第40話 シュガーの両親
その夜、俺たちはカラスマ亭にいつものメンバーで集まった。この際、信頼できる仲間達には全てを話しておこうと思ったのだ。
俺が市長から聞いた『災厄』の話をすると、皆は一様に驚きながらも何か納得した様子だった。
「そういう事か。急に食務課長様なんかに抜擢されたから、おかしいと思ってたんだ」
「すいません。もっと早くに話しておくべきでした」
「父がそんな事を……では、このロケットに入っていた種と何か関係があるんでしょうか?」
「それも含めて検証したいと思ってね。辛いとは思うけど、教えてもらえるかな?」
シュガーはコクリと頷いて話し始めてくれた。
「父はこの市の生まれで、幼い頃は同じく鑑定士をしていた祖母と二人暮らしだったそうです」
「頭のいい奴でな。力だけはある俺と良くつるんで遊んだものさ。まぁほとんど俺が悪事に付き合わせただけなんだけどな」
ミソルさんが懐かしむように補足をしてくれる。
「母はヨーフーという名なんですが、市外の出身でここで父と出会い結婚したと聞いてます」
「ヨーフーは凄い美人で、俺とワフウは一目惚れしたんだよ。詳しくは聞かなかったが、身寄りの無い彼女は放浪するようにこの街に来たらしいぜ」
「で、15年前にシュガーちゃんが産まれたと……」
「はい。父と母は仲が良く、父の鑑定士としての腕も良かったので経済的にも家庭的にも私は幸せでした。でも……」
「でも?」
「でも、私が十歳になる頃から、父は悩みを抱えているようでした」
というと、五年ほど前か。
丁度市長にワフウさんが『災厄』の予言をしに行った頃だ。
「きっと先ほどのカラスマさんのお話が原因だと思います。そして父は家を空ける事が多くなり、同じ頃に母が病気になりました」
悲しそうな目で語るシュガー。
「母の病気の原因は誰に見せても分かりませんでした。父が街の中でも選りすぐりの回復技能を持つ魔術師なんかを連れてきたりしたんですけど効果は無くって……」
「病気になって一年後、母は亡くなりました」
「あの時のワフウは見てられなかったよ」
そうだったのか。シュガーも今は明るくしているが、相当に苦労してきたようだ。俺は気遣ってやれなかった自分を恥じた。
「あまり辛いなら、話さなくてもいいんだよ」
「いえ、父の死になにか意味があるんでしたら、是非聞いて頂きたいんです」
シュガーは健気にそう言ってくれた。
「二年前の事でした。三日前から家を空けていた父が深夜に大怪我をして帰ってきたんです。お腹には大きな傷跡があり、大量に出血していて息も絶え絶えでした」
シュガーは唇を噛みしめて、胸元のロケットを握り締める。
「私は医者か回復者を呼びに行こうとしましたが父は止めました。もう間に合わないからと」
辛い話だ。聞いているミソルさんまで肩を震わせている。
「父は私に、このロケットを手渡しました。これを大事にしてくれと……そして何かを言いかけて息を引きとったんです」
「何かを……」
「きっと、それはカラスマさんにそれを託すようにという遺言だったんだと思います」
「それは考え過ぎじゃ……」
「いえ、そんな事はありません。父と市長の話、私とカラスマさんとの出会い、ロケットの中の種子の発見……全部話が繋がるじゃないですか」
そう言われれば、全てワフウさんは分かっていたのかもしれない。
ひょっとして、ロケットを開ける能力を持ったショーユ君との出会いまで計算づくだったのだろうか。俺が来るまでに開封されてしまえば、あの種はゴミとして処分されてしまっていたのかもしれないのだから。
では名前の間違いの件はどう考えればいいのだろうか。単にワフウさんが予知できなかったのか、それとも俺を間違って召喚してしまったのか。どちらもワフウさんの天才的な能力を聞けば聞くほどありえない話だ。いや、俺が来たのはワフウさんの死後の事なんだから後者はありえないのか。
「シュガー、ちょっと変なことを聞くんだけど」
「はい、なんですか?」
「お父さん……ワフウさんの鑑定って、した事あるのかな?」
シュガーは緩やかに首を振って答えてくれた。
「いえ、私たち鑑定士は親族の鑑定はできないんです。どうしても主観や思い込みが入って結果が濁るからって父は言っていました。それに鑑定士を鑑定するにはそれなりの能力が無いと無理だとも教えられました」
「と、なると君の能力の鑑定もお父さんに鑑てもらった訳じゃないんだ」
「はい。前にも言いましたが、父の師匠筋にあたる高名な先生に鑑定してもらったんです」
「なるほど……」
ワフウさんの職業は本当に鑑定士だったんだろうか。しかし今やそれを確かめる術は無かった。
「とにかくワフウさんの予言した『災厄』が現実になりそうな事は、俺……本当は俺じゃないんですけど、が現れる予言が的中したことからしても、残念ながら確実の様だ」
俺は柄にもなく、議長気取りで話を纏めにかかった。
「しかし俺たちに出来ることは、美味しいものを作って食べてそれに備える事だ。今日の事は市民に知られるとパニックになると思うので、他言無用にしておいてほしい」
皆は黙って頷いてくれた。
「その上で、申し訳ありませんが、これからもご支援をお願いします!」
「何を水くさいこと言ってんだ。ここは俺たちの街なんだぞ。余所者のお前さんに頼って迷惑を掛けているのは俺たちのほうさ」
頭を上げた俺の背中をミソルさんが叩いてくれた。
「そうですよ。カラスマさんは父が予言した救世主なんですから、ドシンと構えてて下さい」
「おにいちゃんは、ただ美味しい食べ物を作ってくれれば万事解決ですよ」
「俺も微力ながら手伝います。だって、俺の街ですから」
「ミントちゃんの住み街でもあるもんな」
「ちゃかさないで下さい!」
あまり明るい話の場では無かったが、最後にはこうして皆で笑い合う事ができて俺は本当に嬉しかった。確かに俺は余所者だが、不思議なことにもうそんな感覚は消え失せかかっていた。
前世では三十年近く過ごした地元にも何の愛着も無かった俺だが、ここに来てたった半年でグルトン市が故郷という気持ちになっていたのだ。それはきっとここにいる仲間達のおかげに違いなかった。




