに憎みはしなかった…
自分達の愚かさも感じていたし…
だが…この男は再び女を騙そうと計画する日々……なんの反省もしていない…
もう生かしてはおけない……そう判断した…。
彼女たちも同意してくれたよ……だから殺す……同じように苦しめて……
死ぬ寸前まで苦しめて殺してやるんだ…!」
「……それはさせない…させるわけにはいかない!」
「あ!?」
優がそう言った瞬間、麗子の半分崩れた顔が怒りに満ちた表情に変わった。
同時に男の肩を掴む手にも力が入った。
指が肩にめり込むほどの力だ。
「ぐわああああああ!!」
男は悲鳴を上げる。
なんという威圧感…。
面と向かってるだけで冷や汗が止まらない…。
恐怖で足の震えも止まらないし…。
今までで一番…かもね。
「ごめんね…。
でも…あなた達にそいつは殺させない…!
殺してもあなた達は救われないもの…」
「関係のない…お前がでしゃばるな……
こいつより先に殺してやろうか?」
矛先が私に向き始めた…まずい…。
「この男の罪は私が警察に言うわ…
これだけのことをしたんだもの。死刑になるわ!
ね?…私に任せてくれないかな?」
「は?は?は?
なに?なんて?」
麗子の体が小刻みに震えだした。
!?
なに…?
こんなの初めて…やばい…!
理性を失ったの!?
まさかこれが…"狂気"!?
こうなったら交渉どころじゃない…!
どうする?どうすればいい?
ドンッ!!
麗子が物凄い勢いで優に突進してきた!
「!」
ドガッ!!
体が反応したのは彼女の体当たりを受けた瞬間だった。
「きゃああああああああッ!」
優は勢いよく吹き飛ばされた!
その拍子に鉄柱に背中を打ちつけたようだ。
「…うう…」
痛い…なんてもんじゃないわよ…!
意識を失わなかっただけよかったわ…。
こんなことなら…お祖母ちゃんの霊術の修行もっと真剣にやってればよかった…。
こんな状況じゃ治癒に集中も出来ない…!
このままだと本当にヤバイじゃん…私…。
"死"
ふと頭によぎった死の感覚。
死ぬ…!?
冗談じゃないわ…
こんなところで死ねない…!
お母さんとお父さんに…もう一度会うんだ!
「ははははははは!!立つ?立つ?立てる?」
麗子が徐々に迫ってくる。
完全に理性を失っているようだ。
「はぁ…はぁ……!来なさいよ!」
やるしかないものね…!
第1話 完 NEXT SIGN…