第49話 災厄の前兆
先日のパーティーの数日後、久しぶりに役所の休暇を取っていた俺はミソルさんの家に招かれた。
ミソルさんは奥様との二人暮らしである。子供はできなかったそうだが、そのせいもあって今ではシュガーを我が子のように可愛がっているのだ。
この世界でシュガー以外の個人宅に入るのは初めてだ。リビングに通されて初めに目についたのは、目立つ場所に安置されている像だった。
俺は先日見たあの像を思い出して尋ねた。
「それは?」
「知らないのか? ナーリッシ像だよ」
恐らくはそうであろうと思ったが、先日修道院で見た等身大のそれとはポーズが違っていた。右手に泡立て器の代わりにカゴを下げておられるのは、きっと泡立て器(違)の鋳造or彫刻が難しいからだろう。もしプラモデルにしたなら多大な分割パーツか田宮か萬代並のスライド金型が必要に違いない。
「それくらい知ってますよ」
俺は覚えたばかりの知識で知ったかぶりをする。
「この国を救った聖女様なんでしょ」
「まぁ、そんなところだ」
ミソルさんは何か含みがある風に言った。
「聖女様が何か気に入らないんですか?」
「俺が気にくわないのは聖女様じゃなくって大教会さ」
像をひょいとつまみあげてミソルさんは俺に講釈する。
「お前、この像がいくらするか知ってるか?」
「さぁ?」
「金貨5枚だぞ。5枚。それを王国の大教会は半強制的に全市民に買わせてるんだ。女房なんかはありがたがってるけど、俺はどうかと思うね。貧困してる市民の中には借金してまで買わされた連中もいるんだぞ」
ミソルさんが一通りの文句を言い終える頃合いを見計らったように、ミソル夫人がお茶を持ってきて下さった。
「この人はただケチなだけなんだけどね」
茶化す様に言うと、夫人は俺にウィンクする。ミソルさんに負けないボリュームを誇るふくよかな方だが、その笑顔はとてもチャーミングだ。
「ありがとうございます」
俺はありがたくその茶を頂戴するが、状況に気を取られていた為に舌を火傷してしまった。
ちなみにこの茶は、適当に茶葉っぽい葉を摘み取って適当に蒸してから適当に乾燥させただけの試作品である。あまり旨くないのは奥様のせいではなく俺の責任なのだ。
「うるせぇよ。俺はカラスマ亭本部長として全市民の事を考えてだなぁ」
「はいはい。カラスマさん、こんな馬鹿ですけど力だけはありますからこれからもよろしくこき使って下さいね」
俺が舌の火傷を気にしながら恐縮すると、もう一度主人を宜しくといって彼女は戻っていった。口は悪い夫婦だが十分にお互いの愛情が感じられて俺はなんだか温かい気持ちになった。
「全く、あの野郎は」
お前も女房をもらう時には十分に気をつけなと、俺に先輩風を吹かせてからミソルさんは表情を固くさせた。
「少し真面目な話なんだが」
ミソルさんがそんな風に切り出したので、俺は自分の置かれている立場を思い出さざるを得なかった。
「実は最近、洞窟から魔物が抜け出してきてるって噂があるんだ」
「本当ですか? でもこの街はナールング様の結界で守られてるって……」
俺は冒険の時に聞いた話を思い出す。この街は四方八方を聖女様の加護によって守られているんだという話を。
「だから問題なんだ。結界が弱ってきてるのか、魔物が強力になっているのか……」
確かに考えられるのはその二つのケースだ。より悪いのは後者だろうか。いや、前者でも十分に問題だ。
俺が可能性について考えていると、ミソルさんは低く小さな声で呟いた。
「洞窟から抜け出した魔物が先日子供を襲ったそうだ」
「本当ですか!?」
大声で言ってしまってから俺は自分の口に手を当てた。ミソルさんが小声で言ったのは夫人に聞かれたくなかったからだろうから。
「あぁ、ギルドメンバーが実際に見たらしい。いつか俺が戦った魔犬だったそうだ」
「それで、その子供は?」
「幸運な事にカラスマ亭の『お持ち帰りたこ焼き』が好物のお子様だったそうだ。二ヶ所程度噛まれたが命に別状は無いらしい。
『お持ち帰りたこ焼き』とは小麦粉と卵を混ぜたものを半球状に穴の開いた鉄板で回しながら焼いた、見た目はまさにたこ焼きというべき食べ物だ。ソースもかかってないし蛸も入ってないのだが、俺はいつかあれを再現したいという思いを込めて『たこ焼き』と命名したのだ。
「いよいよ、『災厄』が近づいてきているのかもしれませんね」
「あぁ、この半年で随分街の住民は頑丈になったが、どんな魔物が現れるか分からないからな。これからも旨いものを頼むぜ」
最近大きな事件も無くすっかりと油断しかかっていた俺は、そのミソルさんの話で再び緊張を高めねばならなかった。
そして後日、その予兆は美しい女性に姿を変えて現れる事になったのだ。
そう、大聖女ナールング様のご来店である。
いつもご閲読ありがとうございます。
多忙の為次回から不定期更新とさせて頂きますのでどうかご了承下さい。
最終回までの大筋は出来上がっておりますので、それに向かって細々と書いていきたいと思っております。




