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第44話 ナタリーさん追放?

「お帰りなさい、私の可愛いヴィネちゃん」


 満面の笑みを浮かべて院長は俺たち、いや、ヴィネちゃんを出迎えた。院長には今、彼女が金の成る木に見えているのだろう。


「違い……」


 俺がそうきっぱりと言いかけるより前にヴィネちゃんが大きな声で言った。


「違うんです。今日はお断り辞退にきましたんです!」


 院長は何も反応しない。ただ笑みを浮かべたままだ。


「あたしを拾って育ててもらった事は感謝してるです。でも今のあたしはもうカラスマ亭のホール長なのです。折角ですが、ここに戻るというお誘いはご遠慮するであります」


 緊張しているのか、やたらと固い言葉遣いになっているヴィネちゃん。

 院長は黙って聞いている。微笑みを崩さないのが、かえって不気味だ。


「私からもお願いします。もうヴィネちゃんはこの修道院の子では無いのです。言いにくいのですが、院長がヴィネちゃんにされた仕打ちを考えますと……」


 ナタリーさんも必死に説得してくれる。院長に対してここまで言うのは彼女からしてみれば本当に勇気がいることだろう。


「そういう訳ですから。もうヴィネちゃんの前には現れないで下さい」


 俺が負けじと強い口調で言い放ったその時だった。


「だまらっしゃい!!」


 耳をつんざくソプラノが院内に響いた。見れば院長の顔は怒張して真っ赤になっている。


「黙って聞いていれば恩知らずにも程があるわ! 拾って育てて喰わせてやった恩返しがこの結果なの!?」


 院長は俺を睨み付ける。


「おい、そこのカラスマとかいう唐変木! タダで私からこの娘を奪えるなんて思うなよ。こいつにはミスリル金貨100枚以上の価値があるんだよ!」


 遂に本音を表した院長。それは一億円に値する金額だ。


「ですが、市長の命により人身売買は禁止されております」


 俺は努めて冷静に言い返す。一応市長に相談してアドバイスを得ていたのだ。


「この街では誰もが自分の自由意志でもって、職業や生活の場を選べる筈です」

「なぁにを若造が」


 だが院長は怯まずに言い返した。


「ならば養育費を払ってもらおうか。うちだって慈善事業やってる訳じゃないんだよ。親以外の子供は成長したら育ての親に養育費を返すのが決まりだろ」


 確かにそのような制度はあると聞いた。

 だがそれは逆説的に子供を育てる事にメリットを持たせ、子供がきちんと教育を受けられて無為に捨てられないようにする為の制度なのだ。

 しかし修道院の癖に慈善事業じゃ無いって、正直にも程がある。


「では、おいくら支払えば満足なんですか?」

「さっきも言っただろう。ミスリル金貨100枚だ」

「無理が過ぎます!」


 ナタリーさんが悲鳴を上げる。

 俺も足下を見られてるのだろう。

 だが引き下がる訳にはいかなかった。


「あなたはヴィネちゃんをマンドレランを育てる為の道具にしようと考えてるのでしょうが……」


 少しぎくりとした様子の院長。やはり図星なのだろう。


「それは無理ですよ。この娘の能力はそれほどじゃないですから」

「なんだと?」

「ナタリーさんもご存じでしょうけど、野菜を三ヶ月分ほど育てるだけで魔力の回復に三日もかかるんです。成長に二十年もかかるという、そんな大層な薬になる植物を育てるのには途轍もない時間がかかりますよ」


 院長の顔がみるみる変わってくる。


「ナタリー! 本当なの?」

「は、はい。確かにそう聞きました」


 ヴィネちゃんも頷く。


「そうです。あたしの能力(ちから)では、マンドレラン(そんなの)育てられません」


 俺はとどめを刺す。


「それに、この娘は魔力を使った後は飢餓に陥りますから、沢山の食べ物が必要なんです。うちなら職業上いくらでも用意できますが、修道院(ここ)はどうですかねぇ。食費で赤字になるかもしれませんよ」


 ナタリーさんが笑いを堪えている。ヴィネちゃんは流石に気を悪くしたのか俺の尻を院長から見えないように抓ってきた。


「いててて……という訳でいかがでしょうか?」


 院長は少し考えたあげく、ため息をついて言った。


「仕方無いわね。では、毎月金貨3枚で譲ってあげましょう」

「はぁ?」


 どこまで金に汚い女だ。俺はほとほと呆れてしまった。

 俺が激高しようとしたその時、意外にもヴィネちゃんが返答した。


「それでいいです」

「えっ!?」


 俺もナタリーさんも院長さえも驚いた。


「あたしは今、お給金としてカラスマさんから毎月金貨を5枚頂いているです」


 少なくてごめん。薄利でやってるもんだから理解してね。


「その内の金貨3枚を院長さんにくれてあげるです。それであたしは自由の身になれるですね?」

「ま、まぁ……そういう事になるわね……でも……」


 前言撤回するわけにもいかずに言い淀む院長。


「これでお話は終結です。では帰るです」


 ヴィネちゃんの勢いに押され、俺たちが「ではまた……」と身を翻すと、背中から激高した院長の声が響いた。


「このクソガキめら! こんなにバカにされたのは生まれて初めてよ!」


 鬼の形相の院長はナタリーさんを指さした!


「元々お前がこの娘を見つけてきたのが原因よ! お前の顔はもう二度と見たくないわ!」

「院長!」

「最近治癒力が増してきたなんて増長しおって! ずっと私はお前が気にくわなかったのよ! まだまだ私だけでもこの院はやっていけるわ!」


 ナタリーさんに完全に八つ当たりする院長。


「カラスマ!」

「はい?」

「ナタリーは毎月金貨5枚よ。それで譲ってやる!」


 こんなに怒り心頭に達しても金の事を忘れないとは逆に感心する。俺はそれに応えてやる事にした。


「いいですよ」

「えっ!?」

「いいですよ。では正式にオファーします。ナタリーさん、カラスマ亭で働いてくれませんか? お給金は毎月金貨7枚出します。お金はそこから払えばいい」

「えぇっ! ずるいです!」

「分かった分かった。ヴィネちゃんにはホール長手当で追加に3枚だそう。毎月金貨8枚だ。それでいいだろう?」

「私の方が先輩だから当然です」


 胸を張るヴィネちゃん。

 ふと院長を見ると、後光……ではなく負のオーラが悪魔の形に沸き上がり、今にも俺たちに襲いかかろうとしていた。


「で、ではそういう事で。毎月金貨8枚は必ず納めますんで!」


 俺たちは逃げるように修道院を出て行った。


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