第59話 暗躍のショーユ君
その頃、俺たちと同様にショーユ君も悪戦苦闘していたのを俺は後に知る事になる。
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いててて。流石に体中が痛いな。ワイバーンの尻尾に捕まって八時間だもんなぁ。そりゃあ疲れるよ。
しかしミソルさんってば、俺に王都に行って情報を集めてこいなんて無理を言うよなぁ。いくら盗賊属性たって、ニンジャじゃないんだしさぁ。
とにかく隠れないといけない。
俺はワイバーンに吊られたゴンドラから聖女ご一行様が出て行ったあと、持ち前の動きで物陰に隠れながら彼女達の後をついていった。
目の前にそびえたつ王城。うちの市で一番立派な市庁舎でも比べものにならない巨大さだ。
ミソルさんに言わせると、聖女グッズを売ったり教会から集めた金で建てた虚構の城って話なんだけど、目の当たりにすると圧倒されそうだ。
聖女様は堂々と正面玄関からご帰宅なされた。極秘に来られたって言ってたわりには変だけど、まぁ王都の事情なんかは俺には良く分からない。
俺は恐らく聖女様とお付きの者には目も止まらない筈の動きで王城に忍び込むと、目立たないように地下に続いているであろう階段を駆け下りた。
夜更けの地下エリアに案の状人影は無く、隠れるには持って来いだ。
だがこれから諜報活動を行うにはこのままの姿ではまずい。俺はどうみても田舎の貧民の姿なのだ。
「おっ! ラッキー!」
そんな事を思いながら地下エリアを探索していた俺は思わず喜びの声を上げた。なぜなら、
『近衛兵 予備装備保管室』
なるプレートが貼られた部屋を見つけたからだ。
部屋にはもちろん鍵が掛かっていたが、俺の能力を使えば屁でもない。ものの三秒でピッキングを終了すると俺は素早く中に潜り込んだ。
「ぐぬぅぅぅぅ!」
だが俺はすぐに落胆する事になってしまった。
用意された近衛兵用の鎧は俺にはどうにもサイズが大きすぎるのだ。恥を忍んでSSサイズの鎧も着てみたが、どうにもぶかぶかでこれでは着ぐるみにしか見えない。返って怪しまれるに違いなく、俺はその格好良い鎧を諦めるしか無かった。
「お付きのものの衣類なんかがあればいいんだけど」
更に俺が探索をしている最中、曲がり角の先から足音が聞こえてきた。
まずい。そろそろ下働きのものが働き出す時間なのか。
瞬間踵を返した俺だったが、運の悪いことに後ろからも女性の話し声が近づいて来たではないか。
俺はとりあえず近くにあった部屋に飛び込んで隠れるしか無かった。
「あら? 誰かいるの?」
だが部屋の中で息を潜めていた俺はあっさりと見つかってしまった。
狭い部屋に五人もの女性が入ってきたのだから当たり前だ。
「そ、その……」
罪も無い女性をぶっ倒す訳にもいかない。かといって扉まですり抜けるには
人数が多すぎる。おまけに扉の外にまで気配を感じるのだ。
俺は観念して正面の女性に向き合った。
「その……僕は新しく雇われた者でして……馴れなくて迷ってしまったんです」
我ながら寒い言い訳だ。
これは隙を見て逃げるしか無いと考えていた矢先、女性は思わぬ反応を示した。
「あら、あなたが新しい子ね。場所はここで合ってるわよ。じゃあ早速挨拶に行くから着換えてもらいましょうか」
なんたる幸運。たまたま同じ日に新入りが来る予定だったとは。うまくいけば入れ替わって楽々諜報活動が出来るかも知れない。
本物の新入りが現れれば軽く気絶させて軟禁でもしてもらえばいい。俺は男には容赦しないからね。
「噂に聞いていた通り可愛い娘ね。きっとメイド服も似合うわ」
ん?、今なんて言った?
「あなたには聖女様付きになってもらう予定ですからね。平民でも厭わないナールング様に感謝するんですよ。ほら、さっさとその汚い服を脱ぎなさい」
「あ、あれ?」
こうして俺は今、何故かメイド服を着て王族の方に挨拶しているのだ。
短いヒラヒラのワンピース。ふりふりのエプロン。恥辱にも程があるが、女性用サイズがぴったりなのもまた悔しい。
「まぁ、可愛い子。名前はなんて言うの?」
「はい聖女ナールング様。マリア・フォンテガードと申します」
俺は本来ここにいるはずだった女の子の名前を答え、メイド長に教えられた通りにスカートをちょこんと持ち上げて頭を下げる。
「んふふ。真っ赤になっちゃって。馴れないところがまた可愛いわね」
そんな事を言われては益々赤くなってしまう。
しかし俺が女に見えるなんぞ、聖女様も語るに落ちたのではないか。
そんな訳で俺は、聖女様付きのメイドとして華々しい諜報員デビューを飾った。
日々女の振りをしていないといけないのは大変だったが、仲間のメイド達は皆若くて美人で、着替えの時など色々と役得もあったので、俺はなんとか恥を押し殺してこの任務に没頭する事ができた。
そして、潜入して一ヶ月も立つ頃、その機会はやってきた。
「マリア。これから王様と母達と会議をします。長くなりそうですから途中でお茶を淹れてくれるかしら?」
「はい、ナールング様」
これはチャンスとばかりに俺は聞き耳を立てつつ、会議が最高潮になる頃合いに茶を載せたトレイを持って会議室に恭しく入室した。
ちなみに俺はここで初めて茶なるものを知った訳だが、飲めるのは王族とその側近だけだと言う。そういえばカラスマさんが似たような物を開発中だと言っていた気もするが。
「やはり、攻めざるを得ないか」
遠目にしか見たことが無い王が、仰々しい椅子に座って苦しげに呟いている。思ったより老人で思ったより覇気が無い。
「はい、セボン王。もう彼らを放っておく段階は過ぎたのです」
恐らくは俺たちの事を言っているのであろう発言をしたのは、若い女性。一体誰なのだろうか。
「しかしお母様、彼らも王の臣民なのですよ」
女性の発言に異を唱えたのはご存じナールング様だ。流石にお優しいが、まさか隣の若い女性がナールング様の母、光の聖女ナーリッシ様なのか?
いくらなんでも若すぎる気がするが。
「そうです!民の命を守るのが王族の使命。私はナールングの意見に賛同します」
良く通る声で発言したのは男でも振り返るほどの美男子だ。座っている位置と服装から見て王子だろうか。彼は発言すると共にナーリング様と目を合わせてなにやら心通わせ合っているようだ。二人は恋人同士なのだろうか? それならこれ以上似合いのカップルも無い。
「他の領地の事も考えて下さい。王子の臣民はグルトン市民だけでは無いのですよ。またあのような内戦が起これば、沢山の民が犠牲になるのです!」
うーむ。俺たちの美食のせいで国の危機が迫っているというのか。
しかしナーリッシ様の言うことは強硬過ぎる気もする。
俺たちは美味しいものが食べたいだけなんだけどなぁ。と俺はカラスマさんの様な事を考えながら皆に茶を給仕する。
「私は反対です! 今のように結界を緩めているだけでも、彼らにはプレッシャーになるのではないでしょうか」
「いや、ナールングよ。あの結界というのはだな……」
王が何か言いかけたが、ナーリッシ様が不敬にも言葉を遮った。
「悠長なことは言ってられません! セボン王! 直ちに兵の派遣を!」
「お母様!」
俺は出来るだけゆっくりと給仕して、事の成り行きを見守り続けた。
「分かった」
数秒後、王が重苦しく口を開いた。
「飛龍騎士団を派遣しよう。ただし攻撃するのはグルトン市ではなく、隣のブオノ村だ。あそこなら犠牲が出ても少数で済むだろうし、万が一にも反撃を受ける事もなかろう」
「ご英断ですわ」
「父上!」
「セボン王様!」
流石に長居しすぎたので俺は頭を下げて扉から出て行った。
さぁ大変だ。一刻も早くこの情報をミソルさんに伝えなければならない。
俺はミントちゃんからもらった大切な『愛信石』を使って彼女と連絡を取ることにした。
『愛信石』は遠く離れた恋人と連絡が取れる魔石だ。ただし通信が出来るのは心が通い合った恋人同士のみ。通常は数キロ程度しか感応しないのだが、ミントちゃんのスキル『遠距離恋愛』のおかげで、数百キロ離れたこの王都からでも話が出来るのは確認済みだ。
「ミントちゃん大変だ! 今から言うことをすぐにミソルさんとカラスマさんに伝えてくれ!」
通信が確立するやいなや俺は叫んだ。
しかし石から聞こえてきた反応は予想だにしないものだった。
「えぇっ!? ショーユ君なの? うそっ! なんて格好してるの! 可愛いっ!!」
しまった。
スキル『遠距離恋愛』の持ち主であるミントちゃんには、通信中の相手の映像まで見えてしまう事を俺はすっかりと忘れていたのだ。
その夜、大変申し訳無いことだが、ブオノ村の存亡などどうでもいいレベルで俺は後悔と絶望の淵に突き落とされてしまった。




