第9話 はじめての手料理
ついに海にたどり着いた三人。
一面に広がる蒼い海。
押し寄せる白い波。
心を落ち着かせるような波音。
ぐうぅーっ……
ぐうぅ?
「す、すみません!」
シュガーちゃんの腹の音だった。
俺たちはこの絶景を見ながら彼女の作ったお弁当を食べる事にしたが、案の定メニューは『握り飯』それだけだった。
「相変わらずシュガーちゃんの作った料理は旨いねぇ」
ミソルさんが二つ同時に頬張りながら褒め称える。
しかしながら、申し訳なくも俺にはあまり美味では無かった。
まず米が最悪だ。この際ササニシキやコシヒカリなどジャポニカ米で無くても文句は言わない。しかしながら良く分からない品種のこの米は噛み応えも臭いも酷い物だ。
次に炊き方。どうやって炊いたのかは分からないが、柔らかすぎる部分、固すぎる部分が混在しており、喉の通りも非常に宜しく無い。
具が入っていないのは言うに及ばず、塩さえついていないので、コメの味が悪い意味でダイレクトに伝わってきてしまう。せめて沢庵でもあればごまかせるのだが。
だが、腹が減っては戦が出来ぬ。
俺はシュガーを傷つけないように、出来るだけ旨そうにそれを平らげた。
翌日、俺たちは早速作業を開始した。
まず、バケツを使って海水を汲む。
砂浜で火を起こし、加熱した鉄製の盾の内側に注ぎ込む。町には調理器具を売っている店が無く、浅く広いフライパンのような鉄製の盾はこの役目にぴったりだったのだ。
「戦士の道具をこんな風に使ってくれちゃって。一体どうすんだよ、学者センセー」
古いものとはいえ、盾をこのように使われてミソルさんはちょっと機嫌が悪そうだった。シュガーは塩の味を覚えている為か、目をきらきらさせて手伝ってくれている。
加熱した海水がある程度の量に減ったら一度、布で濾過する。
海水から塩を作る方法は朝ドラで見たので大体覚えているのだ。
更に濾過した海水を中火で加熱して水分が無くなってくれば出来上がりだ。
そこら辺に売っている塩化ナトリウム100%の塩よりもよっぽど旨い、ミネラルたっぷりの塩が完成した筈だ。
俺たちは恐る恐るそれを舐めてみる。
「うげっ!」
「ひょえっ!」
「ちょっと苦くなっちゃったかな」
三者三様の反応をして味を確認すると、別に飯盒で炊いていたコメを調理する事にした。
「あちちちち」
手に出来たばかりの塩を少量取り、炊いたばかりのコメで握り飯を作っていく。
こんな事をするのは小学生の調理実習以来だ。
見かけはシュガーの作ったものにも敵わない、いびつな形のおにぎりを俺は一心不乱にこさえていった。
「さぁ、食べてみて下さい」
二人は顔を見合わせる。やはりおっさんが素手で握ったおにぎりなど食べる気がしないのだろうか。俺はちょっとせつない気分になった。
「さっきの、海水から作った奴の味なんだよな。折角の米なのに」
そう言いながらもミソルさんが、一口囓ってみてくれた。
「ん!?」
たちまち強ばる表情。
「へ、へんでした? 不味かったら吐き出して下さい」
俺の心配をよそに、ミソルさんは残りを一口で平らげると目を見開いた。
「なんじゃ、この握り飯は!」
両手で握り飯を確保するミソルさん。
それを見たシュガーが慌てて手を伸ばす。
「おいしぃぃっ! この間の味ですよこれ!」
いや、それはちょっとコンビニの中の人に失礼だなと思いながら、俺は自分でも試食する事にした。
「おっ、いけるね」
二日間、味のする食べ物を取っていない現代人の俺にとっては、まずい米に酷い握り方のおにぎりでも十分に満足できるものだった。
「あんた、学者じゃなくて魔法使いだろ。それとも人の心を惑わす悪魔かい!?」
「ちょっと、ミソルさん! 一人で食べないで下さいよぉ!」
それからも奪うように俺の作ったおにぎりを次々に口に運ぶ二人。
そんな姿を見ていると、俺の心が途轍もない充実感に満たされていく。
あぁ、いつも行く定食屋のおやじさんに「おいしかったです」と言うと、満面の笑みを浮かべてくれる理由が分かった気がする。
「これが握り飯だっていうなら、俺たちが今まで食べてたのは何だったんだろうな」
「これは凄い発見ですよ。毎日食べられるように、この『塩』とかいうのを沢山作ってかえりましょうね」
三人ともお腹をぱんぱんに膨らませ、浜辺に転がりながら俺たちは食べる楽しみを享受していた。
しかし、これくらいの事をこの世界の人々は何故思いつかなかったのだろうか。
二人とも味も分かるし、美味しい物に興味が無い訳でも無い。
一抹の疑問を感じながらも、俺は次にどうすればもっと旨いものを食べられるかを考えながら眠ってしまっていた。
書いていたら塩にぎり食べたくなりました。
話の展開速度もう少しあげていきます。