第39話 野菜も食べよう!
「育て~成熟~育成~伸暢~」
あの時と同じ謎の呪文に聞こえるヴィネちゃんの可愛い声が早朝の畑に響きわたる。
しかし一分、二分と経っても何も動きは無く、俺は少し心配になってきた。随分古そうな種だったので既に腐ったんじゃないだろうな。あれ、種に消費期限ってあったのかな。
そんな風に俺がおろおろと狼狽しかけたその時だった。
「おおっ!」
ミソルさんの驚きの声と同時に土がこんもりと盛り上がり、その中から小さな若葉が顔を出した。
「うーん!!」
ヴィネちゃんの念に合わせ、それはにょきにょきと成長すると次第に枝分かれしてくる。
「もっともっと成長するです~」
やがて枝の端々に黄色い花が咲き始め、青い実が育ってきた。
「はぁはぁ……育ってぇ……」
ヴィネちゃんが最後の力を振り絞るように唱えると、彼女の拳くらいのサイズにまで育った実は青から黄色、そして真っ赤に熟して食べ頃に育った。
「トマトだ!!」
俺は思わずガッツポーズする。野菜ガチャでSSレアを引き当てた気分だ。トマトはそのままでも食べられるし、色々と応用も利く神野菜ではないか。
「で、出来たです……」
「ヴィネちゃん!」
しまった。喜びのあまりヴィネちゃんの魔力消費に気づいてあげられなかった。大木を一日で育て上げた彼女の能力だが、花が咲いたり実のなる植物を成長させるには別次元の集中力や魔力が必要なのかもしれない。
そういえば実を成らせるのには授粉とかも必要なのでは? その過程さえもぶっ飛ばすほどの能力なら疲れるのも当たり前だ。
「すまなかった。大丈夫か?」
「お、お腹が……」
「お腹が痛いの!? すぐに薬を持ってくるから!」
シュガーが慌てて身を翻す。
だが、家に戻ろうとしたその姿をヴィネちゃんが引き留めた。
「ち、違うんです……お腹が空いて……」
そういえば前回の時も急にお腹が空いたと言っていた気がする。ヴィネちゃんの『成長促進』の能力は恐らく飢餓を誘発するのだ。
「も、もう駄目……何か食べさせるです……ぐるるるるるるぅっ!!」
しまった。ヴィネちゃんがビーストモードを発動させてしまった。
「ど、どうしたんですか!? どうなっちゃうんですか!?」
事情が全く分からずに恐れおののくショーユ君。
「ショーユ! 家から食べ物取ってこい!」
「はいっ!」
ミソルさんに言われ、忍者のような素早さで駆け出すショーユ君。流石に盗賊なだけはある。
しかしヴィネちゃんのお腹はもう限界だった。
「駄目です! 間に合いません!」
ロボットアニメのオペレータのようなセリフを叫ぶシュガーちゃん。
「ぐるるぅっ!!」
ヴィネちゃん一は度四つん這いになって四肢を縮ませると、一気に手足の関節を引き延ばし、大ジャンプしてトマトの前に着地した。
「あぁっ! ずるい!」
シュガーの声も虚しく、ヴィネちゃんは枝になったままの真っ赤なトマトに齧り付いた。
がつっ!がつっ!ぐしゃっ!びゅるるるっ!ぐわしぃっ……
トマトの潰れる咀嚼音。飛び散るトマト汁でヴィネちゃんの服も地面も真っ赤に染まり、まるで殺人現場のような惨状を呈してきた。
「ふぅぅっ……美味しかったですぅ……」
やがて全てのトマトを平らげてしまったヴィネちゃんは、その場で眠り込んでしまった。
「よほど疲れちゃったんですね」
独り占めされてしまった事を残念そうにしながらも、シュガーはヴィネちゃんの小さな体を抱え上げた。
「でも、これで新しい食材の目処がつきましたね。私も早く食べてみたいです」
* * * * * * * * * *
更に翌日から、俺たちは今度は計画的に野菜を育てることにした。
ヴィネちゃんの体を考えて、一日一作物、『成長促進』は一日おきに三分までというルールも取り決めた。
「見事に出来ましたねぇ」
「どれも見た事の無い植物だけど、全部食べられるのか?」
「えぇ、勿論です。これで彩りも綺麗な料理が出来ますよ」
数日はかかったが、やがて実を成らせたのは、トマト・ニンジン・タマネギ・キャベツ・キュウリといった錚々たる面々であった。ワフウさん、ありがとうございます。
いずれも前世で見慣れたそれとは少しづつ違いがあるのだけど、見た目で種類が判断できるほどにはそれぞれ似ている。
まぁ俺も日本で売られている品種しか知らないのでなんとも言えないが、この世界の植物は動物ほどには元の世界とかけ離れていないようだ。
「うわぁ! 梅とはまた違った酸っぱさですけど、美味しいですぅ!」
「どれも中からお水が溢れてくるですよ」
「それは瑞々しいって言うんだよ。栄養も抜群だからね」
試食会も大好評だった。俺もようやく新たな栄養素が取れる。カサカサお肌もじきに治るだろう。
「こっちはちょっと苦手なお味ですぅ」
ニンジンを口に含んで苦そうな顔をするヴィネちゃん。
「私もこれは舌がぴりぴりして……」
同じくタマネギスライスをもてあますシュガー。
「うん。どちらも生だとちょっときついかもしれないね。良く焼くと甘みが出ると思うから、好き嫌いしちゃ駄目だぞ」
「はーい」
なんだか食務課長というより園長先生だな。
「鮭や肉の時ほどのインパクトは無いが、なんだその、体が綺麗になる感じがするな」
「そうですね。肉と一緒に食べると美味しそうです」
男性陣にも好評のようで俺は安心した。野菜もこの世界で受け入れてもらえそうだ。
「それでは一部を食務課で頂いて、探求班による栽培の研究を行います。いいかなシュガー?」
「勿論です。父も喜ぶと思います。でも……」
「でも?」
「父はどうして野菜の種をロケットに入れてペンダントにしていたんでしょうか……」
それは俺も疑問だった。市のどこを捜しても見つからなかった野生の野菜。この世界には存在しないのではなく、やはり誰かが食べさせまいとして刈り尽くしてしまったのだろうか。
もしそうだとすれば俺たちは又も禁断の食材に手を出してしまったことになる。
「シュガー、良かったらでいいんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「お父さん……ワフウさんのこと、少し教えてもらってもいいかな?」
良い機会かもしれない。俺がシュガーに頼むと、彼女も快諾してくれた。
「はい。父の事がカラスマさんのお役に立つのでしたら」




