第31話 思わぬ戦いの結末
「剣を捨てて投降しろ! そうすればこの女の命は助けてやる」
やれやれ。役人はもう完全に悪役の立場に酔っているようだ。少女を拉致している騎士団の男は不本意そうだが、彼も立場上仕方ないのだろう。
「俺とてこのような真似はしなくないのだが、上には逆らえんのだ!」
ですよねぇ。すまじきものは宮仕えとは良くいったものです。
と、ここに来て思わず役人に同情してしまう俺。
「お前のような規格外の小僧がいるとは計算外だったが、お前さえいなくなれば万事解決なのだ!」
だが、役人は未だに勘違いをしているようだ。彼は四天王、もといギルメンの中で最弱なんですけどね。俺を除いて。
「ど、どうしましょう?」
戦いの前の弱気な状態に戻り、こちらの指示を仰ぐショーユ君。だがこれは彼が情けないというべきではなく、弱きを守る戦士として正しいあり方だろう。彼のその弱さは逆に俺に好印象を持たせた。
「分かりました。俺が代わりに自首します」
俺はそう言うと、両手を広げて役人の方に向かって歩き出した。
「なるほど……お前が自首するというなら大歓迎だ。しかし少し遅かったな。もはやこの小僧の大罪を放置しておくわけにはいかんのだよ」
「あくまで、ショーユ君も罪に問うと?」
「当たり前だ! 騎士団をこんなに損耗して俺は市長にどんな言い訳をすればいいんだ!」
更に役人は隣にいる騎士に喰って掛かる。
「大体お前らがクソ弱いのが原因なんだ! グルトン騎士団なんて大層な名前をつけやがって、こんなガキンチョにいいようにされただと!?」
「あまりのお言葉です!」
「うるさい! うるさいぃっ!」
とうとう内紛が始まってしまった。
そして俺とミソルさんがどうしようかと相談を始めた時、今日のクライマックスが訪れたのだ。
「いい加減にして下さぁいっ!!」
最初、そのかん高い声を、俺はまだ声変わりのしていないショーユ少年のものかと思った。
だが声の聞こえた方を見て皆が驚いた。
人質の少女がビンタ一発で自分を羽交い締めにしていた騎士を吹っ飛ばしてしまったのだ。
「あら、いやだ」
自分でやっておいて、恥ずかしそうに照れる少女。
近くの壁にまで吹き飛ばされた騎士は尻餅をついてピクピクと震えている。どうやら気絶してしまったようだ。
皆が呆気にとられている中、一人の男が少女に駆け寄る。
「大丈夫か、ミント!」
「お父さん!」
ミントと呼ばれたその少女は中年男と抱き合う。
その中年男には見覚えがあった。いつも娘にお土産といって鮭おにぎりを買って帰る常連客だ。
「知らない間に、あの女の子も強くなってたって訳か」
ミソルさんが苦笑する。
「こりゃあ俺たち戦士も、うかうかしてられねぇや」
その後、恐怖に駆られた役人は一人で逃げ出してしまい、眼を覚まして敗北を知った騎士団達も寄り添うように肩を落として帰っていってしまった。
俺は勝利を祝いたい気分と、彼らに対してなんだか申し訳ないという気持ちの狭間に立たされていた。
ミントさんを人質に取った男も本気ではなさそうだったし、きっと悪い人達ではないのだろう。ただ上司に恵まれなかっただけなのだ。
しかしながら、とにかくこれで『カラスマ亭』は守られた。
当分はどんな敵が来ても戦える算段もついた。
「おい、なにぼさっとしてんだ。今回の立役者はお前とこいつなんだぜ」
考え込んでいる俺の前に、ミソルさんがショーユ君を連れてきた。
思いがけない活躍に彼は真っ赤になって照れている。
「ありがとう。君のおかげで店を守れたよ」
「そ、そんな……ギルドマスターの美味しい食事のおかげです」
ショーユ君と握手を交わすと、知らぬ間に俺たちを取り囲んでいたギルメンと町の人達に歓声が沸き起こった。
「新たなるヒーローに祝福を!」
ミソルさんがショーユ君の右手を掲げさせると、群衆の熱狂は最高潮に達した。
ミントちゃんまでもてはやされ、ショーユ君とお似合いだとからかわれる始末だ。
ショーユコールとミントコールとカラスマコールが順に町中に鳴り響く。
目立つのは好きじゃ無いが今日くらいはいいだろう。
だが後日、俺は更に目を引く立場に否応無く叙せられてしまうのだ。
この時はまだ何も知らない俺は、明日からも美味しいものが食べられる幸せに、ただ浸っていた……




