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ギ家族  作者: 釧路太郎
花咲百合編
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百合 その一

 母が体調を崩しがちだったこともあって、私は仕事の合間を縫って家事をしていたのだけれど、大学生になっていた妹も手伝ってくれていたし、旦那も休みの日は率先して家事を行ってくれていた。

 自慢の旦那と妹だと自慢したかったのだけれど、それを職場で言うとお局にひどく煙たがられていた。家事に理解のある旦那ではなく、婿養子だからそれくらいして機嫌を取る必要があるのだろうとさえ言われていたけれど、旦那の態度から見てもそのような様子は見られなかった。

 自分の家族が上手く行っていなかったから僻みもあったのだと思うけれど、小さなハラスメントは毎日のように受けていた。それは私が妊娠してからも変わることは無かった。

 私は産休の申請を出したのだが、その申請が通ることは無かった。私はお局が申請を揉み消しているのだと思って直接課長に掛け合ってみたのだけれど、産休の申請が通ることは無かった。

 仕方なく、出産予定日の前後に遅めのゴールデンウィークの代休と有休を取ることにしたのだが、休みが明けて出勤しても職場の人達もよそよそしく、お祝いの言葉すらかけてもらえなかった。

 それから半年と経たずに私は退職したのだが、辞める時になってからお局から労いの言葉を頂いたのだけれど、私の心には何も響かなかった。同じ事務の人達で送別会を開いてくれると言っていたのだけれど、私は娘の事が心配だったので辞退させていただいた。娘はあまり夜泣きなどはしない子だったのだけれど、寂しくてもじっと見つめてくるだけで、いくらあやしてもなかなか寝てくれなかった。


 娘の紫苑は私よりも旦那に似ている感じだったのだけれど、性格は私に似ているのかもしれない。と言っても、自分が赤ちゃんだった時の記憶なんて無いのだからわからないけれど、自分の感情を表に出さない子だった。

 旦那は家事はしてくれるのだけれど、育児にはあまり関心が無いようで、紫苑の世話はほとんど私一人で行っていた。それでも、オムツだけは変えてくれているようで、私がオムツの処理をすることは紫苑が亡くなるまで一度も行ったことがなかった。

 紫苑は私の家族たちによってこの世を去ることになったのだけれど、警察に言っても相手にされず、幼い我が子は葬式すらあげてもらうことが出来なかったのだ。

 私はこの時に家族たちに対して必ず復讐すると固く誓ったのだった。

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