第47話 束の間の宴(後編)
「うまく焼けてたらいいんですけど」
一号店店長兼総料理長のシュガーが心配そうにケーキをつつく。ケーキといってもまだ砂糖が生産できていないので、小麦粉と卵を混ぜて焼いただけのものだ。
「大丈夫ですよ。こんなにふわふわしてるですから」
同じく総ホール長に就任しているヴィネちゃんがナイフでケーキを切り分けてくれた。
院長との対決後、しばらくは緊張の糸が切れてしまったようになっていた彼女だが、今ではすっかりと以前の明るさを取り戻している。
その最新能力はこんな感じだ。
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ヴィネガー・サクサン
11歳 女
レベル 6 → 34
攻撃力 2 → 12
防御力 8 → 35
知力 22 → 158
体力 17 → 72
攻撃魔力 254 → 2450
回復魔力 121 → 629
クラス 魔法使い → 炎術師
スキル 成長促進
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注目すべきはその攻撃魔力だ。最初の頃にコンロもしくはチャッカマン代わりに魔法を使ってもらった為に、炎系特化になってしまったのは申し訳ない。
「一年前はこんな事になってるなんて思いもしませんでしたわ」
二号店店長のナタリーさんが感慨にふけったように呟く。彼女にとって激動の一年だっただろう。
そのナタリーさんが8歳の時以来だという鑑定をしてみた結果は
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ナタリー・ソルティウム
24歳 女
レベル 50
攻撃力 12
防御力 45
知力 271
体力 84
攻撃魔力 23
回復魔力 12419
クラス 僧侶
スキル 回復の慈母
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防御力や体力の低さは彼女の場合あまり意味をなさない。いくら倒しても復活するのだから。
言うまでも無く恐ろしいのは回復魔力だが、あらゆるパラメータにおいて5桁の数値は初めて見たとシュガーも言っていた。
「このケーキ、少し持って帰っていいですか。ミントに食べさせてやりたいんすよ」
すっかりと塩戦士ギルド戦闘リーダーの風格の漂ってきたショーユ君が、切り分けたばかりのケーキに手を伸ばす。あの戦いで出会った二人はめでたくお付き合いしているらしい。
そんな成長著しいショーユ君の能力は
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ショーユ・ニシマル
14歳 男
レベル 34 → 48
攻撃力 857 → 1246
防御力 412 → 845
知力 54 → 72
体力 544 → 745
攻撃魔力 141 → 223
回復魔力 57 → 89
クラス 盗賊 → シーフ
スキル 微細手業
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戦闘力でいうと、およそ8800程度で、今やギルド内で彼を凌ぐのは戦闘力9500のミソルさんだけらしい。
「駄目ですよ。これは試食品なんですから。中途半端な物を出して、うちの評判が落ちたらどうするんですか」
シュガーに叱られたショーユ君はしょんぼりとする。彼には可哀想だが総料理長として頼もしい限りだ。
ショーユ君は少しだけがっちりとしたものの身長はあまり伸びず、まだシュガーに比べても低いままだ。その様子は姉に叱られた弟のようで微笑ましいのだが、思春期の彼にとっては悩みの種らしい。だが職業が盗賊である以上、今後も肉体の増強はあまり期待できないのかもしれない。
「はーい! 本日のメイン料理ですよぉ!」
忙しく走り回るシュガーがオーブンから、こんがりときつね色の焼き目のついたコカトリスの丸焼きを持ってきたので皆から歓声が上がる。
「いただきまーす!」
我が総料理長シュガーの焼いたコカトリスは、塩加減といい火の通り具合といい完璧だ。きっと誰かの良い奥さんになれるだろうなと、俺は前時代的な事を考えた。そう思って見るとシュガーちゃんももう16歳。出会ったときより随分大人びた気がする。彼氏とかいるのかな?
「相変わらず見事な腕だね。とても美味しいよ」
俺がそう言うと、シュガーはいつも大変嬉しそうにしてくれる。
「こうなると、やっぱり香辛料が欲しいよなぁ」
俺の呟きを彼女は聞き逃さなかった。
「香辛料ってなんですか?」
「あぁ、俺の住んでいたところにあった味付け用の食べ物だよ。辛い物や舌を刺激するものや良い香りの物とかがあって、それで調味料を作ったりもするんだ」
「調味料?」
通じないのも当然だ。色々と料理が増えてきたとはいえ、食文化的にはまだ先史時代といっても同然なのだ。
「そうだねぇ……塩みたいに他の食材に塗ったりかけたりして味を調える食べ物だよ」
そう説明しながら、俺は自分が香辛料について何も知識が無い事を再確認してしまった。
例えば、一番ポピュラーな胡椒にしたって、俺はどういう風に実をならせ、どのように収穫して加工するのか全く知らない。他の調味料にしたって同じだ。
Wikiなんて贅沢は言わないから何か本でもあればなぁ。食材エンサイクロペディア的な。
それから俺はパーティーそっちのけで、調味料について考え込んでしまっていた。
「カラスマさん。また新しい食材のこと考えてるんでしょう」
シュガーに言われ、俺は少し戸惑った。
「分かるかい?」
「分かりますよ。カラスマさん、料理の事を考えている時は、顎を触る癖がありますもん」
本当だ。俺は慌てて顎から手を離す。自分でも全く気がついていなかった。
「今は私の料理に舌鼓を打って下さい。ほら、これなんて新しいお魚ですよ」
「ごめんごめん。今は食べる事に集中するよ」
シュガーの出してくれた皿には、縦縞のある立派な魚の塩焼きが載っていた。色は赤と白という前世では見慣れない魚だが、考えようによっては紅白で大変縁起が宜しいではないか。
「誕生日パーティーをするって言ったら、調達班の方がこれをカラスマさんにってこっそり渡してくれたんです。いい部下をお持ちですね、食務課長様」
「からかうなよ。俺はただ美味しいものが食べたいだけなんだから」
「出ました! お兄ちゃんの決め台詞!」
ヴィネちゃんにまでからかわれてしまった。
塩焼きは大変旨く、その後もこの世界に来た時には考えられなかった様々な料理を平らげ、俺は幸せな29歳の誕生日(本当は異世界生活一周年)を祝ってもらったのであった。




