第57話 奇襲!ブオノ村の戦い
満天の星々を覆い隠すほどの飛龍の群れが空を埋め尽くす。
その背に乗っているのは豪華な鎧に身を包んだ王国の精鋭達だ。
外敵と対する時、文字通り一番槍として先鋒を担う親衛飛龍騎士団がブオノ村に来襲したのだ。
「この村は王国に逆らった疑いがある。村長はどこにいるか!」
指揮官と思われる騎士が村の中央広場に降り立ち、居丈高に大声を張り上げた。
応じたのは同じく騎士の姿をした一人の男だ。
「この村は現在グルトン市の庇護下にある。勝手な真似はしないで頂こう」
「貴様は?」
「グルトン騎士団団長シュナモン・ケイヒーだ」
「一介の辺境都市の騎士団如きが、王国直属の親衛隊に逆らうというのか?」
騎士は非礼にも自らは名乗らずに剣を掲げた。
「今回の件では、我々は国王から全件を託されている。逆らう者は容赦せんぞ」
「望むところです」
シュナモンは一歩も引かずに自らも剣を構える。
俺たちはその様子を余裕をぶっこいて遠くから見ていた。
「本当に大丈夫なんですよね……」
シュガーだけが少し心配そうに俺の腕をつかむ。
「問題ないよ。俺たちにやられた時のグルトン騎士団じゃないからね」
実はシュナモンは例のカラスマ亭襲撃事件の際、ミントちゃんにぶんなげられた男だ。
シュガーにはその時の様子が脳裏に焼き付いているのだろう。
「大丈夫ですよ。それより、ナタリーさんの作った『肉じゃが』美味しいですよ」
持参したお弁当を頬張りながらヴィネちゃんがそう口にしたその時、戦火の火蓋は切られた。
「塵と消えろ! 雑魚どもっ!」
大剣で斬りかかる飛龍騎士団。
対するグルトン騎士団の面々も正面から受けて立つ。
「うぉぉっ!」
「ぐぬぅっ!」
シュナモンはその攻撃を軽くいなすと、華麗な動きで斬り返していく。
その俊敏な動きに、あっという間に数人の敵が倒れる。
「噂通り、中々やるようだな」
卑怯にも後方から指揮していた飛龍騎士団長が部下に命じた。
「構わん! ワイバーンを使って村を焼き払え!」
「な、何だと! そんな事をされたら戦うどころでは無くなってしまう!
棒読みで狼狽えるシュナモンをよそに、飛龍騎士団達はワイバーンに跨がり、再び大空に飛翔する。
「やめろー!」
シュナモンの声もむなしく、ワイバーンは口から数千度と言われる高熱の炎を民家に向かって吐き出した。
と、その時……
「ぐわぉぉぉぉっ!」
ワイバーンが奇怪な悲鳴をあげて高度を落としていく。
見れば、飼い慣らされた魔物の片目には大きな矢が刺さっている。
やがて魔竜は片翼を失った航空機のように地面に墜落した。
「やったぁっ!」
「お兄ちゃんすごいっ!」
狙われた民家から飛び出てきたのは、まだ幼い兄弟だ。
兄の手にはその体格には大きすぎる弓が握られている。
「小僧! 貴様がやったのか!」
愛機を失い、地表に転がり落ちた騎士が奇声を張り上げ、恥知らずにも子供達に襲いかかる。
「きゃあぁぁっ!」
妹の方が悲鳴を上げるが、その可愛い声とは裏腹に少女は騎士の股下をくぐり抜け、彼の背中に組み付いた。
「な、なんという動きだ! 離れろくそガキっ!」
だが少女は騎士の首に細っこい腕を絡みつけ、その力を強めていく。
騎士は抗おうとするが、背中に張り付いた小動物の如き敵には手が届く筈も無い。
「う!……うぐぐぐぐ……」
少女の絞め技に騎士は呼吸を止められ、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ぎゃーっ!」
「うぐおっっ!」
そうこうしている間にも村中から悲鳴が聞こえるが、それは全て村人のものではなく飛龍騎士団のものだった。
「なっ。言った通り、俺たちが戦うどころでは無くなっただろう」
格好付けてそう呟いたシュナモンをミソルさんが諫る。
「まだ始まったばかりだぜ。油断は禁物だ。」
「はい、隊長!」
「隊長はよせよ。リーダーはショーユなんだからな。まぁ、人的被害は出そうに無いが、家や畑が一軒でも焼かれないように頼むぞ」
「承知しました!」
シュナモンはミソルさんに敬礼をして仲間と共に散っていく。
その後ろ姿に俺は叫ぶ。
「あっ! 南のスパイス畑は絶対に守って下さいよ!」
苦労して作ったばかりの虎の子を焼かれては堪らない。何しろあのスパイス群は平均気温の高いこの村でしか育てられないのだ。
「ショーユの情報通りだったな。しかしとうとう王国直属の部隊にまでケンカを売っちまったって訳か」
ミソルさんが武者震いするように呟いた。
そう。俺たちは王国の飛龍騎士団の襲来を予想して、村人や今や仲間になったグルトン騎士団を鍛え上げておいたのだ。
もちろんそれは、訓練の成果というより、新開発した料理に頼るところが大きい。
話は一ヶ月前に遡る。




