第32話 シェフを呼べ!
翌日からカラスマ亭は普段通りの営業を再開した。
グルトン騎士団を追い返した噂は町中に流れ、カラスマ亭は今やグルトン市で名を知らぬ者はいないというほどの有名店となってしまっていた。
「しかし今後が心配でもありますよねぇ」
俺はキメラ肉を焼きながら、剣の手入れをしているミソルさんに話し掛ける。
「当分は大丈夫さ。俺たちどころか町娘にさえ武力で勝てないって知ってしまったんだぜ。しばらくは手出ししてこれないんじゃないか?」
「それにしても、どうして市長はそんなにこの店を潰したかったんでしょう?」
シュガーが皿を洗いながら不思議そうに言った。
それは俺もずっと抱えていた疑問だった。役人は食べ物に夢中になって町全体の生産力が下がっているなんて言っていたが、一介の市民に対して市ご自慢のグルトン騎士団まで差し向けるなんて度が過ぎている。
「市長ってどんな人なんだい?」
「クミン・ウマゼリさんっていう中年の方です。庶民からの叩き上げで市長にまで昇り詰めた努力の人で、貴族にも平民にも公正だって人気も高いんですよ」
「シュガー、詳しいね」
「えぇ。一度、父が鑑定を依頼された時に付き添いでお会いした事があるんです」
シュガーのお父さんは思っていたより凄い鑑定士だったみたいだ。
「でも、それなら余計におかしいな。そんな人が暴力でカラスマ亭を潰そうだなんて……」
「ですよねぇ。その時の鑑定結果でも市長は凄い知力の持ち主だったんですよ。あと、見た目も凄く格好良くて」
シュガーが胸の前で手を組んでうっとりとする。あれ……なんだか気分が良くないのは何故だろう。俺たちがそんな風に気もそぞろに働いていると、
「みなさん。雑談はそれくらいにして、今は仕事に勤勉に集中して下さい」
ホールから厨房に戻ってきたヴィネちゃんに叱られてしまった。
「キメラ肉のステーキ定食、三人前です!」
「あいよ!」
俺は仕事に戻って肉を焼き始める。キメラ肉は在庫が少なくなってきたが、ミソルさんが明日には死の森に仕入に行ってくれるので大丈夫だろう。
しかし、こうなると付け合わせに何か野菜が欲しいな。ジャガイモはあるのだが、栄養バランスを考えると緑黄色か青物野菜が欲しいところだ。
「ほい、ステーキ定食上がったよ!」
出来上がった彩りの無い皿を見ながら、俺は早くも次の食材に思いを募らせていた。
「はーい! お持ちしまーす」
ヴィネちゃんもすっかり仕事に馴れ、今はホール長といった雰囲気で他の店員を仕切っている。だがヴィネちゃん以外のホール担当者は、片手間に手伝ってくれているギルメンばかりなのでその能力差が著しく激しい。
そろそろ正式に人を雇った方が良いのかな。おっ、おれ今店長っぽくなかった? などと馬鹿なことを考えていると、ホールから大きな声が響いた。
「シェフを呼べ!」
なんというマンガでしか聞いた事の無いセリフだ。
こういう場合は、料理に問題があって罵倒されるか、そう見せかけて実は褒め称えられるかどちらかだ。
「カ、カラスマ店長……」
可哀想に、ヴィネちゃんが怯えながら厨房に戻ってきたので、俺は大丈夫だよと彼女の肩を叩いてホールを向かった。
しかしながら、かくいう自分もビビっていた。
白髪混じりで総髪の、険しい顔をした中羽織姿の客じゃなければいいけど。
「お客様、何かありましたでしょうか?」
呼ばれたテーブルには中年の男が三人座っていた。先ほどのキメラステーキ定食を注文した客達のようだ。
「少し聞きたいのだが、これが噂の魔獣の肉という奴なのか?」
真ん中に座った正装に髭の紳士が尋ねる。ミソルさんとは又別のタイプのインテリダンディだ。
「はいそうです。もしお口に合わないようでしたら、他のメニューと交換致しますが……」
「いや、問題無い。見たところこの店には様々な客がいるが、同じ料理を出しているのか?」
「は? どういう意味でしょうか?」
「これは特別な料理ではないのだね」
客は自分の皿を指さして言う。
「この店では庶民にも貴族にも同じ料理を出しているのかと尋ねているのだよ」
「当たり前です!」
俺は少しカチンときて声を荒げた、服装から見るにこの男は貴族なのだろう。きっと平民と同じ料理を出すなと因縁をつけてきたに違いない。
「少なくとも我が店内では、貴族の方だろうと、戦士の方だろうと、農業の方だろうと、そこらで倒れている浮浪者だろうと同じ料理を出しています! あなただけに特別なものなど出すことはしない!」
「貴様! 無礼だぞ! このお方は……」
紳士の両隣の男達が立ち上がって叫んだ。先ほど大声で俺を呼んだのもこの二人のようだ。
その騒ぎに店内がざわめく。
少し言い過ぎたかと俺が謝罪しかけると、紳士が先に口を開いた。
「待ちなさい君たち」
紳士は両隣の二人を座らせると、逆に俺に頭を下げた。
「店を騒がせてすまなかった。この二人も私を守ろうとしただけで、悪気があった訳では無いのだ」
「い、いや、いいんですよ……」
こんな立派な佇まいの人にそんな風に言われては俺も困ってしまう。
「と、ところで。結局何の用なんですか?」
「うむ。実はな……」
紳士が語り出そうとしたその時、騒ぎを聞きつけて厨房から出てきたシュガーが叫んだ。
「あぁっ! カラスマさん、その人ウマゼリ市長ですよっ!!」
ようやく本筋に入いれた気がします。




