第52話 カレーと和風スイーツと
「ん? 今日のお前、なにかいい匂いがしないか?」
いつもの昼飯コンビニ買い出しのシーンだ。
俺は現実とも思い出とも夢とも判断つかずにその場にいた。
「流石先輩、分かります?」
「あぁ、俺の好きな匂いだ……あっ、いや、変な意味に取るなよ」
「分かってますよ。僕も好物ですから」
鳥丸はあくびをして自慢するように言う。
「昨日は徹夜でスパイスの比率を試してたんですよ」
「それで、そんなにカレー臭がするのか。風呂ぐらい入ってこいよ」
「時間が無かったんですよ。ほら、うちのアパート風呂がありませんから」
「知らねぇよ。しかし、今時凄いアパートに住んでるなぁ」
「はい、食に関すること以外は全て切り詰めてるんですよ」
「あぁ、お前のせいですっかりカレー気分になっちまったよ。よし、今日はカレー弁当にするぞ」
「では僕もお供します」
「いいのかよ、お前は徹夜でカレー作ってたんだろ。さすがに飽きないか?」
「僕はですねぇ、三日カレーを食べないと死ぬ体質なんですよ」
「なんだそりゃ?」
「いや、死ぬってのは嘘ですけど、マジで体調悪くなるんですよね。しばらくカレーを食べないと」
「いやいや、カレーを食べると健康になるって話は聞くけど、食べないと体調崩すっておかしいだろ」
「それだけ好物ってことですよ、ほらこれ新製品のカツカレーですよ。一個しかないみたいなので先輩に譲りますね」
鳥丸は俺にカツカレー弁当を渡すと、今度は隣にあるスイーツコーナーを見渡す。
「そういや、先輩は今後バベルの塔を攻略するんですよね。それならこれ、『黒蜜とイチゴのカップパフェ』なんてどうですか?」
「え? そうなのか? 俺あんなところを攻略するの?」
「だから、和風スイーツなんですよ。砂糖もたっぷりですから持参して下さいね」
あぁ、これいつもの夢だ。
最初は昔の記憶、段々と支離滅裂になってこの世界の……
* * * * * * * * * *
以上が今朝見た夢である。
今考えると、ミソルさんがこの報告に訪れる事も予知していたのかもしれない。
バベルの塔は死の森に三年ほど前に突如現れたという謎の建造物だ。
現れたといっても、その時まで死の森はずっと濃い霧で覆われていた為、いつからそこに建っていたのか、誰が何の為に建造したのかは不明だという。しかしそれが死の森の最深部にある以上、中には強力な魔物が待ち受けていると思って間違いないだろう。
俺が食道楽が発動してバベルの塔に何かがあるという説明だけを簡単にすると、ミソルさんはニヤニヤと笑いながら聞き終えてから言った。
「この間まで、死の森に一歩足を踏み入れるだけで怯えてた俺たちが、その奥地も奥地にあるバベルの塔に挑戦するってか。こりゃあ傑作だ」
「どうでしょう? 無理ですか?」
「食務課長さんよぉ。誰にものを言ってんだよ」
ミソルさんは巫山戯たマッスルポーズを決めながら答えてくれた。
「このところ出番が無くてうずうずしてたんだ。あんな凄いところに冒険に行けるなんて、これ以上ない幸運だぜ」
心から嬉しそうに言うと、ミソルさんは座り直してニヤニヤしながら聞いてきた。
「ところで他のメンバーはどうすんだ? 前みたいに俺とお前だけか?」
「いえ、今回は長旅になりますから、ナタリーさんの助けは絶対に必要でしょう」
彼女さえいれば致命的な怪我、それこそ一瞬に命が奪われるようなクリティカルヒットを食らわない限りは生きていられるだろう。
頷くミソルさんに向かって俺は続けた。
「それから、無理を承知でヴィネちゃんも連れて行きたいと思います」
「俺も賛成だ」
反対されるかと思っていた俺は少し驚いた。
「あの子の炎魔法は洒落になんねぇからな。遠距離で戦ったら俺だって苦労するぜ」
なるほど。戦士、良き相手を知るっていう事か。年齢や見た目でなく、ミソルさんは客観的にその強さを計っているのだ。
だが、俺の次の人選にミソルさんは怪訝な顔をした。
「あと、シュガーも連れて行きたいと思います」
「なんだと?」
少し髭を摩って考えた後、ミソルさんは言いにくそうに口を開いた。
「それは少し危険じゃないか? あいつは頭が良くて気も効くし、料理も上手いが、戦闘に役に立つとは思えないぜ」
「いえ、未知の敵が現れた時に、あの鑑定能力は役に立ちます」
「そりゃそうだがなぁ……」
どうにもミソルさんは乗り気では無いようだ。
「俺はワフウの代わりにあの娘を守らないといけねぇんだよ。今回も留守番って訳にいかねぇか?」
頭をボリボリと掻きながら、思っていた通りの理由をミソルさんが口にしたので、俺は正直に言った。
「ヴィネちゃんを連れて行って、彼女だけ置いてくなんて承知してくれませんよ。それにですね……」
俺は今朝の夢の後半の内容を思い出す。
「あの塔とワフウさんは何か関係がある気がするんです」
ミソルさんは少し驚いた風にしてから俺に聞いた。
「そいつも、例の食道楽が教えてくれたのか?」
俺は頷く。最近俺は夢の内容とその能力が関係しているのに気がつき始めていたのだ。
「なら信じるしか無いな。まかせろ、シュガーは俺が命を賭けて守ってやるから」
「いや、そうは言っても彼女は俺よりは強そうなんですけどね。俺防御力7ですから……」
「ちげぇねぇ!」
俺たちは緊張を吹き飛ばすように笑い合った。
この時はまだ、何故食道楽が俺たちをバベルの塔に導いたのか、知るよしも無かったのだ。




