第34話 食務課長就任
烏丸と鳥丸。
こりゃあ間違えられても仕方ないねぇ……。って、そんな簡単に済ませられませんよワフウさん。
ひょっとして俺って彼と間違えられて召喚されちゃったの? 本来は俺死ななくても良かったの? あ、でも俺が死ななかったら奴が死んで俺の代わりにここに来ていたんだろうか。
この世界には悪いけど、彼より俺が死んだ方が前世世界に取っては良かったんだろうなぁ。だってきっとあいつは良い料理人になったと思うよ。奴の作った唐揚げ食べたかったなぁ。
逆にこの世界の為に彼が死んでいたとすると、料理もその素材の知識も俺とは比べものにならないあいつは、もう既にこの世界を救っていたのかもしれない。あくまで料理で世界が救えるのならって話なんだけど、俺なんてただ内乱みたいなものを引き起こしただけだもんなぁ……
「キュウヘイ・カラスマ!」
「は、はいっ!!」
妄想に浸っていた俺は、自分の名を呼ばれて裏返った声で返事をしてしまった。
「本日より、そなたを食務課長に命ずる。グルトン市市長、クミン・ウマゼリ」
「謹んでお受けします」
俺は市長から、任命書と首から下げるメダルのようなものを受け取る。恐らく役務章のようなものなのだろう。正装は今日だけのつもりだから付けるつもりは無いけど。
ここは市の公宮、平たく言うと市役所なんだけど、まぁこういう世界だから謁見の間みたいなものもあるわけで、俺はたった今なりゆきで『食務課長』に任じられたところだ。
『食務課長』というのはもちろん大臣なんかよりもずっと低い階級だが、市の食料に関する事柄に対して全権を持つという結構大変な役職らしい。
ただ、人気は無い地位らしいので、俺が就任するにあたってもそれほどの反対やもめ事は無かったと聞いている。以前は食事といえば味気の無い三種類しか無かった訳なのでそれも頷ける。
ちなみに前任者は例の役人であり、公文書偽造の罪で彼は市から追放されたとの事だ。
「君に食務課長になってもらいたい」
市長の話を俺は思いだす。
「それがこの市を救う、唯一の方法だと思うのだ」
市長が言うには、ワフウさんの言っていた災厄とは未だに何かは分からないが、最近結界の外の魔物が強力になっているのと関係があるのかもしれないということだった。
そういえば北の洞窟に行った時も、ミソルさんがそんな事を言っていた気もする。
「そういうことであれば、ご協力は出来るかと思いますが、ここでカラスマ亭を経営しているだけではいけないのでしょうか?」
「無論それも一つの方法だが、もっと効率的にするには市の食務課長になって食材の調達を組織化した方が良いのではないか?」
「と、おっしゃられるには、市長はお気づきなんですね。私の作る料理の効能について」
「当たり前だよ。どこの世界に子供や町娘にこてんぱんにされる騎士団がいるのかね。聞けば皆、君の料理の常食者らしいじゃないか」
とうにお気づきか。流石に高い見識を誇る市長だ。
「しかし、私はあまり高い地位や目立つ立場は苦手なんですよ。食務課長はミソルさんなんかにして、私は影で支える側じゃ駄目ですか? あっ、ミソルさんっていうのは我が塩戦士ギルドの戦闘リーダーでして、腕っぷしも人柄も保証できる立派な人材です」
「遠慮深いところも救世主らしいなぁ」
お願いですからその表現は止めて下さい市長。恥ずかしくて死にそうになります。
「だが形だけでも君になってほしいのだ。気づいていないのかもしれないが、君はもうこの市では絶大な人気を博しているのだよ」
「そ、そうなんですか?」
マジで知らなかった。
「だから、君の命令によるものなら食務課の職員も喜んでその仕事に尽力してくれるだろう。だが君が影で命令するのでは、何か分からない何の役に立つかのかも分からない仕事に彼らが励んでくれるとは思えないのだ」
なるほど流石は有能市長。下の者を気持ちよく働かせるコツをつかんでいるようだ。
ここまで理路整然とされては言い返す事も出来ない。もとより命が助かっただけでも儲けものなのだ。
俺は覚悟を決める事にした。
「分かりました。私みたいな者で良ければ、この市のお役に立たせて下さい。ただ一つだけ……」
俺は気に掛かっていた事を市長に尋ねた。
「その災厄の真の原因はなんだと市長はお考えですか?」
市長は少し驚いた風にしてから左右を見渡し、俺に耳打ちするように小さな声で答えてくれた。
「分かりました市長。ならば私は全力でグルトン市民の為に働きましょう」
市長の考えが俺と同じだと知り、俺はこのダンディ紳士の下で働ける事に少しばかりの喜びを芽生えさせたのだった。
それにしても『課長 烏丸丘平』か。
ゴロが悪すぎてこれじゃあアバンチュールなんか発生しそうにないなぁ。




