第37話 発動!エピキュリアン
「随分親密そうでしたね。あの女の人、どなたなんですか?」
ナタリーさんを見送って厨房に帰ると、何故かシュガーがふくれっ面をしながら俺に聞いてきた。
「あぁ。彼女が以前話したナタリーさんだよ。ほら、死の森で俺とミソルさんを助けてくれた……ヴィネちゃんの知り合いだったみたいで驚いたよ」
「そうですか。それは良かったですね」
なんだかぶっきらぼうなシュガーちゃん。厨房の仕事が忙しくて話に加われなかったのを怒ってるのだろうか。
「厨房を任せっきりで悪かったね。もう少しここの人員も増やせればいいんだけど、ホールと違って調理が出来る人材を捜すのが難しくてね」
「問題ありませんよ。私一人の時でも十分に廻せてますから」
やはりちょっと不機嫌そうだ。
「そうだ。ナタリーさんに専業は無理でも、手伝いをお願いしてみようかな。彼女、修道院で調理もするって言ってたし、即戦力になるかも……」
「カラスマさんっ!」
「は、はいっ!」
「無駄口を叩いていないで、さっさと手伝って下さい」
うーん。人を増やす話をしたら喜んでくれるかと思ったんだけど、何かあったのかな?
「鮭定食二人前でーす!」
「はーい!」
ヴィネちゃんの注文にシュガーが応じる。てきぱきした動きは馴れたものだ。
俺は鮭を焼こうと、彼女の隣に立ってコンロに火をつける。
その時だった。
パラリラリラリラ~!
俺の頭の中に突如ゲーム風のファンファーレが鳴り響いた。
重要アイテムを手に入れたり謎が解けた時になるアレだ。
それは俺の能力『食道楽』が発動した瞬間だった。
「シュガー!」
俺は隣でキメラ肉を焼いている彼女に顔を近づける。
「ど、どうしたんですか!? 急に……」
「ちょっと聞きたい事があるんだ!」
「あ、改まってどうしたんですか……さ、さっきの事ならもういいんですよ……カラスマさんがナタリーさんみたいな大人の人がタイプでも、胸の大きい人がタイプでも、あ、あたしには関係ありませんから……」
顔を近づければ近づけるほど、何故か真っ赤になってくるシュガーの胸元に俺は手を伸ばした。
「触れていいかい?」
「だ、だめですよ。カラスマさん……こんなところで……で、でも、少しなら……」
何故か目を閉じるシュガーちゃん。
許可が出たので、俺は彼女の首にかかっているロケットペンダントを手に取ってみた。
「これ、何か入ってるの?」
「へっ!?」
脱力したような返事が返ってきた。
やはり今日は少し様子がおかしいようだ。
「あっ。あっ!これですか? これは父の形見なんです。開けようとした事もあるんですけど、開け方が分からなくって」
「ちょっと、見せてくれるかな?」
「は、はい。どうぞ」
どうした事か照れながらシュガーは首からそれを外すと俺に手渡してくれた。卵に羽が生えたようなデザインのそれは、大きさ3センチくらい。振ってみると中から微かにカラカラといったような音が聞こえてくる。一体何が入っているのだろうか。
「開けてみていい?」
「はい。でも、開かないと思いますよ」
シュガーの言う通り、それは引っ張っても回しても押しても微動だにしなかった。ワフウさんの形見だというならあまり乱暴に扱う事も出来ない。
「それが、どうかしたんですか?」
焼けたキメラ肉を皿に乗せながら、シュガーが不思議そうに聞いてくる。それも当たり前だろう、ずっと一緒に過ごしていた俺が、急に興味を持ったのだから。
「うん。俺の勘だと、ここには重要なものが入っている気がするんだ」
「そ、それって、例のスキルが発動したって事ですか!?
「自信は無いけど、この間その肉が死の森で獲れるって、突然閃いた時と同じ感覚なんだ」
確かに俺の目には、今そのロケットがキラキラと光って見えている。アイテムがある場所が同じように光っているゲームのように。
「でも、こんな小さなものの中に、何が入ってるんでしょうか?」
「確かにそうなんだけどね。お父さんからは何か?」
「いえ、父は突然にだったんで……」
「そうか、ごめん」
そういえば、ワフウさんの亡くなった原因も聞いていなかった。市長に聞いた話も含めて今度ゆっくりと話さないといけないかもしれないな。
「ミソルさんの怪力なら開いちゃったりして」
「だめだめ。あの馬鹿力じゃ中の物も壊れちゃうかも。大切な形見なんだろ?」
「うーん」
「とりあえず、仕事しながら考えようか」
俺たちは悩みながら再びフライパンと格闘し始めた。
簡単には開かないロケット。寄せ木細工のからくり箱みたいに決まった手順で何かをすれば開くのだろうか。
そういう魔法スキルを持った人がいればいいんだけど。中の物を転移する能力とか……。
色々と解決策を考えていると、なにやらニヤニヤしながらヴィネちゃんが注文を受けてきた。
「キメラ定食二人前でーす」
「どうしたんだい? 面白いお客さんでも来た?」
「それがですねぇ。ショーユさんと例のミントちゃんが逢い引きで来てらっしゃるんですよぉ」
俺に耳打ちするヴィネちゃん。相変わらず言葉のチョイスが昭和だ。
「そうかぁ。あの二人うまくいけばいいけどなぁ……あっ!」
「ど、どうしましたですか!?」
「ヴィネちゃん。ショーユ君に閉店後来てもらえるように伝えてくれるかな」
「い、いいですけど、恋の手ほどきでもしてあげるですか?」
「いや、もっといいことだ」
俺はショーユ君の職業を思い出したのだ。
彼のクラスは『盗賊』
そして、スキルは微細手業だった事を。




