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第33話 ワフウさんの予言

「突然お邪魔して悪かったね」


 閉店後、再び訪ねてきたクミン・ウマゼリ市長は、全く偉ぶる様子も無く俺に握手を求めて来た。


「いや、こちらこそ少し興奮してしまってすいませんでした」


 俺は恐縮しながら右手を差し出す。握り返したそれはインテリに似合わないごつごつした荒れた手で、彼が叩き上げで市長になったという経歴を如実に物語っていた。


「それで、こんな店に市長ともあろう人が何用でしょうか」


 俺はまだ警戒を崩さずに言った。昼間と違い、市長はお付き無しで一人でやってきた。あまり人に聞かれたくない話でもあるのだろうか。そう思った俺は人気の無い店内で一人で迎える事にしたのだ。

 だが俺の緊張をよそに、市長は意外な話から切り出した。


「ここに、シュガーという娘が働いているだろう」

「あ、はい。昼間、市長を指さして大声で叫んでしまった女の子です。ご無礼でした」


 俺が頭を下げると、市長は笑って言った。


「いや、いいんだよ。しかし成長したものだ。あのワフウ・スイーツの娘がなぁ。あの時はまだ三歳くらいだったか」


 そういえばシュガーは、お父さんがこの市長を鑑定した時に一緒だったと言っていた。


「ワフウさんとお知り合いなんですか?」

「うむ。今日はその話で来たんだよ」


 市長は語り始める。


「十年以上前だったか、ワフウ君に鑑定してもらったのが縁で、私は彼から色々と政策についてアドバイスをもらっていたんだよ。彼は素晴らしい鑑定眼を持っていたが、色々な事に知識が豊富でね」


 頭の良い人だとは聞いていたが、それほどだったとは。


「ここから先の話は他言無用に願おう。約束してくれるかな」


 少し真剣な表情になって市長は俺に問うた。今朝まではどちらかというと敵というイメージだった市長だが、目の前に座っている紳士はどう見ても悪い人には見えない。俺は頷きながら答えた。


「約束します」

「うむ……」


 市長も同じように頷いて話を続ける。


「丁度五年前の事だ。突如ワフウ君が私を訪ねてきてな。数年後この町に重大な災厄が訪れると進言してきのだ」

「災厄……ですか?」

「左様。それが何かは分からず、何故分かったのかも教えてはくれなかった。ただ、その災厄のせいで多くの市民に犠牲が出るかもしれない。そして、その前にこの町を救えるかもしれない旅人が現れるかもしれません、と」

「旅人……」

「うむ。それがどんな者なのかも不明だとワフウ君は言った。だが一つだけ予言してくれた。その者の名を……」


 市長はそこで言葉を切った。

 まさか俺だなんて言わないでよ。

 そんな展開恥ずかし過ぎる。


「その者の名は『トリマル』。トリマルという旅人がこの町を救ってくれるかもしれないということだった。そしてその者がもし現れたら、おかしな事を始めるかもしれないが好きにやらせておくようにと」


 良かった。今でさえ分不相応なのに、救世主扱いされてはたまらない。

 しかし『トリマル』とは、どこかで聞いた名だ。ちょっと(カラスマ)と似ているのが気になるけど……あれ?字面は似ていないけど、どうして似てるように感じるんだろう……


「そんな事があって、最初私は君の店を傍観していたのだよ。しかし調べさせると店主の名前は『トリマル』ではなく『カラスマ』だという。となると、私は王国の統治する町の市長として放置しておく訳にはいかなかったんだ」


「あれは、王国からの指示だったんですか?」

「あぁ。王国は領土内での一切の美食を禁じている。何故かは分からんが」

「その様子では市長、あなたはこの国での美食の可能性についてご存じだったんですね」


 市長はゆっくりと頷く。

 なんという事だ。この世界では美食という概念が無いのではなく、その行為自体が人為的に禁止されているというのか。


「その命令は市長になった時に初めて聞かされた。もちろん私も他の市民同様、当時は米と麦、それからジャガイモ以外の食事など考えもしなかったが、逆にそこで気づかされたのだ」

「それで、自分で試そうとはしなかったのですか?」

「出来る訳が無い」


 市長は吐き捨てるように言った。


「その命は王国にとって一番重要だと何度も念を押された。もしそのような事をする市民が現れれば、徹底的に弾圧鎮圧して関係者全員を処刑せよと申しつけられたのだ」

「ま、まさか……」


 そこまで聞いて俺は震え上がった。

 えっ? ひょっとして俺たちみんな火あぶりの刑?


「いや、それでも私は同じ町の住民を美味しい物を作って食べたというだけで処刑するのには反対だった。ところが役人の一人が私が手ぬるいといって、勝手な行動を起こし始めたのだ」


 俺には二度この店にやって来た、小ずるい役人の顔がすぐに頭に浮かんだ。


「奴は、私が王国の命に逆らっていると国王に訴え、自らが鎮圧しますと申し出たのだ。つまりは私の後釜を狙っていたのだろう」


「なるほど……」

「そいつは偽物の印で私の許可が出たと偽り、グルトン騎士団まで持ち出して君の店を廃業させようとしたのだ。本当にすまなかった」


 なるほど、あの役人は市長に申し訳が立たないなどと言っていたが、それは勝手に騎士団を動かした事についてで、実際には王国への責任がより大事だった訳だ。

 それなら彼があれほど取り乱した理由も理解できる。

 市長が頭を下げようとしたので俺は制した。


「や、やめて下さい。私も事情も知らずに勝手な事をして申し訳ありません」

「それでだ……」


 俺は神妙に語る市長の声を聞きながら、絶望の淵に立たされていた。

 こうなると解決は一つしかない。


「分かりました。市長、ひいては市民全員にまで迷惑は掛けられません。大人しく店を畳みます。ですが、私以外の他の店員やギルドのメンバーには寛大な処置をお願いします。彼らは私がそそのかしただけですから。あと出来ましたら……」


 俺が格好悪くも自分も死刑は勘弁してくれ。出来れば執行猶予ぐらいで手を打ちませんかと泣きつこうとすると、市長は意外にも苦笑していた。


「いやいや、今の言葉で分かったよ。昼間の料理の件といい、やはり君はワフウ君の言っていた男に違いない」

「えぇっ!? だ、だって名前が違うんでしょ!」

「あくまで予言だからな。ワフウ君だって間違う事もあるだろう。それにほら」


 俺は嫌な予感がして背中がぞくぞくしてきた。


「トリマルとカラスマ。ちょっと似てるとは思わないか?」

「いや、『マ』しか合ってないじゃないですか……『マ』……『マル』……あぁっ!!!」


 俺が急に立ち上がったものだから、今度は逆に市長が驚いた。


「ど、どうしたんだね」

「思い出し……ました……」


 前世の現場で俺を慕っていたあの青年。

 俺と同様に食べる事が大好きで、それが高じて料理学校に通いながら調理師を目指していた、俺のたった一人の友人(候補)。


 彼の名は『鳥丸(トリマル)』であったのだ。


名前のネタは既にお気づきの方も多かったと思いますが^^;

次回から新章始まります!

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